15
薄暗い部屋の中、窓を閉め切った状態で玲は、いそいそと手を動かしていた。
こんこん、と扉をノックする音に作業する手を止めて、どうぞと声をあげるとマグカップを片手にクレインが顔を扉から出した。
マグカップから立ち上る湯気が、ほわんと空に溶けていっている。
「終わりそうか?」
「はい。指輪の方に切れ込みを入れたのであとは中身を取り出すだけです」
「流石だな。仕事が早い」
「いえ!そんなことないですよ」
「謙遜するな。真実だ」
「それは・・・、ありがとうございます」
机の横の邪魔にならない所に、ことんと置かれたマグカップに玲はクレインを見上げた。
ふっと笑みがこぼされる。
「中身はココアだ。息抜きでもしたらどうだ?」
「もう直ぐ終わるのでその時に頂きますね。ありがとうございます」
小さくぺこりとお辞儀をして玲はピンセットを工具箱の中から取りだした。クレインも机を覗き込むが、蝋燭の仄かな光だけでは中に入ってるだろう紙か何かを目視することが出来なかった。
ピンセットを使って慎重に切れ込みに入れてみたが玲の手のひらには何の感触も伝わらない。
「・・・あれ?」
「どうした?」
小首を不思議そうに傾げた玲にクレインは問いかけた。
「いえ、あの連盟証って言ってたので、中に紙かなんか入ってると思ってたんですけど、無いんです」
「無い?」
「入っていたという痕跡はあるんですけど」
「・・・つまり、中身を他の誰かに取られたということか?」
「・・・多分、そうだと思います」
しん、と沈黙が駆け巡り、雨の音だけが部屋に響いていた。
「まあ、それも予想の範囲内だったけどな」
「?」
「なぜウェルコート卿がマフィアの連盟証の入った指輪を手に入れることが出来たかを推測してみれば分かる」
「・・・!」
玲がある考えに辿りつき、ハッとクレインを見上げた。
「まず元々こっちの任務の方は組織の仲間が失敗して俺達に回ってきたものだ。そいつは指輪を奪取するのには成功したが、途中で誰かに殺された。その時にその誰かによって持ち去られた可能性が高い。」
「つまりこれは偽物だと?」
「いや、アクアマリンの形状、色の深みからして本物に間違いない」
「じゃあその誰かは連盟証だけを取り出して、また元に戻したと言うわけですか?」
「ああ。死体にでも戻したんだろうな。それを物取りが裏ルートで売買して巡り巡ってウェルコート卿の所に行ったんだろう。」
「戻す必要性が思いつかないのですけど・・・」
「必要性なんて元からないんだろう。ただ、俺達をおちょくってやがるってことだ」
「成る程。だからこの指輪、少し歪な所があったってわけですね。」
「はあ・・・、追加任務失敗だな」
「一応、指輪切り開いてみます?」
頷いたクレインに、組織の一人、ルアン作の工具を手に取り指輪の地金の部分に宛がった。赤く光りをあげ、もとの銀色に戻る前にピンセットでゆっくりと開いていくと、ある彫られた文字に気がついた。
――お先に失礼!無駄足お疲れ様だな。気がつかないまでせいぜい足掻いていろ。
「・・・。」
「・・・。」
ピキ、と血管が切れるような音がクレインの米神から響き、ついでポケットから取り出した板チョコを黙々と貪り始めたクレインに玲は苦笑してマグカップに口をつけた。
追加任務、何者かの手によって失敗に終わる。
「・・・チョコが切れた」
「・・・買いに行きますか?」
「いや、まだ飴があるから大丈夫だ」
「・・・糖分摂取し過ぎだと思います」
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「何だねこれは?」
「今朝方届いたもので御座います」
「そんなことは分かっておるよ」
溜息をついたウェルコート卿に執事は柄の方を向けてペーパナイフを手渡した。
落ち着いた雰囲気の仕事場にいたウェルコート卿は緩慢な動きで受け取り刃を封に滑らる。
中には上質の羊皮紙一枚が折りたたまれていた。微かな香水の匂いが鼻を擽った。
センスの良さに内心感心しながら内容へと視線を向ける。
そしておもむろに手を口元に持って行き考えるような仕草を見せたあと、心底面白そうに、くつくつと笑った。
「これに乗るのも一興。今から準備をせねばならぬな」
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親愛なるウェルコート卿
ショーは大勢いるからこそ盛り上がるもの
そうは思いませんか?
Phantom thief
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イョは届けられた一通の手紙に困ったように微笑んだ。
ドレスの裾を一度おさえ立ち上がり、偶々見かけたフットマン、従僕に馬車の用意をするように言付けた。
数十分間馬車に乗り続けると、揺れが収まった。
馬が鼻を鳴らす音を聞きイョは髪をかき上げた。静かに開けられた扉から乗馬従者が手を出すと、その手を使って馬車から静かに降りると冷たい風にふわりとショールがゆれる。
寒さに小さく身体を竦め、ホテルの扉をくぐり抜けた。
重厚な木製の階段を一歩一歩上がり、鞄に仕舞い込んでいた一枚の紙を取り出し、きょろきょろと周りを見た。
そして暫くして奥まった所にあった一つの扉の前で足を止め部屋のナンバープレートを確かめた後、扉を軽く叩いた。
ゆっくり開けられた隙間からクレインが顔をひょっこりと出し、イョに眼を瞬かせた。
「こっちに来るなんて珍しいな。入って良いぞ」
「ありがとうクレイン。失礼するわ」
クレインに部屋に通されたイョは近くにあったソファーに腰を下ろした。
「あら、大分髪が伸びたわね」
「最近切ってなかったからな」
首を傾けて見せたクレインの襟元で縛られた髪がさらりと肩から零れた。
「今度わたくしの邸にいらしゃって?切るわよ」
「暇があったら頼む」
こくんと頷いたクレインにイョは微笑んでから今朝届いた手紙を鞄の中から取りだしクレインに手渡し、嫌な予感がすると顔を覆ったクレインにイョは、綺麗に微笑んだ。