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5-天から地へ

 改めまして、今世ではじめての友達が出来ました。

 まだ魂のままだけど。


 神様と友達になるなんて奇想天外な出来事が起こるなんて誰が予想できるだろう。

 ルーイにしたって、はじめての友達が人間だなんて、他の神様たちが聞いたらびっくりするんじゃないかな。おかしくて少し笑ってしまう。


「ふふ。ルーイ、これからよろしくね」

『こちらこそ、君に何かあった時には1番に僕を頼ってくれていいんだからね』


 なんて頼もしい友人なんだろうか。

 僕もルーイにとって良き友人であり続けるために頑張らねば。そんな決意をしていると、


『そうだ。友達になった記念になにか贈り物をしよう。何がいいかな?』


 なんてことをルーイが言ってくる。


『気持ちは嬉しいけど、贈り物が欲しくてルーイと友達になったんじゃないよ。僕もルーイと友達になりたかったんだから』


 はじめてできた友達だから、ルーイは接し方が分からないようだ。

 好きになってもらいたくて、相手の気を引きたくてプレゼントを一方的に贈ろうとする。

 ある意味とても素直な分かりやすい愛情表現だとは思うけど、そんなのは本当の友達じゃないだろう?

 どうしてもって言うなら、僕も贈られたものと同じだけ返せる大金持ちになるまで待ってもらわないとね。

 見た目通りの子供らしい行動に、こんな弟がいたら可愛いだろうな、なんて兄気分でいたからか、つい笑みが声に出てたみたいで、子供扱いに気付いたルーイが少しむくれてしまう。


『僕を子供扱いしてるね?』

「し、してないよ!」

『まだ声が笑ってるからね!……まったくもう、少しぐらいいいじゃないか、あの女だって君に新しい世界に移るにあたって、希望を聞いただろう』


 希望──。

 確かに聞かれた。あれは記念とかじゃなくて、人生をやり直させるお詫びみたいな感じの提案だったけど。

 でも、お願いは却下されてしまった後だ。

 もう一度お願いして断られると、2倍悲しくなりそうなんだけど……。

 けど、『なんでも言って!』と、にこにこ笑うルーイに圧されダメ元で話してみることにした。

 お願いと言うよりも、気分は友達にする相談やこんなことがあったんだって報告みたいな感じで、家族の記憶を思い出すのが無理なら、最後にお別れを告げたかったんだけど、と気持ちのまま口にする。


『いいよ』

「えぇ?!」


 悩む素振りさえ見せず、ルーイが即答する。


『お別れを伝えるぐらい簡単なことだよ』

「ほ、本当に!?」

『うん、君の記憶をくれるんならいいよ』


 喜んだ先から、流れが変わりました。

 せっかく残して貰えると喜んだ矢先に、また記憶消失の危機なの?

 付け足された不穏な言葉を確認の為に繰り返す。


「記憶って言いますと」

『そう記憶。君のいた世界ってなかなか面白そうじゃないか』


 そう言って、ルーイが辺りをぐるりと見回す。


『見てのとーり、この空間には何もない。そっちの世界には映画やゲーム、漫画なんてのものがあるんだろう?実に面白そうじゃないか!……でも、神様ってのはうるさい奴が多くってね、俺が管轄する以外の外世界の記憶は簡単に覗けないんだ』


 確かに、この空間には何も無い。

 唯一、物として置いてあるのがルーイの座っている椅子だけって……、僕でも嫌気がさすと思う。

 子供の情操教育にも悪そうな部屋だ。それにもっと灯りをつけるべきだと思う。

 もしかしてルーイが僕がいた世界を覗いていた理由も、漫画やアニメをこっそり見ようとしてたんじゃないかな?

 そう考えると、ルーイの行動を責めていた女神様も、もうちょっとルーイの話を聞いてあげればいいのにとさえ思う。


 なるほどなるほど。

 要するに僕の記憶から、娯楽を得たいと言うことですね。

 気持ちはわかる。漫画もゲームも子供にとっては、変えの効かない娯楽である。


「はい」


 少し考え込んだ後、ルーイに向かって無い手を挙げる。


『はい、どうぞ』

「記憶をあげたら、その部分の僕の記憶は消えて無くなってしまうのでしょうか?」

『いいえ。君の記憶を俺に同期するだけで、記憶は無くなりません』


 ノリがいいのかルーイは嬉しそうに僕を見ながら、AIのように単調に分かりやすく必要事項だけを答えてくれる。


「そんな神の所業に僕は耐えられるのでしょうか?」

『はい。痛みも後遺症の心配も無く、瞬きの間に終了します』


 痛かったり、魂に傷が残ったりしないか心配だったけど、何もないなら問題ないんじゃなかろうか?


 ルーイに娯楽も提供できて、僕は家族にお別れも言える。

 女神様からは一度断られていて、ルーイ意外に頼める相手はいない。

 ルール違反とかで後から女神様にルーイが怒られちゃったりしないかだけは心配だけど……、やっぱり駄目だったなんて言われても困る。ここは心を強く持って余計なことは言わないでおく。怒られちゃったら一緒に謝ろう!

 ルーイの気が変わらない内に、ここは了承すべきところだと即座に判断。


「それなら、い──」

「ありがとう」


 いいよと言い終わる前に、笑顔のルーイが俺に手を向けてきた。

 手の平に一瞬緑色の光がぴかっと光ったかと思えば、その手はすぐに下げられ、また元の態勢に戻る。


『はい、お終い。あっという間だったでしょ』


 ルーイはニコニコと笑みをたたえている。

 その笑みがどこか上辺だけのもののように感じるのは、僕の心が汚れてしまっているのだろうか?


「なんか……、僕、早まった……?」


 これって、僕がいいよって言うまで、ここから出られなかったんじゃないだろうか?

 連れて来られた直後に言っていた『間に合って良かった』ってのは、記憶を消されて転生させられる前に回収できて良かったって意味だったんじゃないか???

 ルーイは頬杖をついてニコニコ笑ってるだけで、僕の疑念に何も言わない。

 気休めでもいいから、「気のせいだよ」とか言って欲しい。


『気のせいだよ』

「…………」


 思考を読んだかのようなタイミングで返された言葉にさらに疑念が深まる。

 記憶をもらったルーイはかなりご機嫌のように見えた。会ったばかりだけど、なんとなく分かる。今にも歌い出しそうだ。むしろ、この満面の笑顔で不機嫌だったら逆に怖い。


『では次にまいりまして〜、君のお願いの件だけど──』


 ルーイが話を戻そうとしてる……。

 でも、大事なお願いだからここは黙って見逃すことにする。


『君が直接家族に会うのはあの女が邪魔するだろうから、僕から伝言を伝えることになるんだけど……、方法としては手紙か、もしくは夢の中で言葉を伝えるってのが妥当なとこかな』


 直接は会えないのかと納得すると同時に、やっぱり女神様にバレたらヤバいんですねと、無茶をしてくれようとしてるルーイに、さっき覚えた疑念が吹き飛び即座に好感へ変わる。


「言葉で伝えたいです!」

『じゃあ、伝えておくよ。君の声で、君の意思で──言いたい言葉は、君から貰った記憶で読み取れるしね』

「そんなことまで読み取れるんだ」


 そう言いながらも僕を安心させるためにか、ルーイは僕の言いたかった、伝えたかった言葉を口に出して言ってみてくれた。

 それは確かに僕が考えていた別れの言葉で、頭の中ではちぐはぐだった順序もまとめられた、修正のしようがない完璧な内容だった。

 本当にこれで最後なんだと思うと、内側から込み上げてきた。身体があったら涙ぐんでいたのかもしれない。

 『一言一句違えず伝えると約束しよう』と、ルーイは心強い言葉と共に約束してくれる、優しいルーイの言葉に何も返せず、僕は魂になった体を上下に揺らす。

 ようやく胸の中の支えが取れた気持ちになった。


「……ありがとう、ルーイ」

『うん』


 しばらくの間、ルーイは何も言わずに僕が落ち着くのを静かに待っていてくれた。

 その気遣いに感謝と、自分よりも小さい子に気を使わせてしまったことへの、少しの気恥ずかしさを覚える。

 ちらりと視線を向けてきたルーイに、もう大丈夫という意味を込めて、全身を上下に振る。

 僕の気持ちが伝わったのか、ルーイは今の静かな雰囲気を吹き飛ばすかのように、にやりと性質の悪い笑顔を作り、


『それじゃー、記憶は後からじっくり楽しむとして〜──』


 ことさら明るい声でそんなことを言う。

 言い方がなんかやだな……。

 冗談っぽく言ってるけど、わりと本気で楽しみにしてるのが分かるからなんとも言えない。


『家族への挨拶だけじゃ、まだ足りないかな』

「なにが足りないの?」

『記憶の対価だよ。記憶と伝言じゃ釣り合いが取れないだろう』


 そういうものなのか、と受け入れると同時に、ルーイのしてくれたことを考えると釣り合いはもう取れているように思った。

 だって、ルーイは規則を破って伝言を伝えてくれた訳だし、僕は転生後の報酬を蹴ってでも叶えたかった願いを叶えてもらった。記憶を見せてあげるだけなら僕としてはもう充分なんだけれど……。


『だから、代わりに器をあげよう』


 そう思ったが、ルーイはもう僕に渡す対価を決めていたようだった。

 器ってなんだろう?と疑問を口にするより前に、ルーイは分かっていますともとでも言いたげに頷く。


『この僕が精魂込めて作り上げた身体だよ』


 ルーイが指先をパチンと鳴らす。

 空間に響く音と共に、僕とルーイの間に細い布でぐるぐる巻きにされたミイラのような物が現れた。

 読めない文字がびっしりと書かれた大量の細い布が、スルスルと独りでに解け床に落ちていく。

 中から出てきたのはミイラではなく、普通の人間だった。


 俯いてて顔は見えないけれど、足まである長い白髪に、細身の手足。

 身長は周囲に比較がないからよく分からないけど、ルーイよりは大きい。お兄ちゃんと歳の離れた弟ぐらいの身長差って感じ。

 手術着みたいな服を纏った胸元にちらりと視線を向ける。髪は長いけど胸の平さから見て性別は男のようでホッとする。

 前世の記憶を持ったまま、女の子に生まれ変わるとか、自分の体だとしてもちょっと勘弁だよね。


 そう言えば、僕が女神様のところからルーイのところに来た直後にも言ってたな。赤ちゃんからやり直したかったか?って。

 ルーイは初めから僕に代わりの身体をくれるつもりだったとか?

 …………やっぱり初めから僕の記憶を貰うつもりで、その対価に体を準備していた可能性が出てきたな。

 まぁでも、せっかくの御好意である。ここは遠慮なく頂かせてもらうことにする。

 既に記憶もあげちゃった後だし、それに記憶を持ったまま赤ちゃんからやり直すのはちょっと嫌だ。


「この身体、本当に貰ってもいいの?」


 僕の好意的な反応に、ルーイが嬉しそうに『もちろん』と2度も頷く。


『この身体はボクが細部までこだわり抜いて作り上げた最高傑作なんだ!』


 胸を張ってルーイが自信満々に言う。


『遠くまで見通せる抜群の視力に、鳥の羽ばたきさえ区別できる聴力』

「なるほど」

『ちょっと転んだぐらいじゃ怪我もしないし、運動神経ってやつも通してある』

「おぉおー」

『さらには自己修復力により、どれだけ食べても太らないし、何歳になってもハゲない』

「それは素晴らしい」


 今までの大人顔負けの態度をかなぐり捨て、楽しそうに器の性能を話すルーイの姿に、親に自分の成果を報告して褒めてもらおうとする子供の姿が重なる。

 よっぽど頑張って作ったんだろう。微笑ましいことこの上ない。

 ……にしても、頑張っちゃえば人間の器が作れるってのはどういうこと?

 神様からしたら、人間の体なんて幼少期に遊ぶ積み木やプラモ程度の難易度なんだろうか……。大人になったら世界とか作り出しちゃったりして……、将来が楽しみなような、末恐ろしいような。

 でも、太りもハゲもしない体は最高だと思います!いいもの貰った!なんて、めちゃくちゃ喜んでいると、


『まあ、一つだけ問題があるとすれば。この髪色の人間が地上に誰もいないってことぐらいかな』


ルーイが何気無い感じで言葉を付け足した。


「結構な大事ですよね?」

『そう?気になる?』


 ここは意思表示が大事。魂のまま全身を震わせ頷くと、ルーイが『ゔ〜ん』と唸る。


『……仕方ないから、一時的に色変えも許してあげるよ』


 そう言いつつも、ちょっと不満気。

 丹精込めて作ったって言ってたから、この姿にはルーイなりに愛着があるのかもしれない。

 ごめん、でも譲れない。


『じゃあ、身体に入れるよ』


 返事をする前にルーイが指パッチン。

 途端、僕の魂がぐぐぐと人型に引き寄せられ、一気に加速。何かに触れたかも?と思った瞬間、暗転。


「ぅ、あれ…………」


 一瞬の闇から意識が戻ると、目の前からルーイの姿が消えていた。

 何も無い真っ暗な空間。

 だけど、完全な暗闇では無いのか、ぱちぱちと目を瞬かせると視界がその都度途切れた。瞼がある。


『よし成功。調子はどう?』


 声に振り向くと、少し距離の近づいたルーイの姿。

 足元には人型に巻かれていた大量の細い布が落ちている。

 どうやら僕の魂は無事に新しい身体を得たようだ。

 手足を動かし稼働を確認する。


「とくに違和感はない……かな?」


 『ちょっとクルッと回ってみてよ』と言うルーイの言葉通りに、その場でくるりと回って見せる。


「うん、我ながら傑作ができたね。完璧だ」


 ルーイが凄くご満悦だ。


『あとは、名前だね』


 そうだ、名前がない。

 新しい人生を迎えるって、こんなにも準備が必要なのかとしみじみ思う。

 本来なら元の名前を使い回してもいいんだけど、


「元の名前が思い出せない……」

『まぁ仕方ないね。希望はある?』

「希望かぁ……」


 実はRPGのゲームとかでも、主人公の名前を決めるのにかなり悩むタイプだったんだよな……。デフォルトネームがあるなら迷わず選択していたぐらいに。

 でも、これは今後一生自分に付き纏う名だ。ふざけた名前なんかつけられない……となると、さらに名付けのハードルが上がる。


「ごめん、すぐに思いつかない……」

『それなら僕が良い名前を考えてあげるよ。せっかく君から貰った記憶を有効に使わないとね!』

「なら、まかせてもいいかな?」


 やけに嬉しそうなルーイに圧倒され、つい了承してしまう。


『どれにしようかなー、カッコいい名前がいいよね。それとも僕の名前から捩っちゃったり?』

「普通の、ほんと普通の名前でお願いします」

『わかってるわかってる』


 言動が子供っぽいけど、実際ルーイは何歳なんだろうか。

 あまりにもワクワクしているルーイの様子に、やっぱりやめとこうかなの一言が言えない。

 僕は心の中でふっ……と笑う。

 もういいや、覚悟した……。

 全ては神の采配のままに任せよう。漫画によくあるキラキラネームじゃないことだけを切に祈る。


 どんな名でも受け入れようと覚悟を決めていると、僕の方を見ていたルーイと目が合った。

 ルーイが僕を見て頷く──名前が決まったのかな?

 そう思っていると、足を組んでいたルーイが椅子に座り直し、改めて正面から僕を見つめてくる。


『それじゃ、準備はいい?』

「え?」

『次の世界に行って、始めからつまずかないように少しだけ手助けをしてあげる。あっちに着いたら、背中のリュックを見てみるといいよ。それまで中身はお楽しみ』


 え、まだ名前聞いてないけど、もう送られる感じなの?

 リュックってなに?今、僕ほぼ裸なんだけど?


『まずは俺が管轄する国に送ろう。何かあればすぐに対応できるしね、良い意味でも悪い意味でも』


 それはありがたい。悪い意味でもってところが気になるけど。今回のような事故は一生に一度でいいんです、もうこりごりです。

 あぁああ、聞きたいことが渋滞していく。

 それでも、これだけは言っておかねばならない。


「──っ、ありがとうルーイ、すごく助かった」

『うん』


 友達にはなれたけど、地上に降りた後、神さまと人間が気安く会えるとは思えない。これで会えるのは最後のような気がして、色々と聞きたいことはあったけど、先に御礼を伝える。

 ルーイも僕の言葉を素直に受け取ってくれた。


 ルーイが僕の方へ手をかざす、僕を転生させようとした女神様と同じ動き。

 それを見て、僕は慌てて口を開く。


「それで、僕の名ま──」

『一番ヤバい奴は俺が抑えといてあげるから、安心していいよ』


 なんか凄く不穏なことを言われた気がするんだけど気のせいだよね?


『じゃあ、またね。ノルン』


 その声を最後に、僕の意識はまた暗転した。

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