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16-荷物整理

 『やどや』に戻ると、レーリンちゃんが店先で地面にしゃがみ込んで何かをしていた。

 前に回り込んでみると、そこには1匹の猫。レーリンちゃんが巧みに操るハタキにジャレついて遊んでいた。

 ハタキを指揮棒のように振り、猫の飛びつき攻撃を華麗にいなすレーリンちゃんの姿は、猫と遊んでいるというよも、遊んでやっている感が強い。

 目の前を横切るふわふわのハタキを捕まえ損ねるたびに、猫がミヤ゛ャーーとだみ声で鳴く。

 それを微笑ましく見ていると、僕に気付いたレーリンちゃんが、満面の笑みで迎えてくれる。


「おかえりなさいー!」

「ただいま〜、その猫レーリンちゃんの猫?」


 猫に首輪はついていなかったけれど、僕が近づいても逃げようとはしない。

 店の中では見かけなかったけど、外飼いの猫かと思い聞くと、レーリンちゃんが首を振る。


「ううん、みんなの猫。あっちと、あっちと、そこのお家の人も、この子の家族なの」


 地域猫ってやつかな?

 ようやく前足が届く範囲に与えられたハタキに噛みつき、後ろ足で蹴り蹴りしてる猫は、まだ子供なのか小柄だった。

 白地に茶色の斑模様。右の前足と尻尾の先っちょだけが黒になっていた。


 僕が手を伸ばすと、遊びでテンションが上がりきってるのか、手にしがみ付き噛み噛みしてくる。力加減が出来てないからちくちくするが、痛がるほどじゃない。

 噛まれたまま、仰向けになったお腹を軽く揉んでやると、地面に転がりながら距離をとり、また僕の腕に飛びついて来る。元気いっぱいだ。


「おにぃちゃん、猫の扱いじょうずね」

「あはは、そうかな。可愛い子だね、名前はなんていうの?」

「えっと、ぶちとミケとチビと、あとネコ」


 名前合わせてないのか。ネコとかそのままだし……。


「レーリンちゃんはなんて呼んでるの?」

「ネコ!」


 僕もレーリンちゃんと同じ名前で呼ぼうと思ったのに、レーリンちゃんがネコ呼びだったか……。


「じゃあ、何か名前付けてあげようよ」

「あいちゃくが、わいて離れがたくなるわ」

「……難しい言葉知ってるねー」


 どこで覚えてきたんだろう……、レイナさんじゃないよね?


「愛着が湧いたら駄目なの?」

「みんなの猫だから、リーだけの猫にできないでしょ?」


 おっと、おませな幼女のちょっと大人振りたい発言では済まされない流れになってきたぞ?

 これ以上は深く掘り下げるのはやめておいた方が賢明だ。


「じゃあ、僕はなんて呼ぼうかなぁ」


 猫と言えば、某アニメに出て来るタマしか名前が出てこない……。


()()()()()()()()これだからなぁ……自分の頭の悪さが憎い)


 そう、僕の元の世界での記憶は消えてしまった。正確には、関わった人物の記憶が丸っと無くなってしまったんだけど……不思議なことに、こういったキャラクター名なんかは記憶に残っていたのだ。

 例えば、映画に出てくるサメのジョー◯や、青いたぬき型ロボットとか……隣の家で飼われてた犬の名前は覚えてないのに。

 単に覚えてなかった可能性もなくはないけど、それにしても不可解過ぎる……。


 消えた記憶と残った記憶の共通点を探しても、実在する人物じゃないってことぐらいしか思い当たらない。サメやロボットを人物に選別するべきかは微妙だけども。

 でも、実在してる人物だけを選別して記憶が消えるっていうのも可笑しな話なので、この線はあり得ないと思う。そもそも関わった人物との記憶だけが無くなっているのが可笑しい話なんだけどさ。

 女神様はそういうこともあるんじゃない?的なこと言ってたけど、ルーイにも相談してみたら何か分かるかな?


 そんなことを考えつつも、猫の名付けを決めかねている僕を見て、レーリンちゃんがにこりとする。


「ノルンにしよ」

「僕の名前をつけるの?」

「うん」


 さっきまでは名前を付けたくないって言ってたのに急にどうしたんだろう。


「じゃあ、ノルンとばいばいして、おうちもどりましょか」


 僕もノルンだから、僕がばいばいって言われた気分になって複雑だなぁ。

 ま、レーリンちゃんがいいなら、それでいいか。



※※※※※※※※※※※※※※



 宿に入ると、調理場前のカウンターで見知らぬご婦人と遭遇した。


「こんにちは」

「こんにちは」


 目があったのでご挨拶。

 一緒にレイナさんとも、おかえりただいまの挨拶を交わす。


 ご友人さんかなと思っていると、レイナさんは大きな紙袋に包まれたパンをご婦人に手渡した。ご婦人はパンを購入しに来ていたようだ。

 テナントがあるのに店の中で売り買いしている2人を見て疑問に思っていると、「予約をしてくれている人の分は、店内で渡してるのよ」とレイナさんが説明してくれた。

 パンを受け取ったご婦人も頷く。


「いつもこの店で角パンを頼んでるの」

「助かってるのよ〜。パン屋さんは数が多いから、なかなか顧客がつかなくて売れないの」

「私の所も昔はパン屋をしてたんだけど、赤字続きで閉めちゃったのよね」


 そう言って、ため息を吐いたご婦人に、レイナさんが笑って補足を入れる。


「でも、今やってる拉麺(ラーメン)屋さんは大好評なのよね」

「うふふ、おかげさまで。服にニンニクの匂いが染みつくのだけは未だに慣れないけどね」


 世間話も終わると、ご婦人はパンを抱え帰って行った。

 レイナさんの話では、あのご婦人がパン屋だった頃は毎日朝食にパンを食べてたから、拉麺店になった後も朝になるとどうしてもパンが食べたくなるそうだ。……僕でも朝から拉麺は重いかな。


「うちは宿がメインだからどうにかなってるけど、パン屋だけだったらと思うと…………、素麺(そうめん)店とかどうかしら?」

「真夏には繁盛しそうですね」


 真剣な顔で聞いてくるレイナさんに、良否曖昧な返事で濁しておく。

 素麺店に思考がいったのは、拉麺店に似せてみたのかな……。

 それに、この宿の食事のメインはパンのアレンジレシピだから、パン屋をやめてもパン作りはやめられないんじゃないかなと思う。


 レイナさんが夕食の準備に入り、レーリンちゃんもお手伝いに戻る。

 時計を見ると、まだおやつの時間を少し過ぎた頃合いだった。


(予定より早く帰れたな)


 この世界の時計は数字じゃなくて、記号のような文字が使われているのだが、翻訳機能のおかげで問題なく時間は読み取れている。

 ほんと、ルーイ様々である。異世界で、まず文字入門から始めないといけないとこだった。


 夕食までにはまだ時間も早いので、買った物を整頓するために、一度部屋へ引きこもることにした。

 もちろん、鍵をかけるのを忘れずに。


 肩掛けカバンから買った物を取り出しては、丸テーブルの上に乗せていく。


「お風呂用品と……、タオルに……、スリッパ……」


 値札を外し、必要な物ごとに仕分けしてまとめていく。

 お風呂用品は今夜使うから、すぐ使えるよう空いた椅子の上に置く。昨日は寝落ちしてしまったので、お風呂に入れていなかったから今日はゆっくり入りたい。

 スリッパはひとまずお風呂上りまでおあずけ。

 紙と鉛筆はいつでも使えるよう、革ベルトのポケットにしまっておく。


 あらかたまとめ終わり、今使わない物は肩掛けに戻す。

 そうして、空いたテーブルの上に、今度は購入した5つの小瓶を並べる。


「よし、今のうちに飴を移し替えておこうかな」


 思い立ったら即行動──というわけで、調理場にいるレイナさんにスプーンと箸を借りてきた。

 リュックから取り出した大瓶にみっしり詰まった飴を取り出し、小瓶の大きさと見比べる。

 うん。5個もあるから、全部振り分けられそうだ。


 箸とスプーンを使い、色が偏らないよう気を付けながら、5つの瓶に飴を移していく。

 途中、誘惑に負け3粒程食べてしまった。この分だと、振り分けてもすぐ無くなりそう。


 ちなみに、青と赤と緑の飴を食べてみたんだけど、青は変わらずソーダ・ラムネ・ブルーハワイ。

 赤はまたも予想が当たり林檎・苺・トマトだった。トマトはハズレて欲しかったな……。

 そして、緑はメロン・キウイ・スイカ──と、僕の予想は預言者並みの的中率を誇っている。

 この世界に来て、何かの能力に目覚めたかもしれない。


「ま、飴なんてどれも似たような味にしかならないけどね」


 5つの小瓶全部が、飴で満杯になるよう振り分けた。

 5粒だけ入りきれずに余ってしまった分は、買ってきた紙に包んでみる。メモ帳にするつもりで買ったけど、紙も薄いしちょうどいい。

 キャンディの様に飴を包んで、両端をクルクルと捻れば完成。これはつまみ食い用にポケットに入れておこう。


「この小瓶は、レーリンちゃんに1つあげよう」


 不思議飴だ、きっと喜んでくれる。

 レーリンちゃんの反応を想像しながら残りの瓶をリュックの中に戻していると、ふと僕の頭に天啓が降りて来た。

 するすると小瓶を5個も飲み込んだこのリュック……一体どれだけ物が入るんだろう?


 リュックはそれほど大きくない、せいぜいA4サイズのノートが曲げずに入れられる程度、幅も20cmにも満たない。

 だから、ルーイから貰った物だけで容量は満杯だと思っていたし、中に入っている物も神様から貰った特殊な品だから重さを感じないんだと勝手に思い込んでいた。

 いたんだけど……。


(今、この世界で買った小瓶入ったよね?)


 ルーイから貰ったものでなくてもリュックに入れられた──それ即ち、この世界の物も入るということ。

 それに、瓶を5つも入れたのにリュックの重さが変わらない。

 そもそも、ルーイから貰ったものだから重量なんて関係ないと思っていたけど、リュックから取り出した飴に重量はあった。


 僕は大変な思い違いをしていた……。

 中身が軽いんじゃない──、このリュックに入れた物の重さが無くなるのだ。

 何故リュックが軽いことに疑問を抱かなかったのか。羽のように軽いと謳うランドセルのCMに洗脳されていたとしか思えない!


 でだ……、これだけの荷物が入っているのに重さを感じない特殊なリュックだ、もっと荷物も入るんじゃなかろうか?

 試しに、今日買ってきたタオルを一枚入れてみる。


「入った……」


 リュックの中に広がる宇宙に、タオルは抵抗なく飲み込まれていった。

 次に、入れたタオルを取り出してみる。

 入れる時と同様、タオルはスムーズに取り出せた。違ったのは、ルーイの説明が頭に流れてこなかったことだけ。


「…………よし!」


 こうなったら、やることは1つだ──今日買った品物を全て突っ込む!


 かくして、僕はリュックに秘められた多大なる性能を解き明かしてしまった。

 結果として、リュックは僕の荷物全てを飲み込んだ。しかも、重さも変わらずに!


「凄いっ……!凄い、なにこのリュック!」


 残念なのは、購入した肩掛けカバンが1日も立たずに不用品となってしまったことぐらいだ。

 よく考えたら、この世界で購入したアヒルさんが入ってた段階で、他の物が入ることにもっと早く気付くべきだった。


「もしかして、ルーイから貰った品で1番貴重な物って、このリュックなんじゃないか?」


 このリュックなら金貨100枚の価値と言われても納得する。

 あとは、このリュックに実際どれだけ物が入るのか検証をしたいところだけど、あいにく僕の持ち物はこれ以上ないから試せない。

 でも、それは使っていれば追々分かることだ。


「大事にしよう」


 この日、いつも背中を預けていたリュック(相棒)が、僕の所持品で1番大事な物トップの座に君臨した。

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