3.お父さんは心配です
「はい、お夕飯。時間ないから適当だけど」
いつも夕飯は俺が作るのだが、今日は珍しくクルアが作ってくれた
家の前で採れた野菜を蒸したものと、同じく自家製のカボチャで作ったスープ。メインディッシュは市場で買ってきた鶏肉のグリルだ。
料理も大分上手くなったものだ。これなら一人で生きていけそうだ。そう思うと嬉しい反面、少し寂しくなる。
あとやっぱり髪を下ろしたクルアも可愛い。ふふ。
それはさておき、クルアが椅子に座って夕飯の準備が整った。
「「いただきます」」
手を合わせてから食事を始める。
木彫りのスプーンでスープを掬って口に運ぶ。甘すぎない舌触りとしっかり薫るカボチャの風味が1日の疲れを取り払った。蒸し野菜も美味しい。塩だけのシンプルな味付けが新鮮な野菜の旨みを引き出している。
「そういえばさ、王立ってどんな入試なの?」
目の前で鶏肉を齧るクルアに何気なく聞いてみる。
王立ってくらいだから筆記と実技がバランスよく配分されているのだろう。
『王立ぅ?ガハハ、他の受験生殴ってりゃ受かるぜ』
『珍しいね、アンタから質問なんて。王立?ふふ、木剣でこう!!こうッ、よ!!』
……何故だか知り合いの王立出身者は脳筋ばかりだったが、きっとほんの一握りの異端者だ。
なんたって「王立」である。もう響きが上流だ。文武両道、品行方正な生徒が集まっているに違いない。
金髪ロールのお嬢様や、タキシードの従者を控えさせたお坊ちゃまが大勢いるのだ。決して年中上裸の巨大棍棒使いやら極太大剣二刀流の変態女騎士などが居ていい場所では無いのだ。
事実近頃のクルアは勉強に力を入れている。きっと入試の筆記対策なんだろう。
「ああ、実戦だね」
あれ?
「いやまぁ、実戦もあるかもしれないけどさ。筆記試験とかってーーー」
「無い。全部実戦。トーナメント式の」
思わずスプーンを落とす。
いや待て。俺の聞き違いだ。アイツらが普通な訳がない。
俺も大概だが「奴ら」は脳みそまで筋肉、いや筋肉こそが脳みそだと思っている連中だった。唯一まともな部類だった同僚も、だいぶ筋肉に頭をやられていた。
「奴ら」の言っていた事が正しいなんて有り得ない。
試験内容が木剣での殴り合いだなんて有り得ない。
そもそもトーナメント式って何だ。何の大会だそれ。
「でも、最近勉強してるんじゃ……」
「筆記が必要なのは冒険者ギルドの方ね。筆記の倍率5倍。結構難しいんだよね、冒険者資格。」
待て待て待て。
冒険者ってインテリなの!?酒場でビール掛け合って裸踊りしてるオッサンじゃ無いの!?
100%偏見だけど、それこそ「奴ら」のような脳筋じゃ無いのか!?
なんで王立の方が野蛮なんだよ!?
「冒険者ギルド対策模試っていうのもあるよ」
「分かんないなぁ……世間って……」
まさか「奴ら」が正当な王立卒業生だったとは。何かのミスで偶然入れてしまっただけかと思っていた。
となると主席卒業ってのも頷ける。力だけの序列なら十二分あり得る。有り得すぎて泣きそうだ。
「奴ら」とトーナメントに当たってしまった生徒は無事だったのだろうか。後遺症とか残ってないだろうか?
「兎に角、明後日には出るから。持ち物は木剣と、王都までの食料だけで大丈夫。冒険者ギルドで使う道具は向こうで買うよ」
ただでさえ一人で王都に向かわせるのが心配だったのに殴り合いをしに行くと来た。
ここは親として止めるべきだろう。
悪いけどクルアには諦めてもらうしかーーーーー
「……今からでもやっぱり辞めに……」
そう言いかけた時、クルアが俺の目を見る。
ーーーーーー実母に似た蒼い目。
ーーーーーーそこに宿る、実父のように真っ直ぐで、迷いなど一つもないような光。
(ああ、やっぱり似ている)
クルアのこういう顔を見る度に思い出してしまう。
きっと俺がいくら止めてもクルアは王立に行くのだろう。俺が何を言っても前に進むのだろう。クルアの両親がそうであったように。
「……いや、ごめん。なんでも無い」
俺がそう言うと、
「ううん、ありがと」
クルアはにっこり微笑んで、そのまま食事を続けた。
その日の深夜。
クルアが寝てしまった後、俺は一人ワインを開けて1瓶分を飲み干してしまった。
別に泣いてなんかいない。