久々の戦闘です
「どう?イケてるでしょ、あっしら」
目の前でヘラヘラと笑う双剣の男。
ぶらりと腕を下げた構えは一見隙だらけに見える。ただ、経験上こういう構えをする奴相手に迂闊に踏み込むのは悪手だ。
頭のテッペンから真っ直ぐに通った正中線、両の足の角度、俺を一点に狙う視線。見れば見るほど間違えなく手練れ。変に殺気が漏れていないのも数多く実戦をこなしてきた証拠だろう。
「来ないんスか、オッサン?」
「お前こそ仲間は呼ばないで良いのか、犬コロ」
「だからぁ、《烏》だってぇ」と男がぼやくが、そんなものは知らん。
「木剣だけのオッサンなんて、あっしだけで十分っス」
男が変わらず軽薄な口調でそう続けた。
(……一人で立ち回る気か)
まぁ妥当な判断ではある。ハタから見れば俺は10年以上戦場から離れたただのオッサン。
前の職場をやめてからというもの目立った活動もしていない。対してコイツらは現役バリバリの精鋭部隊。気を抜くのも当然だ。
剣士にとって1年のブランクは余りに大きい。10年ときたら尚更致命的であろう。
昔読んだ剣術書に「一日の怠りは一月の無駄と見よ」という一節があったが、まさにその通り。
鍛え上げた肉体も、磨き抜いた感覚も。積み上げるのに掛かった時間の数十倍の速さでそれらは衰えていく。
俺が10年間何もしてこなかったのであれば、それこそ昔強かっただけのオッサンだ。
「来るならさっさと来い。一撃くらいは喰らわせてみろ」
切先を向けたまま挑発する。
「……舐められたもんスね、俺らも」
双剣の男は高く跳び上がり、腕をクロスさせて双剣を構え直した。
予備動作を最小限に抑えた跳躍と、俺の首をハサミのように斬り落とす軌道。狙いは明白だ。
だが。俺は木剣一本しか持っておらず、二本の剣を同時に捌くのは難しい。出来なくは無いが面倒だ。
前提受けたとして、木剣ごと斬り裂かれるのは目に見えている。
となると普通は下がって躱すのが最適解だろう。
ーーーーーーただし、この最適は「剣だけを見た場合」である。
俺の首へと届く距離に双剣の攻撃範囲が入る寸前。
クロスさせた男の二本の腕、その真ん中を木剣の剣先で突いた。
剣が腕に触れた瞬間、生々しい骨の感触が伝わってくる。
「はっ!?」
男の顔が苦痛に歪むのも束の間、鋭い轟音と共に男が吹っ飛んだ。
そのまま背後に生えていた木へと打ち付けられる。
「ぐっ……」
男が嗚咽を漏らす。
「もう一度言おうか。仲間を呼ぶなら今のうちだぞ、犬コロ」
木剣といえど剣は剣。
斬れこそしないものの、突きの威力は真剣と大差ない。
巧く衝撃を逃されたから腕は折れていないだろうが、肋骨の5本は逝っただろう。
男の双剣と俺の木剣では、数センチだけ俺にリーチの優位がある。
だからこそギリギリまで誘い込んだ。数センチの差が最も発揮される瞬間、盲点であろう腕を突いたという訳だ。
手数が増えるという大きな利点の反面、双剣使いの典型的な弱点と言える。
……一人だけ無理矢理克服した変態女騎士がいたが、アレは例外中の例外だ。
「……やっぱまだ……っスね……」
立ち上がりざま男が何かを呟く。
「何か言ったか?」
「いや、コッチの話っス。続けましょ」
「まだまだ終わらないっスよ!」と叫ぶと、今度は姿勢を低くして一気に距離を詰めてくる。
左斜めの斬り下ろしからの、控えたもう片方の剣で突きの追い打ち。下がれば刺突に捉えられるため、身を仰け反らせて躱しつつ、男の腹に剣の柄を叩き込んだ。
「ぐうッーーーー!」
怯んだ瞬間を狙って投げ飛ばそうと思ったが、
「おっと」
そこは流石現役というべきか。躱された剣を逆手に持ち替え、横に薙ぎ払ってきた。
軽く跳ねて下がり、もう一度牽制の構えを取る。
「ハァ、ハァ」
結構良いのが入ったからか、男はもう息を上げている。
実戦を積んだ手練れといえど、どうやら斬られはしても叩かれはしてこなかったらしい。
いや、自分を叩ける相手がいなかったのか?
「良い加減助けを呼んだらどうだ?」
「なんでっ、木剣一本で!あっしを追い込めるんですっ!?」
「いやまぁ、素手で戦うことだってあったしな」
「はぁ!?」
さて、残り四人の動向が気になるところだが。
出てこないなら一先ずコイツを徹底的に叩きのめそう。