9-家鴨さん
この国通貨は札というらしい。
金貨一枚で、この国では20000札の貨幣価値があるらしく、物価もこの金貨を扱う国より安いそうだ。
これからのことも考えて、両替は少し多めにしてもらった。
ポケットに移していた金貨5枚、合計100000札分。──手数料を引いて、合計80000札。
ちなみに、お金の種類は、2千札、1千札、5千札、3千札、5百札があり、小銭で100、50、10、5と、9種類とのこと。
お札は元の世界よりも一回り小さめ。手触りは少しザラつきがある。火にも水にも強い素材らしい。
硬貨は角丸の長方形。偽造防止のためか繊細な模様が施されていて、裏には水車が描かれている。コレクターとかいそうだな。
ようやく使える通貨を手にしたので、早速買い物をする。
買おうとしていた肉まんを注文。
色眼鏡が怖いから、さっき注文を聞いてくれた女の子を探す。
両替している間、暇だったのか店の奥で座っている女の子を見つけ、声をかけようと思ったら色眼鏡に睨まれた。ナンパと勘違いされたようだ。
色眼鏡と女の子は兄妹らしい。
親御さんがいなくなってから、2人きりでこの店を切り盛りしているそうだ。僕と同じぐらいの年頃なのに偉いなあ。
注文した肉まんを一つその場で受け取り、残りは袋に詰めてもらう。
ほかほかの大きな肉まん。目の前にしながら食べられなかった肉まんをようやく手にした。
期待に胸を膨らませ、大きく一口。
……うん、一口目では具まで到達しなかった。
二口目を齧る。今度は具も一緒に迎えられた。
肉汁の多い濃い味付けの肉詰めと、味わったことのないパンチの効いた香辛料が混ざり合ってて、とっても美味い。
「おいしいっ……!」
「隠し味が効いとるからな」
満更でもなさそうな色眼鏡に、肉まんをもう一個追加で頼む。
買うついでに、当初の目的通り宿屋の場所を尋ねるのも忘れない。
「お前1人なんか、親御さんは?」
「ちょっと離れて暮らしててね」
嘘じゃない。
別の世界に来てしまって、もう会うことは叶わないけれど、僕の両親は元の世界にいる2人だけだ。
顔も覚えてはいないけど……、今世?には両親と言える存在はいないし、僕を産んでくれた存在だって考えるなら、元の世界の2人が今も両親で間違いないと思う。
肉まんを詰めながら、どんな宿がいいのか聞かれる。
まず相場が分からないと伝えると、色眼鏡は呆れつつも、けれど丁寧に教えてくれた。
宿屋の相場はピンキリで、安い所だと1人につき450〜800札ぐらい。この中には、使われていない汚れた倉庫を貸す店も含まれるらしい。
落ち着いて過ごしたいのなら、600〜800札が一定のラインになるが、食事無しで、相部屋の確率が高いそうだ。
この国のお宿は、世界平均的に見てもお安いらしい。
世界中に家無しで旅する人が多く、パーティを組んで移動して来るため、宿泊者数が減ることは滅多にない。だから元値を安くして集客数で勝負しているとか。相部屋が多いのもそのせいだ。
食事付きで常に従業員が滞在する、防犯設備──警備員や護衛的な人が滞在する良い所だと、一泊10000〜20000札で一気に値が跳ね上がる。
こっちは敷居が高過ぎるので却下。金貨一枚が、即座に吹っ飛んでしまう。
そう考えると、結構な額をルーイは持たせてくれたみたいだけど、自分で役所に行って両替できない身であることに変わりはない。
当分は、持っている100000札で生き延びるしかない。不安だ。
ちなみに、肉まんは1個45札だった。
ついでにこの街についても話を聞く。
「ここは『天庵』ちゅーとこで、5人の神はんがいる言われる東大大陸の中で、商売の神さんが担う、一番東っ側にある国や」
「そんなことも知らんで来とんか?」と訝しむ色眼鏡が、饅頭を入れた紙袋をカウンター越しに手渡して来る。ごもっとも過ぎて愛想笑いしか返せない。
(5人の神様って……ルーイの管轄って聞いてたけど、ルーイとは別の神様も祀ってるのかな)
そんなことを考えながら、暖かい紙袋に視線を落としていると、話が途中で止まっていることに気付く。
「あれ、そこで終わり?」
「今、仕事中やから私語はせーへん」
「金の亡者め!」
今までの会話は、肉まんを詰めている間だけの接客、営業トークだったらしい。
「客でもないやつに、店先占領されたら敵わんからな」
「うぐぐ、それはそうですけども……」
身を乗り出しにやりと笑う色眼鏡。
言ってることは色眼鏡が正しい。僕だって営業の邪魔をするのは本意じゃない。
でも、もうちょっとだけ心開いてくれてもよくない?!不法入国見逃してくれた仲じゃんか!
……そうは思っても、金銭が絡む以上文句は言えない。兄妹2人だけで店を営んでるぐらいだ、何か深い理由があるんだろう。
考えられるのは親の残した借金とか、妹さんの結婚費用に老後の資金……。
いくらあってもお金は足りない。生きていく上ではどうあっても必要な物だから、シビアにいかないといけないのは理解してるんだ。
「理由を聞いたりしないけどさ」
「理由?」と、聞き返される。
呟きを拾われ、考えていたことが口から漏れてしまっていたことに気付く。
やってしまったと後悔するも、色眼鏡は不思議そうな顔で僕を見下ろし、
「なんやそれ、俺がただ金が好きなだけや」
きっぱりと言い切った。
そして、「ああ──」と何かに気付いたように目を丸くし。
「親がおらんって言うたの気にしとるん?別の国に買い出し行っとるだけで、心配せんでも2人ともご存命や」
紛らわしぃっ!!
「金が嫌いな奴なんておらんおらん」
「じゃー、何か買うから教えてよ!」
そう言うと、青年はにっこりと似非スマイルを浮かべ、どこぞの寿司チェーン店の社長のポーズで両手を広げる。
「いらっしゃいませ、お客さん。日持ちするのがオススメや」
こうなったら買うしかない。選ぶは食べ物一択。
購入した物は食べられるし、不審がられずに情報収集できるなら安い物だ。
不法入国を見逃してくれるヤバい店はきっとここ以外ない。
色眼鏡が高い物から商品を紹介していく。
魚の燻製とかを勧められたけど、リュックに魚を入れておくのは嫌だし却下。同じ理由で漬け物もバツ。
食べ物ばかり見ている僕に、色眼鏡は雑貨も勧めてくる。
並ぶ商品には食品以外に雑貨も色々と置いてあった。ほとんどがお土産的な置き物ばかりで、実用性はない。
「あ、これワタシが作ったのよ。買うならおすすめ」
そんな兄に釣られたか、暇そうにしていた妹さんも店先にやってきて自分のおすすめを紹介し始める。
持っているのはブタっぽい貯金箱。なんで〝っぽい〟が付くかというと、ツノとキバが生えているから。あとは胴体がただの丸に、棒のような足が生えているだけだから。
中華まんの前に並べられていた食品レプリカの製作者が誰か分かってしまった。
妹さんには悪いけど、遠回しにやんわりお断り。
ニッコニコ笑顔の色眼鏡が、花柄のカゴを手にして見せてくる。コタツの上で蜜柑を入れるぐらいの大きさの編みカゴ。
「これなんか、天庵でめっちゃ人気の──」
「嘘でしょ」
「よう分かったな」
嘘も早いが、嘘がバレて認めるのも早い。
「顔が嘘臭い」
「失礼なやつや」
本当は別の店で、大きなカゴに積まれ投げ売りされてたのを見たからだけど。
色眼鏡を無視し、食べ物に視線を戻そうとした時、ある物が目に付いた。
それはアヒルの置物だった。
元の世界でよく見た、お風呂に浮かべるアレ。
手にしてみると木彫りだからか、見た目より重さがあるし、けっこうデカい。両手で包んでもお尻が出てしまうぐらい。
しかし、見れば見るほどお風呂に浮かべるアヒルさんにそっくりだ。
商品を手にした僕に店主の販促説明が始まる。
「この家鴨さんは、樹齢25年もののモクシの木から造られとるんや」
「なんでアヒル?」
「この国の神さんが家鴨好きなんやったかな」
「ふーん……」
ご利益的な?お土産で売られてる招き猫やシーサーみたいなものかな?……これも嘘の可能性があるけど。
色眼鏡の顔を見上げると、一段と良い笑顔を向けられる。
………ずっと似非スマイルを浮かべてるから、全部嘘に聞こえてならない。
流れで隣にいる妹さんの方を見てみると、こちらもニッコリとええ笑顔をしてくれました。兄妹揃って……。
でも……。
(ルーイはアヒルが好きなのか……)
疑りながらもルーイがたくさんのアヒルに囲まれてる姿を想像してみる。
うん、なんか癒されるかもしれない。
「これください」
「……ホンマに買うん?」
なんで疑問系なんだろう。
「うん」
「値札見えとる?8000札やで」
アヒルさんを受け取った色眼鏡が、付いてる値札を見せてくる。
ちょっと高いけど金貨1枚以内。許容範囲ではなかろうか。そう考えて、もう一度頷く。
僕は貰ってばっかりだ。何かルーイが喜んでくれる物をプレゼントしたい。
本当は自分で稼いだお金で、ルーイにはプレゼントしたいけれど、次にいつ会えるか分からないし、今買おう。
「お礼したかったし。でも、コインで払ってもいい?」
「それは、かまへんけど」
拍子抜けした顔してるから、やっぱり神様がアヒル好きっていうのは嘘かもしれない。けど、他に神様の好きな物を想像できないからおすすめ品を買う。
コインを渡し、アヒルさんを手渡される。
両手に乗せ撫でてみると、やっぱり手触りは良い。表情も味がある顔だと思う。
後でプレゼント用の箱か何か買おうかなと考えていると、手の上のアヒルがことっと動いたような気がした。
揺らしてないんだけど……?
気のせいかなと思っていると、
『へーこの国の神も、随分と悪趣味になったもんだね」
突然アヒルが喋り出した。
「「「へっ?」」」
まの抜けた僕と兄妹の声が揃う。
(ル、ルーイ?!)
「なんやこれ、なんで玩具が喋っとんや……」
やばい!色眼鏡が驚き過ぎて怖い顔になってる。ここは起点を利かせて……!
「ふ、腹話術ですっ☆」
慌てて誤魔化してみる。
「……家鴨さんの目が、なんか怪しく光ってるのはなんよ?そんな機能つけてないんやけど」
「やだなー、自分とこのお店の商品でしょ〜。ほ、ほら!頭を触ると目が光りますよ!」
アヒルさんの頭に人差し指でぽんぽん触れると、カッ!カッ!と、アヒルさんの目が点滅する。
さすが神様、適応力が並じゃない!打ち合わせもしてないのに、僕の気を汲んで対応してくれている!
「に、兄ちゃん……」
妹さんが気味悪がっている。ごめんね怖がらせて!
これ以上は黙ってルーイ!と必死に願っていると、ルーイもとい、アヒルさんが全身をカタカタ揺らし始める。
『詐欺を働くとはいい度胸だね。ノルンが許しても、僕は見過ごさない。お前達が得た金額の1000倍の額を返済せよ。それまでは際限なく戒めが訪れるであろう』
「はあ?」
やばいこと言いはじめた?!
揺れるだけでなく、ついに僕の手を離れ浮かび始めたルーイ、もといアヒルさんを両手でむぎゅと捕まえ閉じ込める。
「冗談、冗談ですから!本気にしないで!」
「…………お前が喋ってる設定やのに、むっちゃ焦るやん」
「設定ちゃいますから!」
指摘が鋭い。
上手い言い逃れも出来ず目を泳がせる間にも、両手の指の隙間から家鴨さんの眼光がチカチカと漏れている。
ここはもう、一時撤退しか道がない。
「おつりは話に付き合わせたお礼で貰っていいから!」
「あ、おいっお前……!」
「それじゃあ、失礼しましたぁ!!」