4.門出と忍び寄る暗影です
いきなり魔法の概念が出てきます。後々解説するので、それまではリリース前プレイだと思ってください。
「ねぇ、ほんとに行くのかい?偶には帰ってくるんだよ?王都には悪いひとがいっぱいいるから、気を付けるんだよ?あ、迷わないように地図も……」
「うるさなぁ、大丈夫だって。地図ももう持ったよ」
一昨日「クルアを笑顔で送り出すんだ」と決心したはずなのに、いざ出立となると涙腺が言う事を聞かなくなった。自分でもビックリするくらい、滝のように涙が溢れてくる。家の前の玄関口、俺はクルアの肩に手を乗せて号泣していた。多分今の俺は世界で一番みっともない。
だって心配じゃん。仕方ないじゃん。10年手塩に掛けて育てた娘だ。これから何ヶ月、下手したら何年も会えなくなるなんて我慢できるかわからない。多分我慢できない。寂しすぎる。
「辛くなったらいつでも帰っておいでねぇぇ!?グスン、お父さんいつでも家で待ってるからねぇぇ!」
「ああもう、分かったって!」
ボロボロ泣き崩れている俺とは対照的にクルアは目を輝かせていた。
木剣と大きなバック(俺がめちゃめちゃ追加で詰め込んだ)を背負ったクルア。しゃんと背筋を張って、顔には未来への期待と夢が詰まっている。
引き取った時は泣いてばかりで、少し離れると「お父さん、お父さん」って走り寄ってきたのに。いつの間にかこんなに大きくなって。お父さん泣いちゃうよ。もう取り返しが付かないくらい泣いてるけど。
「うう、ちゃんとお友達つくるんだよぉ……?」
「はぁ、大丈夫よ。私が市場に友達多いの知ってるでしょ?上手くやるわよ」
本当に逞しくなって……今までの十年が、走馬灯のように頭を駆け巡っている。
ああ、ダメだ。娘の新たな門出にこんな情けない姿でいては。
これじゃあクルアを不安にさせてしまう。
ちゃんと、ちゃんと見送らなくては。
「それじゃあ、お父さん。行ってくるね」
クルアが、俺の手をそっと肩から外してそう言った。
いよいよお別れだ。余計に涙が溢れてくる。手のひらで自分の両頬を叩き、何とか抑える。
最後くらいカッコいいお父さんであるように。クルアが今日、笑って旅立てるように。
俺はもう一度クルアの目を見て、
「ああ、行ってらっしゃい」
噛み締めるように言う。
「うん」と一言だけ言うと、クルアは山を降りる道へと振り返り、歩き出す。
ああ、行ってしまう。大きくなった背中が、どんどん遠ざかっていく。愛娘が一歩ずつ進む度、またもや俺の涙腺が暴れ出そうとする。
(抑えろッ……俺の涙腺ッ……)
今決壊したら、声を上げて泣いてしまいそうだ。
俺がひたすら耐えていると、不意にクルアが此方を振り返った。
「……私は、誰が何と言おうとお父さんの娘だよ。だから、大丈夫。育ててくれてありがとね」
それだけ言うとクルアは元の道に向き直って、再び歩き始めた。
(……情けねぇなぁ、俺)
クルアはもう一人前だ。
誰よりも可愛くて、誰よりも負けず嫌いで、誰よりもしっかり者の、誰よりも強い俺の娘だ。
何を憂うところがあるのだろう。きっと、いや絶対上手くやれる。
……とはいえ、それとこれとは話が別だ。
クルアの背中が見えなくなった後、俺は一人ぼっちになった家で泣き叫んだ。
◇
「……ふぅ」
2時間くらい泣き続けた後、俺はようやく落ち着く。正確に言うと涙が枯れて落ち着かざるを得なくなった。
「ーーーー寂しくなるなぁ」
一気に静かになった家を見渡す。
この家は前の職場を辞めた後、クルアと暮らすために買ったものだ。その前は家なんてなかったし、10を過ぎてからというもの臨時キャンプか塹壕でしか寝泊まりした事はなかった。4、5歳までの記憶は殆どないけれど、ずっと鉄の檻の中にいた事だけは覚えている。
クルアが市場へと遊びに行っていた時を除けば、この家で一人になるのは初めてだった。
「……全く、人が感傷に浸ってるって時に」
机に掛けておいた木剣を手に取り、家の扉を開けて外に出る。
辺りを見回すと普段と変わらない森の風景が広がっていたがーーーーーー
「……静かすぎるな。返って違和感が増すぞ」
家を取り囲む木々がざわめく。
(……アタリか。)
耳を澄ます。ざわめきの中に、幾つかの足音が聞こえた。
一つ、二つ、三つ、四つ……五つ。五人、それもかなりの手練れ。
(三人は直剣、一人は双剣持ち。もう一人は金棒だな)
五人全員が家を取り囲むようにして分散している。
この日を狙ったとしか思えないが、軍部ならそんな回りくどい事はしないだろう。クルアが居ようが居まいが、国家権力の名の下で拘束しにくるハズだ。
他国からも相当恨みを買っている自覚はある。だが現在の帝国、それも俺を狙える国があるとも思えない。
となるとーーーーーー
「何の用だ?皇帝の犬ども」
気配の一つーーー右真横にいた双剣ーーーへと、足元に落ちていた石を投げる。
息を潜めていた気配が揺らぎ、僅かな殺気を感じた。
キィィィン!
石を剣で弾く音と共に、木々の中から黒いローブを被った男が出てきた。
予想通り双剣を持っており、背丈は俺より少し低い。何らかの妨害魔法が付与されているのか顔は見えなかった。
(皇帝、今更になって何のつもりだ?)
……全身黒の装束。やはり見覚えがある。
あの妙に頭の切れる皇帝がいつも汚れ仕事を任せていた部隊の装備だ。
俺と一部の軍部関係者は存在を知っていたが、基本的には表舞台には出てこない。皇帝によって厳重に秘匿された特殊部隊。
戦争が終わっても国内の政争は終わらない。存続しているとは思っていたがーーーーーー
「ハハ、ご明察。でもねぇ、あっしらだってカッコいい名前貰ったんすよ?」
双剣の男がヘラヘラした声で言う。
「……知らん。俺を捕縛するのが目的なら、この場で死んでもらうぞ」
「おっとぉ、そう焦らず。名前だけでも聞いてくださいよ」
俺は双剣の男に切先を向ける。
目の前のコイツに注意しつつ、他四人の気配にも警戒を続けておく。
「あっしらは《烏》。どうです?イケてるでしょ?」