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8-きみに決めた中華まん

「……ハァ……ハァ……ハァ……」


 荒い呼吸を繰り返しながら、もう屋外でリュックの中身を確かめようなんて考えないと決意する。

 そう、順番が間違っていた。

 まずは今日の寝床を確保するのが先だ。

 食事はその後で考えればいい。食事付きの宿だってあるはずだ。なんなら、連泊できる場所がいい。

 ルーイのおかげで初期費用はどうにかなりそうだから、泊まれる場所を見つけなければいけない。


 目標を変え宿屋を探す。

 けれど、なかなかそれらしい建物は見当たらない。

 通りに並ぶのは雑貨や衣服の店、あとは飲食店がやたらと多く活気がある。


「この辺りにはなさそうだなぁ……」


 通りの先を見渡しても同じような店しかないように見える。場所によって集まる店の傾向があるのかもしれない。

 そう思い、この商い通りから外れ、もっと奥の通りへ足を向ける。

 民家の間を進み裏通りに出ると、また雰囲気の違う場所に出た。

 商い通りより活気は少ない。けれど、大きな建物が増えたように思う。

 レストランのような飲食店や集合住宅といった、横に長く敷地も広めの建物が目立つ。

 出入りする人達も異国の人が多いんじゃなかろうか?

 和洋折衷入り混じり、体格から肌の色まで様々だ。ついでにRPGに出てくる冒険者風の人もいた。

 そもそも髪色のレパートリーだけで、僕はお腹いっぱいだから、人種についてはそれほど気にならない。


(あ、大きな犬……)


 犬を何匹も連れて歩いている人を見た。あの人の職業はビーストテイマーだな──なんて、予想を立て自分で否定する。


(さすがにゲームのやり過ぎ。現実にそんな職業があるなら、すぐさま弟子入りするよ!だけど、飼い犬にリード付けてないのは減点かなぁ)


 でも、犬カッコいい。僕も落ち着いたら犬とか飼ってみようかなぁ。

 ……ただ、たまに尻尾が生えた人や耳が長い人を見かけたけど、あれもコスプレなのかな?


 ちょこちょこ気になることはあれど、宿屋を探しさらに通りを奥に進む。

 商い通りのようにテナント系の店が少なく、普通の建物に看板が設置されているだけだから、調べるのに時間がかかる。

 店先に吊るされた看板を順に見ていく。看板には知らない文字が書かれていた。

 見た目は元いた世界の草書体に近いけれど、現代っ子が達筆な走り書きを読めるはずもない。


 だが、しかし!ここで驚くべき身体機能が発覚する。

 なんと僕の目には翻訳機能が付いているようなのだ!

 置いてある看板を見るだけで自然と文字が理解できる。しかも、それだけじゃなく、目印として描かれた絵からでも、僕は意味を解読することができた。


 目の前には一軒のお店。黒いカーテンが引かれ中が見えないから、なんの店か分からない。

 試しに扉の前に置かれた星のイラストだけが描かれた看板を見る。

 すると、まるで始めから知っていたかのように、看板の意味が頭の中に違和感無く入ってくる。

 不思議だが便利な機能だ。この身体が特別製なのか、ルーイが授けてくれたのか……、今は考えても分からないから一先ず置いておく。

 ちなみに、星の看板の店は占星術の店らしい。

 こっちの世界の占い方法とかはちょっと気になったけど、今はこっちも素通りする。


 こうやって見てると、文字のない看板の店はけっこう多かった。ちゃんと宣伝できてるのかな?

 次に見つけた文字無し看板の店は、裏通りを脇に逸れた通り沿いにあった。

 建物のつくりは普通の民家。でも、窓のカーテンは全て閉め切られ、扉はやたら頑丈にできてる。

 扉の上に吊るされた風車のマークの看板を見た瞬間、『ムラン暗殺組合』と読めた時には、足早にその場を去った。

 世の中には、見てはいけないものもあるということだ。


 それにしても、なかなか宿屋が見つからない。

 日が暮れるまでには、宿を確保したい気持ちから自然と足が速まる。

 側から見たら、僕は大人の癖に迷子になってる恥ずかしい奴にしか見えないだろう。

 もう誰かに道を尋ねた方が早い気がする。

 人通りの多い商い通りの方へ戻る。

 結構歩き回ったからか、こちらの世界に来てはじめに通った場所よりも、ずいぶん人気が少ない通りに出た。

 飲食店はあちこちにあるんだけど、なんだか活気はない。

 道行く人も少ないから食事を買うついでに、店員さんに道を聞くことにする。

 何か買い物をしたら、話も聞きやすいだろう。


 じゃあ何を食べようかと周りを見回す。

 この世界に来て始めての食事だ。かなり期待してる。

 近くにあるのは……ラーメン屋台、串焼き屋、雑貨屋、あとはスープ屋台?よく分からない店もある。

 少し歩くと、まんま中華まんな見た目の饅頭を売っているお店を見つけた。饅頭の他に雑貨も並べてある。

 中華まんならハズレはそうそう無いだろうし、試すにはちょうどいい。

 店に近づくとスパイシーな香りの中に甘い香りが混じった不思議な、けれど食欲を唆る匂いがした。


「すいません」


 声をかけると、店内の奥から暖簾を上げ、店員さんが出てきた。ここも住居兼店舗のようだ。


「あいあぃー」


 独特なイントネーションの返事をしながら、女の子が出てくる。

 紅い髪を両耳の下でおだんごに結った、可愛らしい女の子だ。動くたびにおだんごから垂れた長い髪が跳ね、彼女の活発さを表現していた。

 年齢は僕より少し下ぐらい。目元の化粧と、アオヤイの衣装がよく似合っている。


「饅頭をください」


 大きな木製のせいろの前には、中華まんを半分に割った食品サンプルが置かれていた。

 半分に割られた楕円の中に、黒や茶色の楕円が詰まっただけの置き物。お気持ち程度にてっぺんがとんがらせてあるけど、食品サンプルのクオリティとしては微妙な感じ……。

 中華まんの前に置かれているから中華まんのレプリカだと認識できるが、道に転がっていたら多分なにか分かんない。

 だけど、はじめて買う人には親切かな。

 レプリカを眺め、中華まんを選ぶ。中身が茶色いのは、普通の肉まんでいいのかな?


「この肉まんと……」


 黒いあんが詰まったレプリカの前で手が止まる。あんこかなと思ったけど、匂いがあんことは違うので店員さんに尋ねる。


「これは甘いやつですか?」

「それは辛いやつよ。辛味豚煮の詰め物よ、お客さん知らないの?どこにでも売っているよ」

「じゃあ、この辛いのと……、こっちの甘そうなの1つ」

「はいなー」

「お代はこれで」


 そう言って、金貨をカウンターに置くと、彼女は何だこれと言わんばかりにまじまじと見つめる。

 あ、これ嫌な予感がする。


「…………お客さん、これ使えないよ」


 予想した通りの返答に、僕は何も返せない。

 どうやら宿を探す前に、仕事を探さねばならないようだ。

 一気に跳ね上がったハードルが、肩に重くのしかかってきたけど、どうにか気力で立つ。

 今日は野宿かと覚悟を決めていると、店の奥から男の人の声が聞こえてきた。


「お客さんか?」

「あ~うん、たぶんそうかな?」


 曖昧な返事をする女の子に、一応客のつもりだったんですと心の中で弁解する。

 店の奥に顔を向けると、暖簾をかき上げこちらを見てる男の人。身長が高いのか、鴨居にぶつかりそうな頭を下げ扉をくぐり、店先までやって来た。

 その顔を見て声が漏れる。


「あ」

「ん?」


 やばいと思ったが、もう遅い。

 ばっちり顔を見られてしまった。やや目じりの上がった目には覚えがあった。

 見慣れた黒髪に黒目、そして色眼鏡。

 間違いなく、さっきぶつかった青年だ。


「どうかしましたお客さん。何処かで会いましたかね?」

「え、いや」


 えらいええ笑顔ですね。

 初めましてがコレだったら、僕も素直に騙されていただろう。

 だが、さっきの今で本性を知ってしまった手前、にっこり笑顔を浮かべられても、営業スマイルだと分かってしまって辛い。

 内心で冷や汗を流しながら誤魔化せないかと愛想笑いを浮かべてみる。

 どうか気付かないで……!という願いも虚しく、僕を見る青年の眉が訝し気に顰められ、そして何かを思い出したかのように呟いた。


「ああ……」


 途端に青年の声が低くなる、僕を見下ろす視線が冷め、


「なんや。さっき、ぶつこうたガキか」


 そう言って軽く舌打ちする。

 バレてしまった。それよりも、ガキってなんだ。自分の方が背が高いからって、低い奴を全員ガキ扱いはいただけませんな。

 僕をガキ扱いする彼だって20代前半にしか見えない。僕だってもう成人しているし、この青年の方が1、2歳上だったとしても、言われるほど歳は変わらない。

 けれど、言い返す勇気は無い。目が怖いもん。

 すがめた目でカウンター台の上から身を乗り出し覗きこまれると、さらに迫力が増す。

 青年も本性を知られた後だからか、客への態度から一変し、一気に態度が横柄になる。

 前屈姿勢でカウンターに肘を付いて、ようやく僕と視線が合う身長差。


 ……この人はこれが素なんだ。

 背が高過ぎて、人を見下ろすのがデフォルトの姿勢なんだ。

 怖がっちゃダメだ。格好と態度から、輩認定してたけど、本当は優しい良い人かもしれないじゃないか。


「これはハングテデスっちゅー国の硬貨や。ここじゃ使えん。うちの国の金はないんか?」


 頷く僕を見て、青年がため息を吐く。

 まさかの他国通貨。


「両替必要か?」

「ここで両替してくれるの!」


 僕は間違っていた!人は外見じゃない、輩っぽいお兄さんだけど良い人だったよ!

 舌打ちやガキ扱いは忘れてあげよう。

 願ってもない申し出に飛びつく。


「助か──」

「手数料込みでな」


「「…………」」


 青年と無言で見つめ合う。


「1000札1枚に付き、100札」


 そう提案されたが、金貨一枚でいくらになるのかさえ分からない。実際、今の所持金が不明なのだ。

 この世界に来たばかりで職を持ってない僕からすれば余分な出費は痛い。

 でも、手数料的にはそんな高く無さそうに聞こえる。消費税もこんなもんだし。

 この国で使える通貨を持っていない僕は、どのみちお願いするしかないけど……。

 けども!即座に飛びつくのは、なんか負けたような気がする。

 むむむと唸る僕を見下ろしながら、青年は「まぁ、どっちでもええわ」と、ひらひらと手を振る。


「?」

「好きにしたらええ。俺も少額の両替に行くのも手間なだけや」


 そう言いながら、僕から見て立てた親指で右側の通りの奥を指す。


「両替なんぞ、役場で身分証見せれば移民でも罪人でもしてくれる。しかも手数料は、ほぼ無料や」


 ほぼ無料の手数料を、僕からぼったくろうとしてたんですね?

 しかし、今気にするところはそこじゃない。


「……身分証?」

「国入る時に使うたやつや」

「…………」


 入る時とは?

 気づいたら街中に立っていたんですが、これってもしかしなくても……。

 青年が胡乱な視線を向けてくる。


 【ミッション発生、この場から迅速に逃げろ】

 変な指示が頭の中で流れたが、頭を振って掻き消す。


(ルーイーー‼︎)


 まさかの、不法入国発覚である。

 音もサイズもデカい防犯ブザーといい、人間界の常識を神に求めるのは筋違いなのだろうか?


「……お前を役場に突き出すんが手っ取り早そうやな」

「手数料払うんで、両替して下さい」


 腰を90度に折って、平に願う。

 そんな僕を色眼鏡は見下し……見下ろしながら、


「1000札1枚に付き、200札」


 即座に値段を上げてきやがった。


「…………払わせて頂きます」

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