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6-再び地に足を着く

 目を開けると、目の前に石壁の塀が現れた。

 左右を見渡すと、石壁伝いに家屋らしき建物の壁がずらりと平行に並んでいるのが見える。

 背後には大きな木、その木陰に僕は立っていた。


 木の裏から顔を出し様子を伺うと、そこはもう街中だった。

 場所的に、住宅街の裏手と言った感じ。家々の間にある細くて短い路地の先に、行きかう通行人の姿が見えた。

 どうやら無事に地上へ……、それも街の中に着いてしまっているようだ。


 ここが今から僕が暮らしていく新世界──。


 期待に胸が弾む。

 通りを歩く人の数は結構多い。別世界ってことで宇宙人みたいなのがいるんじゃないかとドキドキしてたけど、姿はちゃんと人間だった。


(この木陰のチョイスは、急に転移してきても、不審者だと思われないよう死角になる場所を選んでくれたのかな?)


 ルーイの気遣いにいまさら気付く。……欲を言えば、心の準備もさせて欲しかったけど。

 状況を把握し一息ついた所で、ようやく自分自身を振り返る余裕が生まれた。


「よかった、ちゃんと服は着てる」


 包帯ぐるぐる巻きではなく、ちゃんと服を着ていた。いつ着たのかは知らないけれど、あのまま送り出されなくて良かった。

 新しい世界ではじめにお邪魔する場所が刑務所になる所だよ。

 ちなみに、服装は見た目からしてRPGの冒険者って感じ。

 黒地の袖無しハイネックのインナーに、上下揃いの模様が入った白いローブ。

 ローブのスリットから覗く足は膝上丈の短パン。……普段着に短パンは年齢的にアウトに感じるけど、頑丈なレギンスみたいなのを履いているからセーフとしとこう。ジョギングしてる人で、こんな服があったと思う。なんにせよ、動きやすい服だ。

 腰には革の腰ベルトに、鱗が飾りで付いたぴったり目の革ブーツ。

 うん、とてもいい。


 それにこの身体もすごく調子がいい。

 動きにまったく違和感が無い。

 手足を動かし指の動きを見る。不具合なし。肌に触れた感覚もあるし、つねれば痛みも感じた。爪も産毛もある、至って普通の人間の体で安心する。

 ルーイのところで器を見た時の印象では、この身体は青年と言えるぐらいの見た目をしていたから、多分成人。

 顔は……、鏡がないから分からないけど、ルーイ渾身のお手製のボディらしいし、ブサイクではないはず……たぶん。

 腰の辺りで揺れるている三つ編みにまとめられた髪は、白髪じゃなく赤みのある茶色になっていた。

 ルーイにお願いした通り、髪色だけは変えてくれたようだ。


 ここまでおぜん立てしてくれたルーイには感謝である。

 僕は深く深呼吸し、パンと手を叩き活を入れる。


「……よっし!!……いくか!」


 気合を入れ、足を踏み出す。

 初めからここに居ましたよという風を装いながら木の裏から通りに出る。


「ここが、ルーイが管轄してる国か……」


 目の前に広がった光景に目を瞬かせる。

 ルーイの容姿や服装から、もっと洋風な雰囲気の国を想像していたが、意外にもアジアに全寄りだった。


 管轄というのがどういった意味があるのかまでは聞いてないけれど、見守ってる地域とか、ご利益の届く範囲とか、そんなのかな?


 建物はほとんどが木材の家屋に、瓦の屋根。

 2階建ての家が多く、その大半は店を構える建物だった。一階に店を構え、2階部分を住居として使用しているようだ。

 見慣れた普通の民家やお店。元いた世界と生活スタイルが似ているようで、ほっとする。

 ただ、気になるものが一つあった。

 この街中で見逃しようもない巨大な建築物。

 視線を上げた先にある、大きな楼閣。

 街中にありながら、異様な存在感でもってそびえ立っている。


「あれって、何だろう?」


 まるで高層ビルだ。

 あの大きさなら街の何処にいても見えるに違いない。道に迷った時には便利な目印になりそう。

 とくに目を引くのは、楼閣の左右に取り付けてある巨大な水車だ。巨大な水車がゆっくりと回り、空高く水を送っている。

 よく見ると、どの通りにも大小の違いはあれど水路が通っている。

 あの水車が、市街地に流れる水路まで水を送っているのだろうか?


「貯水槽とかダムとか?でもそれなら、あんな城みたいな見た目は可笑しいか」


 何かは分からないけれど、後から観光するリストに加えておこう。


 すれ違う人達の髪色は、黒や金から始まり、赤、青、緑色とレパートリーは豊富なのに白髪の人は見かけなかった。やはり白はルーイが言っていた通り珍しい色らしい。

 いや、1人だけ見かけた。すれ違った、ヨボヨボと歩くお爺さんだけは白髪だった。それでも完全に真っ白とまでは言えなかったけれど。 

 ルーイに髪色をいじってもらい、今の僕の髪色は赤みの強い茶色をしている。ちょっとまだ明る過ぎかな?なんて思ってたけれど、現地の人達を見ていたら、むしろ落ち着いた色に思えるぐらいだった。目立たない色を選んでくれたルーイには感謝しなくては。

 服装は中華系といえばいいのか、アオヤイの様な衣装を着ている人が多い。あとは、Tシャツの人も多かった。


「まずは、どうしようかな……」


 何がしたいかなんて考えるよりも先に、まず何か目標があるわけでもない。

 この世界で、寿命が尽きるまで生きていくことが、先ずもって目標と言えるだろうか。


 ふらふらと当てもなく旅をするにしても、この世界の知識が何もない状態で歩き回るっていうのは無茶がある。

 逆に腰を落ち着け、1か所で暮らしていくのなら生活のための基盤が必要になってくる。

 その国の情勢や、治安の良し悪しに、あとは物価とか──。

 適当に選んで住んだ国が、国民皆兵士!とか掲げてる国だったりしたら、平和な暮らしとは完全におさらばになる。そんなのは勘弁願いたい。

 贅沢を言うのなら、適度な自然もありつつ、物流の良いところで暮らしたい。


 通りをあてもなく歩き、色々と考え込んでいると、屋台から肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

 その匂いに、頭の中で考えていた色々なことがかき回されて、ぱぁになる。

 ……この国に住むのなら、食べ物の味も重要ではなかろうか。飯マズ国とかだったら嫌だし。

 ここは是非、試食も兼ねて腹を満たしたい。

 難しい考えごとは、その後でもいいじゃないか!


 その勢いのまま屋台に向かおうとした僕の足がぴたりと止まる。

 今更気付いたのだ、僕はお金など持っていない。

 金どころか、身寄りとなる家族も知人も、今晩眠る場所さえない。

 旅をするにしても、ここに住むとしても、まずは働けるところを探さなければ、人生が積む。


「あ、そうだ!」


 ここでルーイが言っていたリュックの存在を思い出した。背中を振り返ればリュックらしきものが目に入る。ずっと背負っていたみたいだ。あまりにも軽すぎて、うっかり存在を忘れていた。

 何か役立つ物が入っているかも知れないと期待して、どこか落ち着いて座れる場所を探す。


 慣れない街中を右往左往で進み、人通りの少ない道を選んで歩いていた時だった。

 次の通りを左に曲がろうとしたところで、角から出てきた人物とぶつかった。

 転びまではしなかったが、正面からもろに受けた衝撃でふらふらと足が数歩下がる。顔を押さえながら視線を上げると、相手は微動だにしないまま立っていた。

 ぶつかった相手は元の世界で見慣れた、馴染み深い黒髪黒目の青年だった。

 黒い中華系の服装に、紫ガラスの丸眼鏡、身長がかなり背が高い。右腕には長方形の木箱を抱えていた。

 打ち付けた肩が痛いと思ったら、この木箱の角が当たっていたようだ。

 僕を見下ろす青年と目が合う。


「……チッ」


 ……今日日、ぶつかっただけで、ここまで嫌な顔をされるものだろうか?

 背が高い分、見下ろされる圧が半端ない。

 色眼鏡越しにこちらを見る、やや目尻の上がった目が鬱陶しそうに眇められる。

 イケメンなのに顔が怖い。黒い服装と相まって、もう輩にしか見えない。その箱の中身、大麻とかじゃないよね?

 かなり熟れた舌打ちに、怯え動けない僕から視線を外すと、青年は脇に持った木箱を抱え直し足早に去っていった。


「こ、怖かった……」


 転生10分で洗礼を受けてしまった。

 この国で生きていくのは、無理かも知れない。

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