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Iam Phantom thief  作者: fuki
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14


アウラは、街中を悠々自適に、気軽に闊歩していた。

なぜなら彼女の仕事は、任務当日ウェルコート卿の邸宅に大々的に現れ、すぐに姿を消せば良いというものだからだ。

だって、そこにあるのはアウラには全く興味の無い贋作であるのだから。



(だけど、すぐに消えるのも今までのイョ君との苦労も水の泡だし。

何か面白いことでも、しようか・・・)


本任務の方はもう佳境を迎え、追加任務の方は、あとは指輪を溶解し中から連盟証を取り出せば終わりだ。その作業は、作ることは苦手だが分解することにかけては天才的な手先を発揮する玲に任せる。



こんなことなら、キュンメルに追加任務遂行を押しつける必要性はなかった、とアウラは人知れず口を尖らせた。


しかし、本任務のターゲットと追加任務のターゲットが、まさか一つの指輪に一緒になってるとは考えなかったのだ。だが、もしも、もとより知っていたらジャックをわざわざマフィアに潜入させる為に裏に手を回すなんて面倒なことをしなかった。


それを考えると、多少なりとも損害を被ったアウラの機嫌が降下するのも明白であろう。


「あー・・・もう嫌になっちゃうね」


いろいろと考えを巡らせていたら、アウラは目的地にいつのまにか辿り着いていた。


邸宅を囲う塀の間を縫うように門がある。

そこに立っていた門番らしき人物が訝しそうにアウラを眺めていた。


「誰だ?」

「んー・・・っと、ハイ、これ」


ごそごそと、ポーチから茶封筒に入っていた便箋を取り出し門番に見せると、門番はぎょっとした顔でアウラと手紙を交互に見て慌てて姿勢を正した。


「ああ、アンダーボスのお知り合いか。失礼しやした。どうぞ入ってくだせぇ」


あっさりと邸宅へと通されたアウラは、ちらりと後ろを振り向くと門番の男はもうアウラに興味がないとでもいうように、こちらを見てはいなかった。


門番の正していた姿勢が、だらりとやる気がなさそうに崩れた。

その姿を視界に入れた後、邸宅の方へ迷わず足を進めた。





エントランスホールに足を踏み入れると柱の陰から小さなこどもがひょっこりと顔をのぞかせた。アウラと目が合うと、バッと柱の向こうに顔を隠したが、またおずおずと顔を出した。


アウラは、思わずふっと小さく笑い、腰をかがめた。


「悪いんだけど、ジャックがどこにいるか知らない?」


ほら、これ。

そういってさっき門番に見せたものと同じのを取り出し、見せると、こどもは、その便箋をじぃ、と眺めてから口を開いた。


「・・・・・・こっち」

「ありがとう。私はアウラ。君の名前は?」

「・・・トム」

「そうかい。男の子らしい名前だねぇ」


アウラが、からかうようにそう言うと、トムは、小さい身体を震わせた。



トムに連れられて長い廊下を淡々と歩いた。先の見えない廊下は静かで少し寂しい気もした。所々にある窓から見えたのは暗雲とした空だけ。



そして、ようやく重厚な扉の前で歩み止めた。


トムが遠慮するようにコンコン、コンと扉をノックすると、中から返事がきた。

がちゃりと扉を開けると、ソファーにもたれ、机に両足を乗っけているジャックが視界に入った。


「偉そうだねー」

「偉いからな」


嫌みをさらりとジャックにながされ、何しに来た、とでもいうような瞳にアウラは肩をすくめ、前に立っているトムをちらりと見た。


「トム、少し席を外してろ」

「は、い」


直ぐさま素直にその場を離れたトムにアウラは感心するように声をあげた。


「そんなとこ立ってねえでこっち来い」

「はいは~い」

「・・・で?」

「・・・ちょっとね――、」



話し終えたアウラはジャックに出された紅茶をすんすん、と嗅いでから少しだけ口をつけた。舌の上でころりころりと転がして、ようやく喉へと流し込む。


視線を感じると思い顔をあげてみると、ジャックが眉間に皺を寄せていた。


「相変わらず、その癖は健在なんだな」

「・・・、そうだね~。一昨日くらいも同じことを、言われたよ」

「・・・前も思ったがその喋り方、オレの前では止めろ」


苦虫を潰したようなジャックにアウラは、睫毛を微かに震わせて、言葉を音にするまでもなく開きかけた口を閉ざした。



ジャックに会うたびに思い出す、昔。

本当に、嫌になる。



そっと消えるような微笑みを浮かべ視線を伏せ、目蓋の裏に広がる一面の赤に強く眼を瞑ると、耳を劈く赤子の声がふと聞こえたような気がした。




「――In the noble cause of peace.」




赤子の泣き声を這い、炎が全てを舐める如くに過ぎった低い声に震え始めた手を叱咤するように、腕をもう片腕でアウラは押さえ始めた。だが、ふいに翳ったと思った瞬間、額を温かい何かに押しつけられた。



微かに震える腕を握りしめたまま視線を上げるとすぐ上に綺麗な瞳があった。

どこまでも澄んでるその瞳。澄んでるといっても晴れ渡る空の色じゃない、これは透き通った湖面だ――


あまりの澄んでる瞳になぜだかアウラは自分の中を探り当てられてるような感覚に襲われ眼をぎこちなく逸らしたくなったが、こちらを見下ろす瞳がどろりと翳って。




―――浮かんだ影は、不安の色だ。



そして、その瞳を翳らせたのは・・・、私。

綺麗に積もった純白の雪世界を、ぐちゃぐちゃに踏みしめて汚したのは、わたし。


いつまでの昔に囚われて前に進めないのも、こうやってジャックに気を遣わせているのも全て私の弱さが原因だ。癖が抜けないのも弱いせい。口調を変えて自分を切り離したのも弱いせい。罪を認めるのも、報いを受けるのも全て。



いまこうやって回された腕をふりほどけないのも、私の弱さだ。

――――弱い弱い弱い、なんて私はよわい





ぐい、と優しく回した腕にジャックはほんの少しの力を込めて抱きしめた。


母が子を愛するように、父が子を慈しむように、できるだけアウラを安心させるように優しく真綿でくるむように。消えれば良いと届けば良いと小さな祈りを込めながら唇を震わせる。


「もう、いいだろ」


腕の中のアウラの髪に口づけ呟いたが、肩に静かに顔を埋めた彼女の腕はだらんと地へ落とされたままで。ざぁざぁと、空から落ちた雫が地を激しく打つ音が部屋に響いた。






*******



キュンメルは木製の机の下で地団駄を踏み始めそうな足を必死に押し止めながら顔には喰えない笑みを浮かべた。


笑みがひくつかないことを心底祈る。



窓をちらりと一瞥すると、先ほどから降り始めた雨が窓を伝って下へ下へと滑り落ちていっていた。視線を戻して口を開く。


「じゃあ、俺が動くんで、ブランドンさんは邸でお待ち下さい」


なけなしの敬語を駆使して、そういうとカポ・レジームのブランドンは怪訝そうに眉に皺を寄せ椅子に深くもたれた。反対されるか、とドキリとしたがその思いとは逆にブランドンは肯定を返した。


「まあ良いだろう。だが失敗した場合、責任は私ではなくお前が負うことを忘れるな」


もとより承知と言わんばかりに肩をすくめてみせた。


「実際的なプランはあるのか?」

「まあ。あるっすけど」


アウラとそこは相談しまーす、と内心でぺろりと舌を出したが、表はいたくまじめな顔をして頷いた。


「どんなプランだろうとボスが欲している例のブツを手に入れさえすれば“何をしても構わない”のだがら、これほど楽な仕事もないなァ」


キュンメルを見下すように口元で笑ったブランドンに、今にも目の前のブランドンを蹴り上げようと動きそうな右足を左足で踏んづけて、アハハと若干引き攣った笑いをもらした。


だが次の言葉で、ぴくんと眉をはねさせることになる。


「お前に私から2人程つけてやろう」


チッ、と思わず舌打ちをしたくなった。

手伝いだと?ハッ、ただの監視役じゃないっすか!



机の下で握っていた拳を開いたり閉じたりしながら、拒否の意を告げる良い理由を探し出すためキュンメルは脳をふる回転させた。


しかしながら、キュンメルは頭脳よりも直感で生きてきた男である。




「―――・・・何の話をしてんだ」




突然聞こえた第三者の声にキュンメルが目を瞬かせて、慌てて振り向くと、ジャックが機嫌が悪いのも隠さず、じろりとキュンメルを見下ろしブランドンへと視線を向けた。


ブランドンは音を立てながら慌てて立ち上がり胸元に手を当て敬意を示した。


「これはアンダーボス。ご無沙汰しております。相変わらずご健勝であられること嬉しく思います」

「挨拶は良い。それよりオレの問いに答えろ」


服の皺を治し不機嫌なジャックにブランドンは少し戸惑ったが、何事もなかったように口を開いた。


「アンダーボスもご存じのように、この度この新人と仕事をすることになりまして。その打ち合わせです」

「・・・へえ。そりゃあ面白そうじゃねえか。オイ、キュンメル。テメェ一人でやってこい」



ニヤリと笑いながらキュンメルに告げたジャックにブランドンが口を挟んだ。


「ええ。こいつもそう言ってたのですが、さすがに一人では無理だと思い私の部下二人ほど手伝いとして付けようかと」

「手伝いだなんざ、いらねえよ」

「は?いえ、しかし・・・」

「ブランドンッ!」


ブランドンがそこで口を閉ざした。いや、口を閉ざざるを得なかったのだろう。ジャックの一喝は存外、鼓膜を震わせるだけではなく腹の底まで響いて。キュンメルも思わず息を呑んだ。


「ブランドン、説明を求めるな、ただ従え。いつからテメェはオレに指図出来るようになった?」


忌々しいとでも言うように吐き捨てたジャックは不愉快そうに髪をかき上げながら眼をスッと細める。


「ブランドン、話はもう良いだろう?」


ジャックのだめ押しにブランドンも逆らう術を見つけることもなくパタン、と静かに閉まった扉をキュンメルは視覚、聴覚で足音を確かめた後に、「はぁあああ」と大きな溜息をつきながら、ずるずると椅子からずり落ちた。










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