7-金のどんぐり
街中をしばらく歩き回り、ようやく資材置き場となっている空き地を見つけた。
まばらに雑草が生えた空き地には、角材がピラミッドのように積まれ、端の方には木箱が並べて置かれていた。木箱はしばらく使われていないのか、砂埃にまみれていて、蓋がズレて開いているものを覗いて見ると空っぽだった。
周囲を見渡し、人の通りが少ないことを確認する。うん、怖そうな人も見当たらない。
並べられた木箱の中から、できるだけ汚れていない木箱を選び腰掛ける。
背負っていたリュックを肩から下ろして、初のご対面。
手にしてみると、その軽さに改めて驚かされる。
革製のリュック、形状は横型。光沢のある革製の生地は弾力がありしっかりしていて、上から被せるタイプの蓋には差込錠が付いている。角には補強金具があり、かなり頑丈な作りだった。
なのに、その重量は羽のように軽い。
見た目的にも、これからも長く使えそうな代物で安心する。
きっと凄く良い鞄だ、大事にしていこう。
リュックの軽さ的に、何も入ってなさそうなんだけど……。
でも、ルーイが〝お楽しみ〟って言ってたから何かは入っているはず。
早速リュックの中身を確認する。
「…………」
蓋を開けるとカバンの中には小さな宇宙が広がっていた。意味が分からない。
でも、宇宙としか例えようがない光景が詰まっているんだ……。
ブラックホールのような漆黒の闇に、キラキラと光る何かの粒が浮かんでいる。
試しに手を差し込んでみると、ずぶずぶ入っていく。腕が肘まで入ったところで、怖くなって引き抜いた。
鞄の寸法的にA4のノートが入るぐらいの大きさしかないのだが……、このリュックに底はあるのだろうか?
「……怖いから、考えないようにしよう」
改めてリュックに手を入れると、柔らかいつるりとした肌触りの物に触れる。
「えっと、これは……」
取り出してみると、それは紐でぐるぐると撒かれた革生地の巻き物だった。
巻物を見てると頭の中で声が聞こえてくる。
【地図】この世界の地図だよ
ルーイの声だ。周りを見回すがルーイの姿はない。もしかしてと思いながら、次の品物を取り出すと、またルーイの声が頭の中で聞こえてきた。
どうやら取り説を自動再生してくれる、謎の機能がついているらしい。
一通り手に触れた物から取り出してみる。
【金貨×100】この世界の通貨
【桃】元気になるよ。お腹が減ったら食べてね
【水】元気になるよ。喉が渇いたら飲んでね
【飴】俺のお気に入りの飴。おいしいよ
【髪飾り】こっちも似合うと思うんだ、悩んだから入れとくね
【ルーイの護石】あ、これは売らないように
取り出しては、しまう。取り出しては、しまう。
リュックの中身を取り出す度に、説明を淡々と読み上げるルーイの声が再生される。
大っ変ありがたい機能なんだけど……、
「説明が適当過ぎて詳細が分からない!」
ギャンと、心の声がまろび出る。
いかん一呼吸。
「うんうん、食料はありがたいだろ。動揺するな僕、相手は神だ」
人間の常識を求めるのはお門違い。
ここまで手を尽くして貰って、文句を言える立場ではない。
「飴はいいけど、桃は足が早いから早めに食べないとね」
気を取り直し……、説明を聞いてもよく分からなかったので、直接現物を確認して見ることにする。
まずは地図。巻かれた皮を留める紐を解き、地図を広げる。
「世界地図……」
なんとも壮大な地図だ。
簡易でいいから、パンフレットに載っている観光案内図のようなものが欲しかった。
地図の右側に描かれた大きな大陸の上には、小さく青い光──マップピンの様な物が浮かび上がっている。指先で触ってみるが、実態がないのか通り抜けてしまう。
「これが僕の現在地って認識でいいのかな?」
マップピンが浮かび上がっているのは【天邱大大陸】
僕が今いるのは、その大陸の内【天ノ岳】国の東側、【天庵】という場所に居るらしい。
けど、分かるのはそこまで。縮尺とか変えられないから、この地図では今いる国がどこかという情報しかわからない。
それに、この世界って球状なのだろうか?
今いる国は、地図上では右端に近い場所なんだけそ、地図の端に向かって進めば反対側に出るのかな?
「今は考えてても分からないか」
次は、お金。
まさか、神様から直接現金を貰うとは思わなかった。
年齢は分からないけど、見た目が少年の姿をしたルーイにお金を貰うというのは、元大人の身としては何だか気が引ける。
けど、ここは素直に感謝して頂戴させていただこう。
財布の代わりは、金の装飾が星のように散りばめられた黒い革製の巾着。この巾着自体がお金になりそうな逸品だ。
金貨との説明の通り、中にはピカピカの金のコインが沢山入っていた。
硬貨の表面には、天使の翼が生えた騎士の姿が描かれている。裏面には剣と日暈のような輪。
100枚あるらしいけれど、この金貨1枚で、何が買えるのかさっぱり分からない。
物価がどれぐらいなのか不安だけど、金貨って硬貨の中で1番高そうだし、これだけあれば暫くはどうにかなるかな?
「あとで実際に使ってみないとね」
コインを5枚取り出しポケットに入れ、残りをリュックにしまう。
さて、次の品を確かめようと再度リュックに手を入れた所で、リュックにキーホルダーが付けられていることに気が付いた。
金色のどんぐりのような見た目をしたキーホルダー。結構デカくて、レモンぐらいの大きさがある。
……趣味が悪いなんて思ってないよ?相手は神様だもの、金色は神様の最先端ファッション色だから。始めに会った女神様も輝いていたし。
「でも、これはカバンの中にしまっておこうかな。僕には似合わないし、値段も高そうだし」
そう思い、どんぐりを握って持ち上げる──と、カコッと軽い感触と共に傘からどんぐりの実が外れた。
「あ、」
壊したと考える間もなく、分離したどんぐりから悲鳴が上がる。
《ヒッ、ヒィィイイイィーーー!》
耳をつん裂く様な、高音が周囲に響き渡る。
この仕様には覚えがある、これは──、
「ぼ、防犯ブザー!?」
何故、こんな物を付けようと思ったのか。ここはそんなに治安が悪い場所なのか。聞きたいことは沢山あるにしても、まずはこの音をどうにかしなくてはならない。
激しく震えるどんぐりを手の平で包み、どうにか音を静めようと頑張るも、何も変わらない。
《ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒィィイイイィーーー!》
それどころか、ビビる僕を嘲笑うかのように音が大きくなる。
しかも、この最悪な音。どう聞いても悲鳴にしか聞こえない。
はじめは高音、そこからどんどん音が震え、複数の悲鳴が重なり合うかのような大絶叫に変質していく。
音が凄すぎて、耳が痛い。
持ち主の僕が1番被害を被っているってどういうことだ。
どんぐりの傘と紐で繋がる実部分を見て、さらに最悪なことに気付いた──この防犯ブザー、プルトイ式である。
紐を引っ張るだけでお手軽起動するが、一度起動すれば紐が巻き取られてしまうまで、止めたくても止められない構造だ。
「は、早く、早く戻って‼︎」
ブルブルじわじわと傘の中に戻っていって行くどんぐりを、どうすることも出来ずただ眺めるしかない状況に額に汗が浮かぶ。
何だ、この緊迫した状況は。
焦る間にも音を聞きつけた人が周りにどんどん集まって来ていた。
通行人の一人が僕の方を指差したところで、僕は限界を感じその場を逃げ出した。
「っ、お騒がせしましたーー!」
空き地を飛び出した僕に誰かが声を掛けてくるが、それも無視して人込みを全速力で駆け抜けていく。
どんぐりの悲鳴はまだ続いている。
通り過ぎた人からは、僕がこの悲鳴を上げているようにみえるのではないだろうか?勘弁してくれ!
「ルーイ!防犯ブザーはやり過ぎだってーーー‼︎」