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飽きる恋をさせないで  作者: 南天大実


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4.誓い、口付け、家族の参列


 シェード家。爵位は伯爵、平野(へいや)も山も海に面する海岸もある、それなりに広く豊かな土地を持つ家である。

 そしてここ近年、数々の災害への対処が的確なうえに早く、次代の当主であるヴォード・シェードは冷静沈着で頭脳明晰、領主として大変有能であると(もっぱ)らの評判。


 彼の妹であるベラドナ・シェードは国一の精霊願いの舞手と呼ばれる絶世の美女、立てばストック座ればイベリス、歩く姿はアマリリスと評される女性。

 学園で誰もが花を手渡す事を望んだ彼女、気高く、優しく、美しい、そんな女性が卒業後初めて社交界に出た日はそれはもう荒れに荒れ、自分を巡り醜く争う様に哀しんだ彼女が各地で精霊願いの舞を踊る巡業(じゅんぎょう)に出てから二年。


 社交界に復帰して初めての夜会、そんな彼女がニッッッッコニコで連れ帰ってきた"旦那様にする男性"へとお茶を出すのは、シェード家侍女長であるマトン。


 すすめたカップの陶磁器よりも白い顔をしているグレン・リーヴズを侍女長の目がとらえ、次に腕を組んでニッッッッパニパのシェード家の箱入り娘(おてんば)を見、顔の皺を微塵も動かさず深い深い溜息を吐いた。


「旦那様は机に頭を一晩打ちつけ通しで、奥様は寝込んで起きられない御様子です」

「あらあら大変、お兄様が普段通りであれば問題無いのではなくて?」

「ヴォード様は領地の端から馬を飛ばし、連絡によれば今日の昼頃屋敷に御着きになります」

「ですって、式の最後には間に合いそうですわね、旦那様♡」

「殺して下さい」

「おいたわしや…グレン・リーヴズ様……」


 彼と彼女が着ているのは婚姻の際に着る衣装、白を基調としたもので、二人の胸にはシェード家の家紋(シンボル)となっているジンチョウゲが飾られている。

 逃すまいとばかりにグレンの腕を抱き込むベラドナは、レースの白手袋に包まれた手を可愛らしく顔の横に寄せて震え尋ねる。


「結婚してすぐに私を未亡人にさせるおつもりですの?ひどい人」

「伯爵家ですよ……!?どうしてベラドナ様のお父様もお母様もやめさせないんですか!?」

「大変遺憾(いかん)ながら、それは私の方から説明させていただきます。ベラドナお嬢様の根回しがどのような手を使っても隠蔽(いんぺい)出来ないほど完璧だったからです」

「マトンが私を褒めるなんて珍しいこともあるものね、明日は弓矢の雨かしら」

「褒めておりません」


 ぷう。唇を尖らせたお転婆娘(ベラドナ)にまた深い深い溜息を吐くマトン。

 ぐらぐらと焦点の定まらない瞳のままお茶を呑み始めるグレンに向けて、今回のベラドナがした所業(しょぎょう)がどれだけ酷かったかを指折り教え始めた。


「御友人たちへ頼んだ想い人がいるという噂の刷り込み、社交界での名物となり得る容姿と振る舞い、その上で数多のお目立ちになっていた殿方からの誘いを全て袖にし、貴方の元へと一直線に」

「その時点で警戒するべきだった……!」

「貴方が貴族の慣習(おやくそく)(うと)くて大変助かりましてよ、旦那様」

「よりにもよって南側の壁際、噂好きの御婦人方がいつも(たむろ)している場所での軽く目を引く小競り合い、そしてサラトリア王子の婚約破棄という宣言で起こった混乱に乗じて、二人きりで夜の庭へ」

「無警戒に無防備、私、グレンがこの先悪い女に(かどわ)かされないか心配ですわ」

「今絶賛拐かされ中なんですが……ッッ!!?」


 頭を抱え項垂れるグレンと、その隣で心底嬉しそうに笑うベラドナ。

 シェード家の娘である彼女の専属侍女を務めていたマトンはその笑みが心から嬉しい時に出る物だと知っている、知っているが、彼女が連れてきた旦那様と同じく頭が痛いことには代わりない。



「最悪なことに、現在社交界では王族が言い放った婚約破棄は、実はベラドナ嬢とグレン・リーヴズ様が駆け落ちする為に画策(かくさく)したことで、駆け落ちが失敗した今、開き直って式を挙げているのではという話が出る始末」

「あら、私は王妃候補第一位と友人であれど、王子と個人的な繋がりなんて一切無いのにどこからそんな話が出てきたのでしょう、不思議なこともあるものね」

「どっからどこまでが計画のうちなのかだけでも教えていただけますかベラドナ先輩」

「そんなもの、夜会に向かう馬車内で全て組み立てたに決まっているでしょう、腹を括ったんですの、このコルセットで」


 花嫁衣装の下、細い腰をさらに細く見せるため付けられたコルセットを軽く叩いて見せるベラドナ。その様子にグレンは口の端をひくつかせ、マトンは合点がいったとばかりに真顔のまま手を叩く。


「成程、お嬢様が普段つけたがらないコルセットを着けると言い出した時点からおかしかったのですね」

「マトン」

「大変失礼いたしました」


 大変申し訳なさそうではない声色でそう返答した侍女長を睨むベラドナ、それを慣れた様子で無視するマトンは、グレンのカップへとおかわりを注ぐ。

 温かい物を飲んで多少顔色が戻ってきた彼の手に手を絡ませ、無理やり自分の方を向かせるベラドナ。白い衣装に彼女の髪がかかり撫で、さらりと小さく音を立てた。


「私の友人からも、貴方の御友人からも、孤児院の方からもお祝いの品と手紙が届いていますのよ?今更、無かったことに、なんていたしませんわよね」


 絶世の美女と呼ばれる彼女から向けられる笑顔も繋がれた手も、一平民(いちへいみん)から貴族に成り上がった彼にはよく切れる剣先に等しい。

 優しく握られる手を、見られている顔を、楽に出来ない身体を強張らせながらグレンは学生の頃からずっとよく分からない女の先輩へ、至極端的(しごくたんてき)に質問した。


「……………脅しですか」

「いいえ?グレン・リーヴズという男が、他人からの善意を断れない人間だと知った上での念押しですわ」

「つまり純然たる脅しなんですね」

「マトン、誓いの言葉って何を言うのかしら?」

「女神に永遠の愛を誓えばなんでも宜しいかと」

「マトンさんどうして止めてくれないんですか…!?」

「ヤケになられて出奔される方が困るので、グレン・リーヴズ様、ご冥福をお祈り申し上げます」

「今ご冥福って言いました!!?」


 (ほとん)ど悲鳴のような声をあげて助けを求めるグレンから視線を逸らすシェード家侍女長、ここに彼の味方は居ないらしい。

 ベラドナに掴まれた腕を引き抜こうと奮闘(ふんとう)しながら先輩へと学生の頃のような対応をし出すグレン、少し雑で相手を伯爵令嬢とも思わないその態度、抵抗すればするほど顔を(ほころ)ばせられていることに彼は気付けない。


「大体、ベラドナ先輩は旦那がコレで良いんですか!?目つきの悪い!」

「涼やかな目元ですわね」

「体格も平均!」

「キスする時に顔が近くて嬉しくてよ」

「これと言って取り柄のない!!」

「御友人と商会を立ち上げられている時点で取り柄が無いと?商売人だけあって多方面へ喧嘩を売りつけるのも御上手ですのね」

「どっからどう見ても貴女の隣に置けば即(かす)むどころか(ちり)にしか見えない男なんですよ!!?」

「いいえ、貴方は大変面白い男ですわ、私が保証します、もっと自分に自信をお持ちになって」

「もしかして僕のこと心底馬鹿にしてます?」

「あら、否定して欲しかったのではないの?」


 心底貴女が解らないというグレンの表情に吹き出し笑うベラドナ。

 年相応かそれより下、学生時代にも見たことのない幼い笑顔に唖然(あぜん)とするグレンは、掴まれた腕を取り上げることも忘れて、自分を心底好きなのだと宣う彼女を見つめた。

 笑って涙が滲んだ瞳と、困惑で揺れる瞳がかち合う。


「貴方こそ、私をお嫁さんにして良いの?」

「返品可能なんですか」

「いいえ?させないけれども」

「店の商品には返品可能(クーリングオフ)期間を設けよう……」

「どういう意味ですのそれは」


 その様子を黙って見つめていた侍女長は机の上にあったベルを鳴らした、途端に扉が開き、二人の侍従が部屋へと滑り込んでくる。


「では、最後の用意を致しましょうか、グレン・リーヴズ様、別室へどうぞ」

「え、あ、いや、僕は」

「花嫁の支度もありますので、どうぞ」


 入ってきた侍従にこちらですと促され、部屋から連れ出されるグレン。その顔に満面の笑みでベラドナは手を振り、彼からひと睨み貰う。

 不安げに誘導される彼の姿が完全に見えなくなってから、ベラドナは、自分の世話を長い間勤め上げた侍女へと柔らかに微笑みかけた。


「…………止めないのね、マトン」

「先程も申し上げました通り、出奔される方が困りますので。ベラドナお嬢様」

「なにかしら、マトン」

「貴女は先代舞姫様に似ていらっしゃる、いいですか?くれぐれも、宝石で彼の方を喰い潰しては成りませんよ」

「私が宝石に興味が無いのを知っていての話?」

「ええ、知っていての話です」


 マトンが手に取ったのは紅筆と、花の紋様があしらわれた小さな容器。蓋を開ければ鮮やかな赤が滑らかな表面を艶めかせながら、キッチリと詰められている。


「口紅は薄桃色が良いわ」

「成りません、婚礼の際の紅は赤と決まっています」

「口煩いのね」

「ベラドナ・シェードお嬢様専属の侍女ですので」


 ベラドナの口を閉じさせ、彼女の唇を丁寧に彩る。塗り終わったマトンは黙って立ち上がり、花嫁にベールを被せると深々と頭を下げた。


「いってらっしゃいませ、ベラドナお嬢様」


 その言葉に返事をすることはなく、ベラドナは自分で部屋の扉を開いて新郎の元へと走る。マトンが頭を上げるともう目の前には誰も居らず、静かな応接間が広がっていた。




 椅子をそれっぽく並べただけの屋敷の玄関口で、手のひらの小さな入れ物を握り揉むグレン。

 彼の目の前には外へと繋がる扉があるが、並べられた椅子に参列客のように座ったシェード家の侍従(使用人)達を前に逃走など出来る度胸は彼には無い。


 肩を落として床を見る彼の視界に、花嫁衣装の裾が入った、グレンが顔を上げるとベール越しに微笑むベラドナが庭から積んできたのだろう花で作られたブーケを持って、可愛らしく小首を傾げている。


「お待たせしたかしら?」

「一生来なくて良かったですよ、今からでも考え直しませんか?僕以外で探し直してくださると助か」

「このまま二人で駆け落ちするのと、諦めて永遠の愛を誓うの、どちらが良い?」

「………………………………ここまで強引な人だとは思わなかったなぁ……」

「それで、指輪は用意してあるの?」

「……伯爵令嬢様程度なら、誤魔化せるような物が」

「嵌めてもらえるかしら」

「文句言わないでくださいよ、商会として出立したてで、コレだって今流行りの白金(プラチナ)に宝石が並んだような物じゃ」

御託(ごたく)を並べるばかり、愛の言葉一つも吐けないのかしら?その口は」


 グレンが入れ物を開くと、木で作られた彫り物のある指輪が二つ。空色に揺らめく紫の浮色、オパールが嵌め込まれた、揃いの指輪。

 一つずつ取り、互いの指に嵌め、誓いの言葉を唱える。形式は無い、ただ誓い合うだけの儀式。


「…………わたくし、グレン・リーヴズは、ベラドナ・シェードを生涯唯一として、側に置くことを女神に誓います」

「……私、ベラドナ・シェードは、グレン・リーヴズを今世、最期まで愛し抜くことを女神に誓います」


 グレンがベラドナの肩に手を置き、ベールを上げ、顔を近づけ………る、が、一度遠ざかる。

 お互いに目を閉じる素振りすらなく、参列しているシェード家の侍従達はやっぱり無理やり連れてきたから…お嬢様のことだし…と好き勝手ヒソヒソと囁き交わした。


「……僕相手にキス出来るんですか、ベラドナ様」

「……むしろ、貴方からの方が心配なのだけれど」


 煽り返されむっとしたグレンがベラドナの頬に手を当てる、顔を近づけ…る、が、真正面から見透かすように見つめ続ける彼女の瞳に気後(きおく)れし、また顔を離してしまった。


「…………肝が小さいのねぇ」

「うッるさいですね、第一、初恋もまだの人間に向けてそれは」

「あら、貴方恋したことが無いの?」

「なんか文句あるんですか!?」

「いいえ?初恋まだなの」

「なにか、文句が、あるならそう言って下さい……!」

「いいえ?いいえ??私は貴方が初恋なのよ」

「は」


 ベラドナの手から花束が落ち、グレンの両頬を包んだ。若草の香りと甘い匂いが近づき。


「貴方の初めても最後も、全部私が貰ってあげる」


 二人が口付けた瞬間に、玄関の扉が勢いよく蹴り破られた。


「ベラドナァァァアッッ!いつかやらかすと思っていたがッッッ!!お前よりにもよってサラトリア王子の御友人に手を出しッッ!!!?!!?!?」


 侍従達のまばらな拍手と血の繋がった妹の暴挙、そして被害者である他人が無理矢理式を挙げられているところに立ち会ってしまったシェード家の嫡男(ちゃくなん)、ヴォード・シェード。



 この国の婚姻に必要な物は三つ。誓いの言葉、新郎新婦の口付け、そして家族の参列。


 彼の脳内に色々な方面でのこれからの厄介事がよぎり、脳血管と胃が収縮し、激しい痛みを伝えてきたが決して彼は(うずくま)りも頭を抱えもしなかった。慣れているからだ、妹の暴挙に。悲しいことだ。



 今さっき旦那となった男から顔を離し、固まる兄へと微笑みかけるベラドナ。真っ赤な顔を隠すように両手で覆っているグレンの腕を手に取り、開け放された玄関口から白昼堂々逃走を図ろうとする。


「御参列頂けて嬉しいわお兄様、誓いの口付けが今終わったところなの、この後ハネムーンついでに領地内に旦那様の商会の支店を作る土地探しに出ますのでそれではご機嫌よう〜〜〜〜〜」

「待て待てまてまてそこになおれ!!おい!お前達!屋敷の門を閉めろ!窓も扉も全てだ!!絶対に悪魔(ベラドナ)を外に出すんじゃない!!!!」

「ま!人聞きの悪いことを仰らないでヴォードお兄様、新婚ほやほやの妹をなんだと思っているの?」

他人生計画(ライフワーク)粉砕機(クラッシャー)

「ま!!」


 侍従が表情を崩すことなく玄関の扉を閉め、参列していた者達はそれぞれ椅子の片付け、シェード家長男ヴォードの帰還による諸々の雑務、ベラドナの無茶振りに対しての今後の対応をする為に手早く解散した。

 羞恥と混乱と絶望で脳味噌をぐちゃぐちゃに掻き回されてしまったこの場の主役、グレン・リーヴズは、まわらない頭でなんかシェード家の人間、聞いてた人物像と全く違うぞ、と、思い続けていた。

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