テレシアスの末裔
「エイリアンに惚れられたんだ」
ぼくがそう言うと、稲村君はニヤッと笑って
「そりゃよかった。手足は二本づつか? 角は生えてるのか?」
なんて聞いてきた
「角のないラムちゃんて感じかな。めちゃ可愛い。その辺に問題はなかったのだが」
「うん。その辺に問題がなくてよかったな。目出度い」
稲村君は頷いて「じゃあな」と去ろうとする
「待て」と腕を掴んで「別に問題があるんだ」
訴えると
「どうせ身体に受精卵を埋め込まれたとかそんなんだろう?
相手構わずやるからそう云う事になるんだ。気にするな」
と面倒くさそうに答えた
友達甲斐のない奴である
「違うんだ、事態はもっと深刻なんだ。聞いてくれ」
「聞くよ。だから羽交締めはやめてくれ」
「外すけど逃げるなよ」
「長年の友の困窮を見捨てて誰が逃げたりするもんか」
「をを、流石の友垣であるよな」
言いつつ稲村君を部屋の隅に追いやって扉との間に立った
「で、なんなんだ?」
諦めた感じで稲村君が呟いた
「うん、ぼくと彼女は相思相愛の仲になって、街外れのホテルへとしけ込んだ訳なんだ」
「よかったな」
「それが…… よくなかったんだ。キスしてイチャイチャして裸になって、その瞬間、彼女は男になってしまった」
「彼女が彼に成ったわけか、まあ、裸になったら正体がばれたというのはよくある話だ」
「違うんだ、胸はあったし、ナニはなかったし、華奢な身体が筋骨隆々になったし、怪人二十面相が顔をビリッとやったら体格まで変わってしまったみたいで、あり得ないと思うだろう?」
稲村君は呆れたように顔を顰めた
「君の場合、何でもあり得る訳だが、そこが面白い処ではあるが、それでおかまを掘られたと?」
「違う!」
「掘ったのか?」
「違うってば、聞けよ」
「うん」
「彼女が言うんだ」
「彼氏だろ?」
「どっちでもいい、彼女が驚いて言うんだ、何故あなたは女に変わらないのか? てさ
よく聞いてみるとだなあ、かの星人は愛し合う時、男女が入れ替わるんだそうなんだ。男が女になり、女が男になって愛し合うんだと」
「珍しいな。馬鹿々々しくて面白い」
「面白がってる場合じゃないんだ。最後までちゃんとやらないと女に戻れないと云うんだ。しかも戻れないと死ぬと云うんだな、三日以内なんだそうだ。しかし、女に戻る方法がひとつあって裏切って変身しなかった相手を殺せばいいらしい。それで明日の夜に決闘を申し込まれた
どうしよう?」
稲村君は少し考えて
「テレシアスの魔術があると聞く、男を女に変えられるんだと、しかしその魔法は長年の間人々が探し回っているにも関わらずまだ見つかっていない」
「嫌だからいい、女になってあんなのに抱かれるなんてゾッとする」
「戦って勝てばいいのでは」
「死ぬと女に戻るんだと。結果的にせよ、あの愛らしい娘を殺すなんてぼくには出来ない」
稲村君はニヤッと笑った
「なら、君が死ねばいいんだ。簡単だろう」
「そうか、やはり死ぬしかないか、愛のために死す、愛ゆえに死す
ロマンティストの僕らしくて良いな」
それしかないだろうとは思っていたのだ
覚悟を決めなくっちゃ
しかし、稲村君は事も無げに続けて言った
「復活の呪文掛けておくから、安心して死ねばいいよ」
「そんなのあるのか」
「あるよ、ただ七千文字の意味不明な呪文でね、死ぬ前と死んだ後と二回掛けなくっちゃいけない、一文字でも間違うと復活出来ないという難儀な呪文なんだ」
「出来るのか?」
「成功例はあまり聞かないが、まあしかし、うん、やってみるよ」
「やってみるのか」
「やってみよう」
翌る日、小一時間もかけて復活の呪文を掛けて貰った
「大丈夫なのかな?」
「なにが?」
「確実に復活出来るのか?」
稲村君は頭を掻いた
「確実とは言えないが、まあ、魔術全書に載ってるくらいだから確かだろう」
「確かなのかね」
「ウィキ並みにはね」
「うう、まあ、失敗しても死ぬだけか」
「いや、生き返らないだけだよ」
「そうか……、ならいいか」
そうして、準備万端でぼくは決闘に赴いたのだった
男は約束の場所で待っていた
そこはぼくらが初めに会った場所だった
「来たのね、来ないかと思ってたわ」
男が低い声で可愛く言った
「君の雌雄を決っすべくやって来た」
「こんな時にも冗談言うのね、そんなあなたが好きだった」
いかつい男にそう言われても困惑するばかりだ
「始めよう。君を殺して、女性に戻った君を抱こう」
「屍姦は罪だわ」
「屍姦はいかんか」
「もういい」
と男は剣を抜いた
ショートソードをこちらに向ける
ぼくも日本刀を抜いて上段に構えた
暫し見合ってから、一気に飛び込んだ
男は剣を突き出しているばかりだ
決闘は得手ではないようだ
動きが鈍い
ぼくは真一文字に突っ込んで、但し刀は振り下ろさず、相手の切先が胸骨の間を抜けて心臓に突き刺さるようにした
血が凄まじいばかりに流れ出て、ぼくは倒れ事切れて、仰向けにどさっと倒れた
彼は瞬時に彼女に戻り、ぼくの遺体の前で泣き崩れた
「なんて事。愛してくれていたのね。私の為に生命を投げ出すなんて」
女は叫び、ぼくの身体から剣を引き抜くと、それを自らの身体に突き刺そうとした
その時、何処からともなく現れた稲村君が女の剣を取り上げた
「待て。彼はそれほど純情可憐な男じゃない。こんな奴を信じて死ぬなんて馬鹿らしい事この上ないぞ」
稲村君は剣を放り投げ、女に少し離れているように言って、呪文を唱え始めた
長々と経分の如くにスペルを唱えた
しかし、唱え終わっても、ぼくは復活しなかった
「うん?」
「何してるんです?」
女が聞いた
「うん、死んでもすぐ復活出来るように、復活の呪文を掛けてあったのだが、何故か復活せんのだ。読み違えたかな? ぽりぽり」
「じゃ、あたしの為に死んだわけではなかったのね」
「いや、死んだのは君のためだ。生き返る予定ではあったが、しかし、保証はなかった」
「なるほど、あたしのために死んでくれたのはたしかで、感謝だけど、でも、後を追うほどじゃないってわけね」
「そう、その通り。呪文を読み間違えた所為もあるかもだから、もう一度やってみよう。正しく読めば復活するかも。事前の呪文で間違えていたらジエンドだが、そもそもインチキという可能性もあるわけだが、あっさり諦めたら恨まれそうだから、もう一度か二度くらいはやってみよう」
いい加減なことを言いつつ、一度二度三度と唱え直した
三度目でぼくの目が開いた
「うう、死ぬかと思った」
ぼくが言うと、稲村君は息を切らせつつ
「確実に死んでたぞ。生き返れたのは我が弛まぬ努力のお陰である。それで、死んでる間のあの世の記憶はどうだった? 憶えているか? 三途の川の土産話が楽しみだったが」
「いや、この世の記憶しかない。君が汗かきながら面倒くさそうに呪文を唱えてるのを聞いていた」
「普通に死ぬのと復活の呪文を掛けて死ぬのとではまた違うのかなあ。まあ、いいか。彼氏は彼女に戻ったし、君は生者に戻ったし、復活の呪文が効く事もわかったし、万事めでたしだな」
横で呆然と見ていた彼女が涙目で言った
「愛しているわ。母星に帰って、あなたを、あの間だけ、女にする変換器を作ってまた来るから、待っててね」
女はそう言って駆け出し、宇宙船に飛び乗るとほぼ光速で去って行った
「待て。女になんか変わりたくないぞ」
しかしぼくの言葉は届かなかった
光速は音速よりも速いのである