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飽きる恋をさせないで  作者: 南天大実


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2.先輩と後輩


 広間は一人の女性の到着と共に騒めく、美しい長い髪を束髪くずしにし、星の光を集めて織ったストールを身に(まと)い、シャンデリアの灯りを受けて煌めく扇子で口元を隠すご令嬢。

 会場内を見渡す彼女に近付く一人の男、丁寧に誂えられた彫刻のような出立ちで、甘い言葉と共に彼女の左手を(すく)い上げた。


「これはこれはベラドナ・シェード嬢ご機嫌麗しゅう、今夜も貴女は夜空の星々よりお美しい」

「ご機嫌麗しゅうラルフ・スウィート様、お褒めに預かり光栄です。向こうで貴方の"庭園(女性達)"が手入れを待ち望んでいましてよ」

「確かに花々を待たせるのはいけない、ベラドナ様も後ほど、"手入れ(ダンス)"の一つでも如何です?」

「ええ、スウィート様の"手が空いたら"一考させていただきますわ」


 するり。甘い香りを残して手から抜けたベラドナの手を追うこと無く、袖にされてしまったと肩を竦め、彼女に示された方向に待つ花々へと向かう"遊び人(プレイボーイ)"としてゲームで紹介されている男。

 色取り取りのドレスに囲まれ、甘く忙しない慰めの言葉を四方八方からかけられ、愛想良くそのうちの一人の手を取り、隣の花の目を見て、その反対隣の花に返答した。



 まだ誰かを見つけられていないのか、ベラドナの視線が人混みをゆれ動く中、彼女と一瞬だけ目が合った体格の良い男が真っ直ぐに彼女に近付き、手を差し出した。


「ベラドナ・シェード嬢!貴女の今宵のお相手は決まっているだろうか?居ないのであれば」

「ロッディ・バンバディア様、ええ、私今宵はどうしてもお話をしたい相手がございますの」

「へえ、欠けず濁らずの紫水晶と呼ばれた貴女にそんな相手が、今夜は荒れるでしょうな!」

「ほほほ、恐れ入ります、バンバディア様も良い夜を」


 それきり。袈裟斬りも良いところな断り方をされても人好きのする表情を変えなかった彼は、ゲーム内で"熱血騎士見習い(ノンデリ筋肉バカ)"として紹介されていた男。

 歯牙にもかけられなかった事を嘆くわけでも、憤慨するわけでもなく、袖にされてしまったなぁと顔見知りの貴族と雑談を始める。



 ベラドナの脚が自分のドレスを蹴り急ぐ中、彼女がすれ違おうとした男が刹那に手を取った。強い引かれ方にも関わらず、脚を軸にし、踊るような裾捌(すそさば)きで彼の方へと向き直る。


「シェードの家の娘、何処へ行く」

「メルキオール・ゴードン様、良い夜ですわね」

「お前の相手は俺ではないのか?」

「まぁ、大国の王子を己の勝手で相手に据える程、私、恥知らずではありませんのよ?」

「そうか…狙いの一輪が摘み取れなかった故、メギの実でも持ち帰ろうかと思ってな」

「花瓶に実は活けられません、それに、実は何も無くてはつかない物です、失礼いたしますわ」


 パッ!と離された細い腕。ゲーム内で"隣国から来た王子(ハレム持ち俺様系)"と紹介されていた男は少々気分を害したと表情に出しはしたが、特にベラドナに執着もしていないのだろう。

 面白くなさそうに鼻を鳴らし、この国の第一王子に取られた本命だったらしい娘の方へと視線を戻す。


 三人の、それも社交界では噂相手として最上位の彼等を続けて袖にしたベラドナの対応に、近くにいた貴族達が騒めく。


 かの紫水晶の想い人がここに居ると。学園では誰とも交際しなかったらしい。見合いも全て断っていて自分の息子も断られた。

 私は隣国に帰るメルキオール様が相手だと思って。私は矢張りラルフ様がお似合いだと思い。バンバディア様がお隣に並ぶものだとばかり。しかし第一王子に想いを寄せているという噂。

 舞手としての御役目を理由に婚約を引き延ばしに。かの紫水晶といえど今更社交界に復帰したところで。そろそろシェード家の領主も娘の放蕩(家出)に御怒りらしい。


 好き勝手に囀り鳴き交わす貴族達、視線の先は誰かを探すベラドナ・シェード、しかし、注目もそう長くは続かない。この夜会の主役は別に居る。

 この国の第一王子(メインヒーロー)の横に仲睦まじそうに立っている、平民上がりの男爵令嬢。王子の婚約者である公爵令嬢から隠れるようにして不安げに両手を握っている。



 自分から視線が逸れたことを気にも留めず、ベラドナは広間の端の端、そこに立つ一人の男性。

 外がよく見える窓に近い、冷えた空気の入り込む場所に立つ彼。目当ての人を、やっと。


「……見つけた」


 ベラドナの手が乱れた裾を直し、肩の髪を払い、耳飾りが取れていないか確認する。早足ではだけた上着を手早くまとめ、彼女の指に触れる熱が上がった己の肌に、溜め息をひとつ。


「……は…、ーっ…………!ふー…………」


 息を吸って、吐いて、早足で歩き回ったからだけではない足の震えを抑えた。

 そんなベラドナの横顔を見た給仕の男が頬を染め、飲み物をすすめようと自分の持つ銀盆の上から、震える指でグラスを一つ取り上げる。


「……ッ!」


 そんな彼の勇気も向けられたグラスも視界に入らない、ベラドナ・シェードは社交界の大輪の花、大粒の宝石、皆がその手を取りたいと望む人間。

 紫水晶の名を冠するその姿を最大限に使って、一人の、学生時代は彼女の後輩、つい最近まで平民だった男に声をかけた。


グレン・リーヴズ(ヒロインの)准男爵(幼馴染)、ご機嫌よう、良い夜ね」


 花すら恥じらいその身を萎れさせるだろう微笑み、その笑顔を真正面から向けられたにも関わらず、相手の男、グレン・リーヴズは不遜(ふそん)な態度で応答して見せた。


「こんばんは、僕に何か御用ですか、ベラドナ・シェード伯爵令嬢様」

「リーヴズ准男爵は、どうしてこんな隅にお一人でいらっしゃるのかしら」

「僕は爵位はあれど准男爵(オマケ爵位)であり、平民、それも孤児院からの出身です、こういった場で立つ己の場所ぐらい弁えておりますよ」


 どこか諦めたような物言い、面倒臭い事を隠そうともしない態度、片手に持ったグラスはとっくに空であり、中肉中背の身体を質の悪めな衣服が包んでいる。

 そんな彼の横に(とろ)けるような笑顔で添い立つベラドナ、その様子を年嵩(としかさ)のご婦人達が少し離れた場所から値踏みするような視線を向け続けていた。


「サラトリア王子の友人が壁の蔦になっている方が顰蹙(ひんしゅく)を買うのではと、私、心配ですわ」

「…王子の友人でしたら煌びやかなのが複数人、華ならばあの通り足りていますし、雑草を並べる方が烏滸(おこ)がましい」

「ご冗談を」

「事実ですよ」


 グレンが視線を向けた先には、先ほどベラドナに声をかけた噂の貴公子達、そして彼等を取り囲む文字通り花のようなドレスを着た美しい令嬢達。

 視線を隣に戻せば、会場の隅が場違いである事は誰の目にも明らかな美女が一人。


「……どうされまして?」

「………………いえ、別に」


 彼は月の光を集めたようなベラドナの瞳から目線を外し、遠い遠い場所にいる社交界の花々相手に話し続ける高位貴族や王族である友人達を、興味なさげに眺め始めた。

 その横顔へ向けて、ずっと機嫌良さげに微笑みかけるベラドナ。立ち姿も表情も、声の一つに至るまで美しいままだが、その手は上着の前を掴み、指先が小刻みに震えている。


「ベラドナ・シェード様は壁の花になりに?王子が卒業してから最初の夜会、会場花(話題作り)として呼ばれた貴女がこんな場所で萎れていると、怒られますよ」

「あら、私が誰に怒られるとお言いに?」

「貴女の侍従さんに。ベラドナ先輩、お付きの侍女さんによく怒られていましたから、今もそうかと」


 グレンのその一言で、ベラドナの指の震えが止まった。目を見開き、次に長い睫毛(まつげ)を伏せ、床に視線を落とす。


「……よく覚えているのね」

「……あんな場に居合わせてしまったので、嫌でも」


 彼女の陶器のような頬に朱が差したが、隣の男がそれに気付く様子は無い。近くの御婦人方が二人の声の聞こえぬやり取りを見てどよめいたが、それにも気付く様子は無い。

 グレンの手が会場内の一番良い場所、光の当たる、誰かの手を取り踊る場所をベラドナに指し示して見せた。


「さ、貴女の居る場所は向こうの、真ん中辺りですかね、踊る場所、早く今夜誘う相手を誘って踊りに行ったら如何ですか」

「それがねグレン、今夜は皆んな踊っている暇が無さそうなの」

「は?ベラドナ先輩の容姿なら、引く手数多……」


 隣に立つ彼の先輩が不可解な事を言ったと思ったら、遠くから聞こえてきた、彼の友人であり、この国の第一王子である男の声。



「セリナ・フィマル!貴女との婚約を、この場をもって破棄させてもらう!!」



 婚約破棄。その言葉に会場中が蜂の巣を突いたような騒ぎになり、誰も彼もが混乱に声を荒げ息を呑み、中には泣き出し倒れる人間まで出てきた。

 全ての視線が集まる先には、グレン・リーヴズの幼馴染である、同じ孤児院出身の男爵令嬢(ヒロイン)。小さく縮こまり、第一王子の腕に抱かれて不安げにしている。


「……ね?」

「…………メイベル……ッ!」

「貴方の孤児院からのお友達でしたわね、精霊願いの舞手として、私を超えるとまで言われる男爵令嬢」

「……メイベルは、そんな娘じゃありません、普通の女の子です、あの踊りは天候が味方したまぐれで」

「私に声をかけてきた方々はきっと彼女に袖にされたのでしょう、それで隣にお前よりも良い女が居ると見栄を張るため、私を摘もうとした、と」



 近くに居た御婦人達の集団すら今は第一王子の乱心に釘付けで、二人の事など誰も見ていない、見るはずが無い、文字通り国を揺るがす騒ぎから視線を外せるわけがない。

 ベラドナは(わざ)とらしく頬に手を当て、首を傾げてみせる。さら、と、彼女の肩口を髪が美しく撫で落ちたが、誰にも視線を向けられる事はなかった。


「私が未婚だからと好き勝手してくるわけですわねぇ、はぁ、困ってしまうわ」

「今絶賛国の王子が馬鹿(婚約破棄)やらかして全員が困ってますけども……!?」

「王子は聡い方ではあるけれど、結局恋をして仕舞えば人間皆お馬鹿さん、国の益を蹴って真実の愛らしきものをとった今回の話はきっと、国をあげた御伽話の一つになりますわ」

「ど、どうなるんですかこれ、フィマル家は」

「怒るでしょう、けれど許すでしょう、元々セリナ様を妃にする事には反対でしたもの、あの娘、王妃の器じゃなくってよ」

「先輩ッ」

「丸く収めるために妃候補の別な娘を第二妃として当てがう、貴方の幼馴染は発言権のない(まつりごと)に使われるお人形に、セリナ様は国同士の友好関係増強のため、恐らくゴードン様あたりに(めと)られるのではなくて?」


 ベラドナは、上着の前を掴んでいた手を開いて、隣に立つ後輩の手にそっと絡めた。

 弾かれたように騒動の渦中(かちゅう)から視線を外し、隣の先輩を見るグレン、絡められた手に困惑しながらも振り解く事は無い。


「こんなお約束しかないつまらない夜会、私と抜け出しましょう?、後輩」


 会場から二人は姿を消したが誰の目にも留まらなかった。誰も二人を見ている者は居なかった。

 夜の庭園に駆け出す彼女の頬は赤く染まり、引き摺られる彼の顔は白く色が抜けていたけれど、お互い以外は誰も見てはいなかった。

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