第六章 情けは人の為ならず…… ?
六月の晴れた日、EMクラブの先で何かあったみたい。
「ウー、ウー」救急車が来た。すでにパトカーとMP(米軍憲兵)のジープがクラブの前に止まっている。
交通事故らしい。見物のヤジウマがドンドン増えてくる。オレも人垣の後ろから覗いてみた。
大型のハーレーが倒れていて皮ジャンの外人が近くに座っている。少し前にタクシー。
タクシーの運転手がパトカーの警官に何か説明をしているところだった。
「ん……ケチャップじゃん」
「大した事ないじゃん」と帰ろうとしたオレはすぐ近くの『横須賀銃砲店』に同級生のケチャップがサッと入るのを見た。
昔からあるこの銃砲店は本物の銃や空気銃を売っている。おそらく店長がパトカーを呼んだのだろう。事故の説明に加わっている。――ということは店は無人だ。
ケチャップが店から出てきた。手にはギターのケース。そう、ヤツは中学生ながら外人の仲間とバンドを組んでいるんだ。いつも自慢げに下げているギターケース。たぶん今日は道路の向こう側の臨海公園で仲間と弾いていたのだろう。その帰りと思う。
ケチャップは全くこちらを見ないで急ぎ足で去って行った。
「なんか変だなぁ……」オレはヤツの行動に違和感を感じて無言でケチャップを追う。
ヤツは郵便局の脇の石段を速足で登ってゆく。その先には放置された畑と廃屋があるだけ。
オレは気づかれないようにかなり離れて追ったから、はっきりは分からないが、ケチャップはギター以外に確かに何かを持っている。
階段を登りきるとケチャップの姿はなかった。――ということは――廃屋に入ったか。オレはカビくさい匂いの廃屋を通り越し、戸のない裏口の方からそっと中を覗く。
「ゴトッ、バサッ」ケチャップが床に座ってギターケースを開けたところだった。
そしてその脇には『空気銃』が。
「ギターと空気銃を入れ替えようとしてる。ヤツ、やったな……」読みの通りだった。
オレはちょっと間を置いて声を掛けた。
「ケチャップ……」
「エッ」ケチャップは驚いて三十センチほども飛び上がった。声の方向のオレに気付いてもう一度飛び上がる。
「アウ、アウ」驚きのあまりケチャップは言葉にならない声を発してガタガタ震えだした。
「お前、それ、やっちゃったな。スッゲーやばいぞ」とオレは努めて小さい声で話した。
ケチャップは言葉なくうなずくだけ。
「どうする?……」とオレは尋ねるが、盗んじゃったんだから返すに返せないし、持っていたら必ずバレてもっとヤバイことになる。ケチャップは下を向いて小さくなった。
「お前、それ、欲しかったの分かるけどさぁ、ヤッパまずいよ」
「……」ヤツは何か言いたいんだけどためらっているようで口をモゴモゴさせるだけで言葉がない。数分経った。
「店の戸が開いてたんで、今なら盗れるって勝手に体が動いちゃった……」と、やっとケチャップは話せるようになった。
「オレだってその空気銃、いいな、って思ったけど、なんたって『弾の出る銃』だもん、絶対ヤバイよ」
「どうしようか……」ケチャップは今になってそのヤバさを実感したようだ。
「これってたぶん自首しても少年院行きだと思う」
「アアッ、どうしようかぁ……」ケチャップがうなだれる。
オレはちょっと考え込んだ。「盗む現場を見ちゃった以上、警察に通報しないとオレ自身がヤバイ……」
さらに考える。
「…………そうか」思いついた。これしかない。
「ケチャップ、これ、この畑に埋めちゃおう。で、オレはシカトする。何にも見なかったし、何も知らない。それでどぉ?」
名案だった。それなら銃が一丁行方不明になっただけ。『銃砲店』の不注意で事は収まる。二人で銃の指紋をしつこくふき取り、畑を深く掘って埋めた。
一件落着。しかしこれが後に有効な小遣い稼ぎになるとは思いもしなかった。
アルバイトに精を出したがこれ以上手を広げるのは無理。しかし『食』が足りると色々なものに興味が向かう。
『平凡パンチ』とかヌード写真の週刊誌をクラスで回し読みする毎日。オレは思いついた。
ケチャップを呼ぶ。
「お前さぁ、親が外人だからベース(米軍基地)に入れるじゃん。基地の本屋にヌード写真とか凄いの売ってねえ?」
「ヌード写真かよ、売店のだと日本のよりちょっとエロいぐらい。そんなに凄くねえよ」
「じゃあ、本屋じゃなくてだれか年上の友達とかさぁ、もっと凄いヤツ」
「わかった、あたってみるよ。たぶん手に入る」
ケチャップは宛があるようだった。
一週間後ヤツがニヤニヤしながら紙袋を持って来た。結構な分量が入っている袋はパンパンに張っている。
「これ、凄いぞ。そんでいくらでも手に入る。ヒロシだけに渡すから」というとケチャップは袋を重そうに持ち上げ体育館の裏に向かった。
オレはワクワクして本を取り出した。内容は強烈、丸出しヌードは当然として、レズだったりSMだったり、あらゆる趣味嗜好のえげつない写真集が五冊もある。
「ウワーッ、すっげえ。これ、いくら?」
「タダでいいよ」とケチャップはニヤける。
「ヘヘッ、オッケー、サンキュウー。全部もらっていい?」
「オフコース」ケチャップは親指を立てる。
「いくらで売ろうか……」写真集を見ながらオレはランク付けと値定めをした。
「比護、ちょっと、ちょっと来てみ」
下校の時、同級生の比護を呼んだ。ヤツとは特別親しいわけではないが、ヌード雑誌の回し読みをしている時、目つきが特別ギラギラしていたのを思い出したからだ。
神社の建物の影で紙袋を取り出したオレは、もったいぶりで比護を刺激する。
「あのさぁ、あるところからスゲェ『エロ写真』、手に入れたんだけどさぁ、お前、興味ある?」
「エッ、エロ写真?……ヘヘッ、実はオレ結構持ってるからさぁ、別に……」
「アッ、そう……、オレが今日持ってるやつ、絶対に外に出せないヤツばっかなんだけど、本当に興味ないのね。ならいいや、他のヤツに見せるから」とオレは写真集をカバンに戻す。
「オ、オイ、ちょっとだけ見せろよ、ちょっとだけ」あっけなく仕舞おうとしているオレの手を比護が掴んだ。
「なに、見たいの? そんなら素直に『見たい』って言えばいいじゃんか」オレはそう言うが袋の口を押さえて、ちょっと間を作る。
「あのさ、ボカシじゃなくて、モロのヤツ、あるの?」と比護は焦れている。
「モロは当たり前。毛の生えた写真なんかスゲエ。そんで女が美人なんだこれが……」
とオレはさらにもったいぶる。
「わかった、たぶん買うから見せて」
「見せるけど、安くねえよ。そんで今日中に買わないと明日にはたぶん売れちゃって無いからね」とさんざん引っ張ってから写真集を取り出した。
「一ページ目からすげえぞ」
最初に取り出したのは蛇の表紙の写真集だった。英語の意味が分からないので、特になんてことのない本のように見える。
比護がページを開いた。
「ウエッ」比護が思わず声を上げた。いきなり女性器の拡大写真。それも黒人の体だった。
比護は完全に嵌った。
「いくら?……これ」比護の目が泳いでる。
「四千円……」
「エッ、四千円?」
「そう、今日中」
「四千円かぁ……小遣い足りねえ」と比護はがっくりした様子。オレはすぐさま追い打ちをかける。
「お前ん家、店やってんだから現金あるじゃん。レジから千円札ニ、三枚ぐらい抜いてもバレねえって」
「ウーン、分かった。夜八時まで待って」
「オッケー、八時な。じゃあ八時にここで」
売れた、チョロイもんだ。この調子なら結構稼げそう。オレはにんまりとして舌を出す。
比護は上客になった。さすがに「これほど買うとヤバイんじゃぁ」思うほど買い続ける。他にも別クラスに二人お得意が出来た、原価タダのボロ儲け。「情けは人の為ならず」ってこういう事か。






