四角四面
気付くと俺は、なにもない部屋にいた。
うまく働かない頭で周囲を見回すと、正方形で、壁の色は白い。部屋のかたちとしては、なんの面白みもなく、なんの工夫もない。言うなれば、箱である。
その箱の中にぽつんと佇む俺。少し頭が痛むので横になりたいが、こんな固い床のうえで寝たら頭どころか身体中を痛めてしまいそうだ。
「眠りたいのかい」
くよくよ悩んでいると、背中から声がした。驚いて振り返ると、優しそうな美女がこちらを見ながら微笑んでいる。さっきまで、俺ひとりだったはずなのだが。
まぁ、わけのわからない場所に、わけのわからない状態で存在している俺なのだ。今更、何が起こっても驚くまい。
「そうなんだ。横になりたいんだが、こんな固い床に寝っ転がるのも、どうかと思ってね」
「それじゃあ、ベッドを出してあげるよ。ぐっすり眠ると良いよ」
彼女がそう言うと、本当にベッドが現れた。マットに掛け布団、枕まである。しかもふわふわで寝心地も良さそうだ。俺はお礼もそこそこにベッドに転がり込むと、すぐに眠りに落ちてしまった。
…… ……
起きたときには、知らない人が増えていた。ベッドを出してくれた女性を合わせて七人。俺も含めたら八人だ。末広がりで、めでたいものだ。
「ずいぶん増えたな」
「もともと私たちはここに住んでいたんだよ。貴方がいちばん後に来たのさ」
「なぁ、ここはなんなんだ? 俺はまだ自分のことすら、あまり思い出せないんだ」
「さぁねぇ。まぁ、外には出られないけど、悪いところではないよ」
彼女は寝っ転がりながら答える。やはりよくわからない。もしかして、誰もあんまりわかっていないのか? 考えていると、みんながこぞって話しかけてきた。
「新入りさん、お腹空いていませんか? どうぞ食べてください。ご飯にしましょう」
優男が指を鳴らすと、豪勢な食事が大量に出てきた。味も素晴らしい。
「お前、どこから来たんだ? 何、覚えてない? なんてことだ! こんな世の中は間違っている! ちくしょおおおお!」
赤い髪の男が、俺の境遇に何故か激怒している。いいやつなのだろう。暑苦しいが。
「オーホホホホ。貴方、見ない顔ね。この私と同じ空間にいられることを喜びなさい」
ものすごく上から目線だが、ここまで見下されると逆に気分が良い。
「いいな、お姉様に話しかけられて。羨ましい、妬ましい」
それを羨ましがり、俺に嫉妬する少女もいる。
「あら、いい男。私と遊ばない?」
色っぽいお姉ちゃんが誘惑してくる。悪い気はしない。
「よお新入り。お前、欲しいもんはあるか? 欲がないと生活がダメになる。欲しいもんは全部手に入れなきゃな」
強欲だが、真理だ。その考えがあるから人間の生活は豊かになったのだろう。
個性的な連中に囲まれて、俺の生活は始まった。俺は正直、個性溢れる彼らが羨ましかった。
自分の望む事柄に100%のバイタリティを向けているのだ。その実、興味ないことには全く見向きもしないのだが、そのわかりやすく、それでいて確固たる思想を持つ姿勢が、俺には眩しかった。
俺にはなにもない。ここに来るまでのことはあまり覚えていないが、少なくとも、俺は全てにおいて中途半端な存在だ。ここではとくに、それが顕著にあらわれている。
だけれども、そんな俺に、この七人は分け隔てなく接してくれた。その極端な存在が、俺には心地よかった。
それからどのくらいの年月を、彼らとともにしただろうか。とても長い時間を過ごした気がする。
ある日、突然この正方形の屋根が開かれた。
「やっとか! 待ちわびたぜ!」
「オーッホホホホ! 私の高貴な姿を、ついに下々の者どもに見せつける日が来たのね!」
「羨ましい。そんなふうに思えるなんて、妬ましくて素敵」
「たくさんの美味しい料理を、全世界に広める日が来たのですね」
「全人類の欲しいものを引き出してやらないとな」
「どんな素敵な男女が私を待っていることでしょう」
「俺は、俺を閉じ込め続けたことに激怒しているぜ!」
俺以外の七人は、待ってましたと言わんばかりに開いた屋根の隙間から外に出ていった。外から声が聞こえる。
「しまった、七つの厄災が外に出てしまった」
「バカな。何をしているんだお前は。これで世界はめちゃくちゃになるぞ」
「いや待て。箱の隅にもうひとつ残っているぞ。人類の『希望』が」
屋根からこちらを覗き込む顔は、俺に対して希望を持っているようだ。
ある程度わがままで、ある程度食欲旺盛で、ある程度自尊心が高く、ある程度性欲があり、ある程度嫉妬心に長け、ある程度怒りに燃え、ある程度怠け者。
人間、そんな『ある程度』が最もあるべき姿であり、最も生きやすい『希望』なのだろう。だが、箱を開けたために、『最たる極端』が表に出てしまった。
これからの世界は、とても苦労することだろう。すでにその兆候は広がっている。さて、『希望』である俺は、これからどれほど人類を助けられるだろうか。
どのみち、助けられたとしても『ある程度』に過ぎないだろうけど。




