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セゾン お昼間のモーニング

作者: 興長

 はじめまして、それか別作の短編『セゾン』を目に止めていただいてありがとうございます。


 皆さんは自身の住んでいる街にひっそりと佇んでいて営業してるかどうかも分からない、況してやお店かどうかも分からない様なレトロな喫茶店を見つけた事はありませんか?


 これはもしそんな喫茶店が日常に隠れていたらと言う願望的な小説です。


注意

 こちらは小説ど素人が作成しました夏の短編作となっております。

 ど素人が故に誤字や言い回しがくどい時がございますが読んで頂けたら幸いです。


 どうぞごゆっくりと読み進んで頂けたら幸いです。

 7月上旬、気温はすでに38度と猛暑になってる。


 そんな猛暑の中、俺は日除けの帽子も被らずに実家への道をひたすら歩き続けていた。


「…あっづい…」


 年々夏の気温は上がっていく。


 父は地球自体の気温上昇の折り返し地点が来て気温は下がっていく、なんて言ってるけど俄かに信じがたい暑さだ。


 でも俺はこの暑さもあまり嫌いじゃない。


 なぜなら、温泉が好きでよく近くの天然温泉に行ってるんだけど、真夏に入る露天風呂は最高に気持ち良すぎる。


 夏の突き刺す様な日差しを露天風呂の温泉に浸かりながら感じるのも通なもので病みつきになる。


 サウナが好きっていう感覚に似てるのかな?

 

 でもそんな温泉に通いつめるのもきっかけがあった。


 だいたい一昨年ぐらい前か、職場で昇進しないかと声が掛かりお受けしてそのトレーニングをし始めたのが温泉にハマったきっかけだった。


 いざそのトレーニングを始めてみればなんともいい加減なもので、さらには担当の上司からのパワハラ•モラハラにが凄くて精神的に追い詰められるて行く毎日。


 挙げ句の果てにその上司の失敗を責任転換までされて何のためのトレーニングが分からなくなっていったんだ。


 最悪な事に怒鳴られるだけの毎日のストレスで家に帰ってもその日の事がフラッシュバックしてしまう事もあったし、ストレスが原因で肺炎にもなりかけていた。


 翌る日にはそのストレスからか、朝目が覚めても体が動かずベットから出れない事もあった。


 出勤しないと思って力を込めれば逆に無気力になってどうしようもなくなってその日は休んだけど、体も精神的にも限界が来てしまったのが嫌でも分かる状態だった。


 その事を両親に相談したら『じゃあ気晴らしに温泉にでも行くか?』って誘われて一緒に行ってみたら。


 あの温もり、真夏の露天風呂の気持ちよさ、塩をすり込みながら入るサウナ、全てに俺は癒されたいって昇進の事なんてどうでもよくなってやめる事を決意できた。


 その時俺は初めて知った、ストレスを耐える事が人体に与える影響の重大さを。


 それと勿論その時に昇進を諦める事を両親にもちゃんと伝えたけど、『健康があってのこの先の人生やから無理をしない選択をお前が選んだんやったら言う事はない』って優しく受け入れて来れた。


 昔は厳しい両親だったけど、正直こんなに優しく受け入れて来れた事に心から救われて見習わないといけないなって思った。


 人によっては社会に出ればそんなものって言って終わる人もいる。


 でも俺はどうしても認める事が出来なかったし、そんなものだと諦めて受け入れる事もできなかった。


 今となってはもおどうでもいい事に思えるけど。


 でも良い経験になったのには変わりないとも思う。


 何故って言うと、その際に俺を支えてくれた両親や親戚が俺の中の家族愛を爆発的に増大させて家族は凄く尊いんだって改めて気付かせてくれたから。


 言わば時と場合によってはこう言う経験も必要になるって事。


 昇進を辞めた事では勿論担当してくれていたハラスメント上司には酷く睨まれたけど、半年ほどした頃だろうかその上司は理由を明かされずに退職している事に気づいたけどそれももおどうでもよかった。


 そんな事を20代半ばで経験できたのは良かったと思う、貴重な体験だったしそれがあったからこそ今の自分があるんだなって考えられてる。


 それでだ、今日も俺は真夏に温泉からの実家まで歩いて帰宅している。


(常人的に考えたら普通にアホらしいって思われるんかな…)


 でも車は持ってないし言って一応一人暮らしで借りているマンションから実家までは二駅分の距離しか離れてなくて歩けない距離でもない。


 それに何となく歩きたい気分でもあったから。


(でも流石に馬鹿やったか? 温泉の後に歩いて実家までって…)


 当たり前だけど、温泉に入った後なのに背中は汗だくになって額からも汗が流れ落ちている。


気分に流された自分を馬鹿と称して歩いていると視界の中に古びた看板が四隅にあるのが目に入った。


 それはお客さんを誘う気もないよな雰囲気で『セゾン営業中』と書いてあった。


 ありきたりな昔ながらな喫茶店の名前だなと思い横を見てみるとそこには。


 黄色い屋根で色んな植物の蔦に壁を覆われていて、お世辞にも綺麗とは言いづらい外見の喫茶店が英語で『SAISON』って書かれた看板をもう一枚だして佇んでいた。


(車のとうりが少ない住宅街に喫茶店?…なんでもいいから…水分補給をせえへんと…)


 暑さと喉の渇きに耐えきれずお店へと足を進める。


 お店の扉の取手を握ってみると少し遊びがあってカチャカチャと音を鳴らす。


 随分古びてるなって思って扉を見ると、素人が見ただけでも分かるほどの自己流で扉は補強されていた。


 そんな扉を引いて開けて中に入ってみると。


 汗だくで熱を帯びてた体に気持ちのいい冷たい風が吹き抜けて行った。


「あぁ…涼しい…」


 思わず声が出た。


 お店の入り口前は入ってすぐが右側に向けてL字路になっているけど開けた扉が閉まるまで冷風が優しく抜け続けていった。


 入り口の奥に進みL字路を曲がって店内を見渡すと壁一面に色んな種類の木製の時計がかけられている。


 古い物から新しい物まで沢山あってちゃんと動いているものもあれば止まっているものもある。


 指している時刻はそれぞれバラバラで、6時、9時、15時でその中で一つだけ一際大きい円盤の時計だけが現在の時刻11時43分を指していた。


 店内はレトロなフランス系で、カウンターの向こう側にはティーカップが並べられてあるこれもまた凄く大きなSEZONと書かれた棚で、棚も含めて客席の椅子に机も全てが木製の古い家具ばかりだ。


 ここの店主は相当こだわりが強いのが見て分かる。


 そして店内には曲名までは分からないけど、ピアノのソロ曲が流れていてそれがまた良い。


 雰囲気は落ち着きがあるゆっくりするにはもってこいってだ、それに時計だらけでも時刻が合っているものが一つしかないから時間の進みもゆっくりに感じられる。


 って言うよりも時間に関しては色んな時刻を指している時計を見渡すだけで麻痺してしまったんだと思う。


 でもこのお店の雰囲気は、日本なのに、違う国の喫茶店に来たかの様な感じにさせてくれる、それが凄く気持ちよくて雰囲気に酔ってしまうほどに。


 ごく稀に言う「お店の中は別世界」と言うものなのだろうか。


(こんなお店実家の近くにあったなんて知らんかった、歩いて来てよかったかも…)


 席はお店の外観に似合わず結構埋まっていて2名客が3組に1名客が2組、俺も合わせて数えると空いている席は半分物置になっているカウンター4つと窓際の1名席だけ。


 知る人ぞ知る人気のお店なのかもしれないのが少しだけ胸をワクワクさせて期待感を煽ってくる。


「1人なんですけどいいですか?」


 カウンターの向こう側にいる店主へと人差し指を立てながらそう言う。


「好きな席にどうぞ」


 忙しいせいか少し無愛想にどの席でもと言われた。


 けど気にする様なことでもないので右手側に空いてある1名席に座った。


 けど椅子と机がちょっと小さくてこれはまた座りづらい。


 俺は身長170㎝で足が長い方だ、この椅子に座るにはちょっと辛いところがあるけど、一旦その事は忘れてメニューのラインナップを確認した。


 蔦が殆ど覆われた窓から差し込む柔らかい日差しと店内の少し暗めの照明の2つに照らされたメニューにはシンプルなものが多かった。


 トースト類、サンドイッチ類、ピラフにドライカレーと喫茶店ならではのラインナップにオレンジジュース、紅茶、コーヒー、ココア、そして昼の2時までやってるモーニングセットがある。


 メニュー表に8時〜と書いてあるの見るにお店はその時間帯から開いているらしい。


 そう思うと、朝の8時〜昼の14時まであるモーニングなんて珍しいし、物価高のご時世にしては価格が安く全部500円以下でびっくりした。


(ワンコインのモーニングにしよっかな)


 12時前に食べるちょっとお得なモーニング、それに決めた。


 注文をするため店主を探したが姿がどこにも見えない。


(あれ?)


 店主を探して少しキョロキョロと見渡していると、カウンターの奥側の壁下からひょこりと現れた。


 どうやらそこで屈んでいたらしい。


「すみませーん。注文お願いします」


「はい、はい」


 店主はマイペースなのか歩くのが少しばかりゆっくりだ、だけど何故だろうそれすら店内の雰囲気に合っている様に感じてしまう。


 注文を聞きに席まで来てくれた店主がついでにとばかりに片手に持ってきたお冷を机に置いた。


 そして前掛けの2つあるポケットの片方からメモ帳を取り出して注文を聞いてくれる。


「お決まりですか?」


「はい、えーっとモーニングとアイスティーをお願いします」


「モーニングとアイスティーですね、アイスティーは先にお持ちしますか?」


「はい、お願いします」


「はい、じゃあすぐにお持ちしますね」 


 注文を聞き終わりカウンターに戻って行く店主の後ろ姿を何故か見送る。


 見送っているとその背中から1人でお店を切り盛りしている事に充実感あられるやる気を感じられた。


 それから俺はアイスティーが届くまで何となく店内を見渡した。


 すると、ピアノのソロ曲とは別に聞こえてくる。


 カウンターの向こう側からブロック氷を砕く音、そして砕かれた氷がグラスにガラガラと音を立てて入れられて、紅茶が注がれる。


 最後にマドラーでカランコロンと鳴らしながら混ぜられて冷やされていく、その音の響きに冷房とは別の涼しさを感じる。


 ピアノのソロ曲に合わせマドラーを指揮棒に見立てて撃ち奏でるその音は『7月猛暑の候』にぴったりだ。


 その音に流されてリラックスしていると、直ぐに冷やされたアイスティーが店主と共にやって来た。


「アイスティーお待ちどうさまです。気にいる時計でもありますか?」


 どうやら店内を見渡していた事に気づいてたらしいけど変に思われる事もなく嬉しそうに話かけてくれる店主。


「あ、いえ。壁一面に時計がいっぱいあるなって思って見てただけなんです」


 素直にお店を見渡して思ったことを伝えると。


「そうだったんですね、ありがとうございます。この時計達はね昔妻と色んな国に旅行に行った先で買った木製のアンティーク時計達なんですよ」


 店主は時計への思い出話を始めた。


「そんな思い出深い時計達なんですね。でもこんな四方一面に集められるなんて凄いですね」


「見た事ない街、知りもしない地。そんな思い出の品はいくらでも増えますからね。でもねもお半分は動かないんですけどね」


 店主は他のお客さんの邪魔にならないやうに静かに笑い、一呼吸ついて少し名残惜しさが混じった様な悲しい瞳をして続けて言う。


「…それでもね。妻も私も思い出の木製アンティーク時計が大好きでね、知識もないのに無闇に直そうとして壊すのが怖くてそのままなんですよ…」


 来店した時の無愛想な印象、話して感じた気さくで優しい感じ、そして薄らと見えて来た店主の笑顔の中にあるどこか思い出に浸り寂しさを感じている様子。


 初めて会う1お客に何故こんなに自分自身を曝け出してるんだろうって思うけど、それが店主の人柄なんだろう。


 それを聞かされた上で改めて思うけど、数え切れないほどの木製のアンティーク時計を壁一面にと思うと、好きだからの一言では表せはないほどの労力だろう。


「本当に時計が好きなんですね店主さんも奥さんも」


 これにまた笑顔で答えてくれる。


「えぇ、大好きなんですよ」


 今の笑顔には浸っている様な様子はなく、自分の好きな物を見て、そして褒めてもらえた事への満足した笑顔だった。


「では失礼してご注文のモーニングを準備しますね」


「あ、手止めさせちゃってましたね。すみません」


「いえ、こちらこそ聞いていただいてありがとうございます」


 それだけ言い残すと店主はカウンターの中に戻って行った。


 戻って行く後ろ姿はどこか満足じみて見えた。


 それからトーストが来るまでの間アイスティーで喉を潤しながら店内の雰囲気に少しだけひたる事にした。


「すー…はぁ…」


 他のお客さんの事を気にする事なく一つ深呼吸をする。


 このお店は本当に不思議だ、来店した時も思っていたけど良い意味で香りが外と違いすぎるからだ。


 なんて言ったらいいんだろう。


 古い木の香りに珈琲や紅茶の香りが混ざって、そこに少し焦げたパンの匂いも加わった不思議な香りって言えばいいんだろうか。


 以前、古い商店街の珈琲専門店に立ち寄った時も近しい香りがしけど、あそこはタバコの匂いがキツすぎて俺は長居は出来なかったな。


 嫌な思い出はさておき、そんな香りを楽しみながら壁にかけられている時計を見渡しているとある事に気がついた。


(窓に蔦がはってて中から外が全く見えへんやん)


 来店する時に見た外見はそこまで気にしてなかったけど、店内から外が全く見えないってなるとちょっと気になる。


 店内と外の町が蔦だけで分断されている様になっている、それがこのお店の世界観を作り出している工夫の一つなのかも。


 そう考えて店内の雰囲気を味わうと、蔦って言う些細な事なんてべつに気にしなくてよかった。


(何でやろう…本当に凄く居心地が良くて気持ち良さまで感じる…)


 ずっと居られる、ただ本当にそうとしか言えないし思えない場所。


 今現在までの辛い出来事が、ここに居るだけで起きていない出来事の様に感じられる。


 そんな気分に浸りながらアイスティーをゆっくりと一口飲みながら、時間の進み方の概念も限りなくゆっくりに感じていると。


「はい、モーニングお待たせしました」


 自分が注文したモーニングを店主が持って来てくれている事に全く気づかず驚いてしまった。


「!…ありがとうございます」


 どれくらいの時間がたってたのか、そんな事を完全に意識する事なく、ただ浸る様に癒されていてモーニングの事を忘れていた自分にも少しびっくりした。


 その事に店主は何も言う事なく少しの笑顔を作ってからモーニングプレートを置いてカウンターへと戻っていった。


 少し恥ずかしかったけど、その何も言わない笑顔に何か意味があったんじゃないかと無駄に考えてしまう。


 今感じている五感や精神がリラックスし切っている事は店主の思惑なんじゃないだろうか。


 計算尽くしてこのお店の設計して、雰囲気を作り、香りを立てて作り出していたら?、それは多分人を癒す為のお店と空間を完成しきってる。


 それが新規のお客を一回の来店で確実にリピーターへと掴んでいる。


 これがもし本当ならその才能は鬼才なのかも。


 それか。


 ただ全てが偶然に繋がっているだけなのかもしれないけど。


 そんな実証もない事を考えてると少し焦げたパンの香りにお腹が鳴ってしまった。


「…いただきます」


 変な事を考えているよりもトーストが温かいうちに早く食べないと失礼だと自分に言い聞かせた。


 モーニングプレートの中身はバターが塗ってある厚切りトースト、ゆで卵が一つ、そして季節の果物が二種類まで付いたハムサラダでしかも結構量が多い。


 見ただけでこれがドリンク付きで500円でいいの?って思うぐらいの量がワンプレートに収まっている。


 そんなお得感に胸を弾ませながら、先ずはバターの香りがする厚切りトーストを大口で齧りつく。


 ザクザク


 外はザクッとし中はもちもち、厚みがあるから出来る食感に焼き加減、でも焦げの香りがするところはやっぱりちょっと焦げてて少し苦い。


 でもパン自体も小麦の香りと旨味があってバターがなくても絶対に美味しいやつなんだろうなって思う。


 そして次にハムサラダ、1番下にレタスを割かずに1枚ひいてあってその上に千切りキャベツ、そしてくるりと巻かれ中にマヨネーズが塗られてそれぞれにきゅうりと人参が刺さったハムが二つ。


 そのハムの隣にはくし形の8分の1カットの大玉トマトにスイカとメロンがちょっと薄切りにされたのが一枚ずつ乗ってる。


 フォークに手を伸ばしながら思う。


(サラダだけでも豪華すぎるな〜)


 気分も上がる。


 スイカとメロンは後で食べるために横に移動させてフレンチドレッシングが少しかかっているトマトをフォークで刺す。


 くし形で8分の1カットにされたトマトを一口で頬張ると、案の定トマトの果汁が口の端から少し垂れた。


 果汁がそのまま垂れて服についてしまうのが嫌だからその前に机に常備されているペーパーで手早く拭き取った。


 酸味が強い、トマトがまだ熟してないんだろう。


 でもその方がこのお店らしくていい感じがする。


 味見にトーストとサラダを一口ずつ食べた後はトーストを齧りながらサラダを交互に食べ進めてていった。


 気分でゆで卵は最後に食べたいなって思ってスイカとメロンを先に食べ切ってからゆで卵に手をつける。


 そうしてゆで卵に手をつけた時、30分ほど遅れている丸い振り子時計がゴーンと2度鐘を鳴らし12時を知らせてくれた。


 ついでに言うと、今の時刻は12時45分だった。


 振り子時計に時間の感覚を狂わされながら最後に残しておいたゆで卵を手に取った。


 ゆで卵は殻は剥かれてなく自分で殻を割って食べるスタイルで、モーニングを頼んだ他の常連のお客さんは躊躇なくテーブルにゆで卵を打ちつけて殻を割っていた。


 それを見て俺も周りに習ってテーブルに優しく打ちつけてゆで卵の殻を割って行く。


 小さな日々から少しずつ剥いていくと珍しく綺麗に殻が剥けきった。


(お、やった。殻が綺麗に剥けた♪)


 たまに食べる卵料理は目玉焼きか卵焼きぐらいしか食べないからゆで卵の殻がツルンっと綺麗に剥け切ったのが妙に嬉しく感じる。


 そしてプレートと一緒に提供されたモーニングに1つ付いてきてる塩に湿気防止の乾燥米が入った調味料ポットを手に取って軽く塩をゆで卵に振って一口。


 一口で大体3分の1ぐらいはなくなった。


(あぁ、黄身がトロトロ…美味しい…)


 白身は柔らかめだけど形がちゃんと保たれるぐらいの硬さで黄身は程よく半熟、卵好きで特に半熟が好きな人にはたまらないゆで卵だ。


 ゆで卵を堪能した後は少し残しておいたトーストをゆで卵と一緒に食べて終わった。


「…ご馳走様でした」


 ちょっと自分的に味わい過ぎながらもモーニングを完食し終えた後の、本当に丁度いいタイミングを見計らってか店主がアイスコーヒーを持って来てくれた。


「綺麗に完食していただいてありがとうございます。これは私の話を聞いて来れたサービスって事でどうぞ頂いてください」


 そう言ってアイスコーヒー机に置いて、代わりに食べ終わったプレートと塩と氷が溶けて下に紅茶色の氷水を溜めたグラスを入れ替えてくれる。


 嬉しいけど…でも俺はコーヒーは大の苦手でサービスで貰ったアイスコーヒーに少し戸惑うけどお礼はちゃんと言った。


「いいんですか?ありがとうございます」


 店主はお礼を聞いてまた嬉しそうな笑顔を作ってカウンターに戻って行った。


(頂けるのは嬉しいねんけど…コーヒーかぁ)


 さてこのアイスコーヒーはどうしたものか。


 せめてシロップがあればよかったのに、なんて思ったけど店主が同時に持ってこなかったって事はそのままお楽しみ下さいって事なんだろう。


 躊躇してると氷が溶けてせっかくのアイスコーヒーが薄くなってしまう、そうなると店主が飲んでもらいたいアイスコーヒーの味が台無しになる。


 それは嫌だ。


 それに店主の善意をぞんざいにもしたくない。


(頂いた物からには仕方ないかぁ…)


 飲む前から苦い顔をしてグラスにストローを刺す。


(こんな顔したらあかんな、美味しそうって顔せえへんと)


 苦手なものと意識せずに気分を変えていく。


 頂いたアイスコーヒーを手に取ってストローを口へと近づけて自分なりに気合を入れて一口飲んでみた。


「…え?、美味しい…」


 本音が小声となって漏れる。


 コーヒーは大嫌いで味も香りでさえも苦手なのに。


 このアイスコーヒーは凄く美味しかった。


 そんなはずはないと思って試しにもう一口飲む。


(…本当に?このアイスコーヒー美味しい)


 二口目はしっかりと味わう、透き通る様な優しい苦味、飲んでから鼻に抜けていくコーヒーの『良い香り』。


 もしかしたら、単に俺のコーヒー嫌いがマシになったのかと思ってみたりもしたけど。


 カウンター側から香ってくる、ちょうど今店主が淹れているホットコーヒーの香りにはちょっと鼻を曲がるからやっぱりこのアイスコーヒーが特別美味しく感じている。


 そんな初めて美味しいと思えたアイスコーヒーを3口、4口で飲み切る。


 美味しさのあまり少しだけコーヒーの淹れ方が気になってホットコーヒーを淹れている店主の方を見ようとするけど、カウンター内は客席側とは違い


 すると向こうもそれに気づいたらしく笑顔を返して来れた。


 それを見て俺は、コーヒーが苦手なのを見透かされてたのかなって考えてしまっていた。


 そんな事でちょっと気まずくなってしまったけど、せっかく美味しいアイスコーヒーを貰った事だし一礼だけしてもうしばらくお店の中でゆっくりさせてもらう事にする。


 このお店と店主には本当に日常の疲れとストレスを和らいでもらった。


 変な言い回しになるけど、良い意味で時間も今いる場所の感覚も『狂わされる非日常』を頂いた。


 本当に今日はこんな真夏なのに温泉に行ってその後に実家まで暑い思いをしながら歩いて来てるけど。


 『喫茶店セゾン』を見つけれて良かったなって思う。


 そんな気持ちに浸っていると、先ほどとは別の、時刻がさらに1時間遅れている木製の壁掛け時計が時刻12時をゴーンという音と共に知らせてくれる。


 俺はその後に紛れながら呟いた。


「この喫茶店お母さんにも教えたろ…」

 

               セゾン 営業中


 最後まで読んで頂きありがとうございました。


 私は常々こんな喫茶店が家の近くにあれば良いなと思っておりますが、なかなか見つからないのが現実ですね。


 それでは『セゾン』を読んで頂いで本当にありがとうございました。

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