第八章 高校に進学
三年生になった。学校に行っても授業なんか聞いてねえ。あーぁ、もうユキを叱る資格はねえな。オレ自身サボッて学校休む日の方が多いんだから。それでも何となく日々は過ぎてゆく。アルバイトとエロ写真売りがあるから小遣いはなんとかなってる。ユキも『マーメイド』は抜けたらしい。掃除のバイトやってると聞いた。オレの妹だからな、そこはうまくやるさ。ちょっと安心。
もう九月、進学を考える時期になった。オレも東も学校をサボりまくって成績は最低。就職しちゃえばいいんだが、『中卒』っていう響きがいやだ。――『高卒』は少なくとも『並の人間』――の響きがある。
おやじに聞いた。「進学したいけど……」
「進学? ……」おやじは首をかしげる。
「成績は? ……」
「全然……」
「うち、金ねえよ」
「公立だったら?」
「公立? ハッハッハ、笑える。もしおまえが公立入れたらバイク買ってやる」とおやじが本気で笑ってる。確かに。――それほど『ありえない』ことだから。
「勉強する」
「どうぞ」
確かに。――オレが『勉強する』っていうのに対して『どうぞ』ってか。正しい返答だ。
オレは真剣に考えた。塾に行く金なんかない。参考書も買えないし、そもそも何を今から勉強したら良いかが分からない。
担任の宇田川先生に相談した。「先生、オレの成績で入れる公立高校ってありますか?」
「成績? おまえ、成績が『ない』に近いんだよ。意味分かる? 私立だったら『アルファベットが書けるだけ』くらいの学力でも入れる所はある。だけど『公立』だろ。話にならん。……ん、待てよ。万が一の可能性に賭けるか。市立の造船科だったら毎年定員ギリギリだから一人、二人辞退者が出れば入れるかもしれない」
「そこでお願いします」
「ん、やるのか?」
「はい」
「分かった、じゃあ放課後毎日職員室に来い」
「あのう、配達のバイトがあるんで」
「あ、そう。じゃぁ諦めな」と先生に放り出されて焦った。
「行きます」
「OK」
その日から特訓が始まった。
「全科目とも零点取らなけりゃなんとかなる。だから易しいとこだけ書けばいいんだよ」と先生。
「はい」――自分のためだ、やらなきゃ――生まれて初めてマジに勉強をした。
入試。
とにかく、回答用紙の易しそうなところだけ必死で書いた。零点ではないハズ。宇田川先生との特訓は実るのか。「うーん、どうかなぁ?」と思いながら試験場を出る。――ヤツがいた。
「おまえも造船、受けたのかよ?」と東に確かめる。
「おお、ここしか可能性ないって担任が言うからさぁ」
「で、出来は?」
「一応少し書いた」
「ふふっ、オレと一緒じゃん」
帰り道、オレは漠然と高校生活をイメージした。「造船科って面白いんだろうか?」
東も同じだったのだろう。会話はなかった。
発表日。
朝早く目が覚めた。やっぱり期待感があるのだろう眠気がまったくない。
発表会場には二時間も早く着いてしまった。まだ人はパラパラしかいない。
「ヒロシ」後ろから声がかかった。東だ。
「おう、早いじゃん」
「おまえもな」
期待感は同じなんだ。「二人とも通ればいいのに」と心底思う。
予定の時刻。事務員が合格者一覧の張り紙を持ってきた。皆がドッと寄ってくる。
「よし」、「やったぁ」うれしそうな声があがる。
「た――た――橘……」あったぁ。合格だ。
肩をポンと叩かれた。
「やったぜ」東だった。二人とも通った。合格ってこんなに嬉しいものか。東と顔を見合わせ、笑った。
「よくあれで合格したなぁ」東が笑い続ける。
「おまえ、そこそこ勉強したんだろ?」
「全然」
「全然って、答案一応書いたって言ってたじゃん」
「といってもほとんど零点だったと思う。ちゃんと書いたのは名前だけ」
「じゃあ、ビリで合格ってことかぁ?」
「うーん、合格発表は成績順じゃぁないから順位は出てないなぁ」とオレは表を見直した。
「ちょっと待てよ……合格者三十九人っていうことは、募集は四十人だから、最初から全員合格だったってことかよ……」
なんてこった、オレの特訓は何だったんだ。ニヤニヤしている東を見ると無性に腹が立つ。
家に着いた。おやじの帰りを待つ。午後六時。珍しく今日は飲まずに帰ってきた。しかし黙ってオレの前を素通り。今日は合格発表だと知ってるのにトボケてる。変だ。こりゃあ結果を誰かに聞いたに違いない。
「おやじ、合格したぞ」
「ほう、良かったな」
「以前言ったこと覚えてる?」
「ん、なんだっけ?」
「なんだっけじゃねえよ、公立に合格したらバイク買ってやるって言ったじゃんか」
「バイク? ハハッ……確かに言った。正しくは『金があったら……』ってことだ。そのくらい分かるべ」とおやじは後ろを向いてぶっきらぼうに言う。
「そうくると思ったよ」と投げ返してやった。
もちろんおやじなんか当てにしていた訳じゃない。オレは最初からバイトで稼いで買うつもりだった。高校生なら、もっとバイトが自由に出来るから。