1.物語の脇役でも
王子と姫は結ばれるモノだし、魔王は勇者(正義)に倒されるモノ、英雄はどんな時代も色を好むし、良い女には嘘と涙がつきものらしい。
彼女が転生したのは前世でプレイしていた乙女ゲーム、恋愛モノとしてはありきたり。なんちゃって中世ファンタジーとしてなら十把一絡げ、似たような物が世に溢れすぎている。
「ベラドナお嬢様、口紅はこちらの色でよろしいですか」
「ええ」
転生の当事者と言われても、この世界で生きていく上で出来ることなんて微々たる物、前世の記憶を使って発明、国の改革、救国して聖女伝説になったり?
「髪飾りは如何いたしましょうか」
「髪の結び目に花飾りを一つ、それ以外は要らない」
「畏まりました」
そんなこと、ただの貴族社会に属するだけの女一人に出来る訳がない。金はあれど技術は無い、地位はあれど説明する言葉も頭の中に見当たらない、ただ夢の如く過ぎゆく前世の記憶の中に、彼女は現在の自分を見つけた。
転生先は悪役令嬢…ではなく、ヒロイン…でもなく、取り巻き…モブ生徒…姉妹…攻略キャラの親族…どれでもない。彼女は。
「………………まさか、期間限定イベントにしか出てこない、卒業生なんて思わないじゃない、ね……」
「ベラドナお嬢様、如何されましたか?」
「あの紫の石のネックレスを着けていきたいの、持ってきて」
「畏まりました」
今夜の舞踏会は彼女の前世である女がやっていたゲーム、『ニゲラのためいき』という、至って普通のソシャゲ型乙女ゲーム本編にある中途イベント。
ソシャゲ自体は課金煽りが酷過ぎてすぐにサ終した、ありふれたなんちゃって中世創作物。
前世の女の死亡理由も至って普通、前世では中々に長い時間を生き抜き、もう良い年で、風邪を拗らせ流石に身体がもたなかった。
それだけ。寿命と考えても差し支えないだろう。
彼女が記憶を取り戻したのは五歳の頃、初めて口にした胡椒が辛かった時にぶっ倒れ、その時に全部脳みそに注がれ込まれた。
三日三晩の高熱の後、ケロリと回復してまた胡椒がかかったサラダを所望したことに、侍従全員意味がわからないという顔をしたのをよく覚えている。
「少し肌寒いわ、上着を頂戴な」
「はい、こちらに」
「耳につけるのはもっと小さいのが良いわ、他に無いの?」
「四つほど候補がございます、如何いたしましょうか」
「……これをつけて」
「畏まりました、お耳に触れさせていただきます」
記憶はあるが実感が無い、前の人生では立派に生き抜いた人間だったとしても、五歳の彼女にとっては結局のところ知らない他人の人生だった。
興味が無い、唆られない、異世界の一般人に焦点を当てた、ただ生きて死んだ、つまらない話。
しかし、前世の彼女が好んで見ていた、数々の転生モノ作品の記憶達、あれは今世の彼女が生きる上で大変参考となった。
彼女が前世の記憶から大きく学んだことは三つ。
「ベラドナお嬢様、馬車の御用意が整いました」
「そう、私の扇子はどこ?」
「こちらに」
他人に八つ当たりをしない。
「今日の夜会では、サラトリア王子とフィマル公爵令嬢の婚約発表があるとのことです」
「そうなの」
「来賓の中には平民出身の者も居るそうです、ベラドナお嬢様、くれぐれも」
「フィマル公爵令嬢より目立つなでしょう、何のために深紫のこれを着ていくと思っているの」
現状から目を背けない。
「馬車を出して」
「お嬢様、貴女さまは」
「出しなさい」
そして、悔いが無いよう生きろ。
彼女の前世の記憶、泡のように頭の中に浮かんでは消える、ここでは無い異世界での生活、一人の人間の生き様。
見合い結婚、望まぬ退陣、増えていく錘。
布団の中で一人呻く記憶の中の人間は、泣いていた。もしも、自分に次があったらと、泣いていた。
「…………ねぇ、もっと急げないの?」
勝負は今夜。掛け金は自分の一生涯。
彼女はベラドナ・シェード。攻略対象の一人に恋をする、設定が見た目以外ほぼ無いような、ゲーム内では泡沫に等しい伯爵令嬢。
薄氷のような扇子を口元に当て、陽の沈む街を眺め、彼女は王宮へと馬車を急がせた。




