第3話 「プリンがないとか、世界の終わりなんだけど!」
ドドンと広がる食堂に足を踏み入れた瞬間、思わず叫びそうになった。
「ちょ、朝ごはんでこの広さ!? レストランやん!」
ど真ん中にでっかい長テーブル。両サイドにはイスがズラーッと並んでて、何人で食べるつもりなのレベル。
テーブルクロスは真っ白。食器はピカピカ。天井から下がるシャンデリアが朝日でキラッキラに輝いてる。
「こちらへどうぞ、お嬢様」
マリアが席を引いてくれるけど、あたしはなんかソワソワしながら腰を下ろした。
だって目の前にあるの、フレンチっぽい前菜プレートに、キラッキラに焼き上がったクロワッサンあと
メインプレートには、こんがり焼かれたベーコン、半熟トロトロのオムレツ、
小さいけど形が完璧なソーセージに、緑と赤のよく分かんない葉っぱのサラダ。
「オムレツ、プルップルやん!てかソースまでかかっててオシャ!」
ドリンクは、オレンジジュースじゃなくて、たぶん搾りたての“オレンジそのもの”。
グラスから漂うフレッシュ感が超フルーティーで、ひと口飲んだ瞬間――
「うっっっま!これコンビニじゃ買えないやつだ!」
とりあえずナイフとフォークを手に取ったはいいけど、手が震える。
どう食べるの正解なのか分からない。
――そのとき
「お嬢様。お身体は大丈夫ですか」
背後から低くて落ち着いた声がして、そっと振り返ると、執事がいた。
黒髪オールバック、スーツの着こなし完璧、そして明らかに大人の色気ましましの30手前って感じ。
「あっ、執事さん?」
「ゼノでございます。以前よりお仕えしておりますが……忘れましたか?」
「ごめんね~、今頭まっしろ状態ってやつ?
急に記憶喪失ってやつ」
「……記憶喪失、ですか」
ゼノの眉間に皺が出た。
でもそれ以上ツッコまず、静かにうなずいた。
「それでは、しばらくは“今の”お嬢様に合わせて対応させていただきます」
「うわ~、そういうとこ最高!さすが大人!」
マリアが少しだけ困ったようにゼノを見て、小さくつぶやいた。
「ゼノ様……本当に記憶を失ってしまったのでしょうか?」
「……そうでなければ、人格が変わるなどあり得ない。様子を見ましょう」
ふたりの会話が聞こえたけど、あたしはスルーして食事に集中。
だって、見た目オシャだけど普通においしい!
「うわ、これうまっ!てかプリンってデザートに入ってないの!? それは一大事なんだけど!?」
マリアとゼノがまた顔を見合わせて、
「プリンとはどのような食べ物でしょう!?」
フォーク持ったまま叫んだあたしに、マリアが一瞬止まる。
「……プリン、でございますか?」
「そうそう!あの、たまごと牛乳でできてて、ぷるんぷるんで、上にちょっと苦いソースかかってて!
スプーンでぷすって刺すと、ふるふる揺れて~って、ほら!あれよ、あれ!」
「……まことに恐れ入りますが、それは“蒸した甘い卵料理”ということでしょうか?」
「……え、まって、それしか伝わってない?マリア、冗談でしょ?」
「申し訳ありません、当家の厨房にはそのような品の記録は一切……」
「……うそでしょ。
この世界……プリン、ないの?」
口の中に広がってた高級料理の余韻が、一気に苦くなった気がした。
「だってプリンは、JKの命じゃん……
あたしの心の栄養素が、存在してないって、どゆこと……?」
スプーンをそっと置いて、あたしは天井を見上げた。
キラキラのシャンデリアが、やけに遠く感じた。