14-はじめての買い物
お掃除中のレーリンちゃんに声をかけ、買い物へいざ出発。
まずはレイナさんに教えてもらった、日用品が揃えられる店を目指すことにした。
お店の名前は『モダ・モアン 西天庵店』──北と南と東もあるんだろうか?
食品から雑貨だけでなく、家具や食器も売られているらしい。
たぶん大型のスーパーみたいなものかな。『やどや』からもそんなに遠くないし、はじめてのお使いにはちょうどいい。
教えてもらった通りに道を進むと、迷うことなく店に到着した。
スーパーのように、広い店内で商品ごとに分類され売られているのかと思ったが、予想が外れた。
道の両サイドに並んだ軒を連ねた長屋──、この並びにある店全部が『モダ・モアン』の店になるようだ。
通りの奥の方まで、『モダ・モアン』『世界で通じる唯一の店』『神が認めた最高峰』なんて書かれたのぼり旗がズラッと立ててある。主張が激しい。
感覚的には、修学旅行先なんかで見る、ずらっと両サイドにお土産屋さんが並んでいるような、あんな感じ。
(見て回るだけでも時間がかかりそうだなぁ……)
適当に進みながら店を眺めていると、店の特徴が見えてくる。
遠目からは一軒の長屋に見えた建物だが、内部は壁で仕切られ、扱う商品ごとに店舗が細かく分かれているようだった。
一軒の長屋に3軒ずつ店舗が入っていて、それぞれに店の入り口が設けられている。
どの店も見て回りたかったけど、さすがに数が多い。
まずは目的の店にだけ立ち寄ることにしたが、それでも面白そうな店には興味を引かれてしまい目で追ってしまう。
通りを歩いてるだけなのに、後から行きたい店が増えて行く。お金を節約しないといけないのに……、早く仕事も探さないと。
店を見て回っていて驚いたのは、元の世界にもあった野菜や果物があったこと。
食べ物が異世界共通とは、まさかの新発見である──誰とも共有できないけれど。
見たことない種類の野菜?もあったけど、元の世界でも他国の珍しい果物を全部知ってた訳でもない。……ドラゴンフルーツなんかも、いつの間にかスーパーでよく見かけるようになっていた気がするし。
珍しい〜って思いながらも、今は買う予定も無いから素通り。
ぶらぶらしていると、ついに雑貨屋を発見。早速店内に入ってみる。
地元民がよく使う店だとのことで、店内は人で賑わっていた。店内の異国人比率は、見た感じ現地の人と異国の人とで7対3の割合。
一般客の間に、コスプレイヤーが混じってる感じというか……、騎士みたいな格好の人がデッキブラシ抱えてるのはシュールな光景だなぁ。
他の客に混じって僕も品物を物色する。
(……ほんとに何でもある)
店の品揃えは想像よりも悪くなかった。
炊事、洗濯、寝具類、その他もろもろ……元の世界と全く同じ物とはいかなくても、代用できる品は揃っていた。
例えば食器を洗うスポンジ、これは細い糸で編まれたメッシュ生地の中に、粗い糸状の繊維を詰め込んだ物が売られていた。傷つきやすい素材でなければ、充分スポンジとして使える。
それにプラグを差し込むような電化製品はなかったけど、機械仕掛けのカラクリは色々とあった。
時計やランプはもちろん、ローラー式の洗濯機やカメラなんかもある。
様々な機械に囲まれ画期的な現代社会で生活していた記憶があるだけに、生活レベルの差がどれ程のものかと心配していたけど、これなら元の世界とそれほど遜色ない生活ができそうで安心する。
まずは、入ってすぐに見つけたマグカップを手に取る。
今は宿屋生活でそんな差し迫って必要ではないけど、今後のことも考えて1つは持っておいたがいい。
グレーの……よく分からない狼みたいな生き物が描かれたカップを選択。
飴を分ける小瓶も見つけた。
数は2つでよかったのに、5個まとめての物しかなかったから、それを取る。
歯ブラシも、元の世界とほぼ同じ物が見つかった。木製で、毛の質が筆のように柔らかいけど無いよりマシ。
髪が長いからクシと飾りのないゴムも買う。
あとはひたすら日用品を選んでいった。
石鹸、シャンプーっぽいの、タオルも数枚。紙と鉛筆も見つけたから、これも買い。
部屋が土足だったから、室内履きのスリッパも買って、ポケットにお金を入れておくために小さい財布も要る。
あとは買った物入れるためのエコバッグとして、布の肩掛けを1つ選ぶ。本当は旅行用のトランクみたいなのが欲しかったけど、無かったから仕方ない。
商品を抱え店の中央にあるカウンターに向かうと、カウンターには僕よりも背の低い、目のぱっちりしたチョビ髭のオジサンが立っていた。
頭は七三分け、肌黒で裸にベストを着ている。
選んだ商品をまとめてレジ並べていると、店員さんが不思議そうにして目を素早く瞬かせる。
「カゴ、使っていいのよ?」
「え?」
店員さんが店の入り口を指す。そこには縄で編まれた大きな洗濯カゴが置いてあった。
アレ商品かと思ってたけど、買い物カゴだったのか……と、納得している僕を見て、店員さんがくすくすと笑う。
「お客さん異国の人ね、たまにいるよ。お会計せずに店を出て行かないだけマシよ」
「そんな人がいるんですか」
「ここら辺の店の物、1箇所でまとめて買おうとするのよ」
そう言って笑い話にしてくれる店員さん。
なるほど、全部同じ系列の店だから、商品をまとめちゃってもいいと勘違いしちゃうのか。
異国の地だからね、僕も気を付けないと。
商品を眺め、店員さんが素早い動きでそろばんと電卓を掛け合わせたようなものを指で弾いていく。
電卓からピーン!と鉄筋を指で弾いた様な音が鳴り、上から値段の印刷されたレシートが出てくる。
それを確認してお支払い。料金は『やどや』の宿泊料の約3日分ほどになった。
エコバッグに荷物を詰め込み、店員さんの軽快な「ありあとネー!」の声を背に店を出る。
「あとは……」
下着だ……!と、いう訳で服屋を探して通りを進む。
通りにある服屋はけっこう種類が豊富で、どこに入ろうか迷ってしまう。
女性専用の服屋が多いのは、それだけ需要があるということだろう。異世界でも女性のオシャレ心は同じみたいだ。
見るからに女性専用のお店はパスして、特売品店がないか探す。
誰にも見られない下着なら安物でもなんの問題もないから、ここは節約すべし!
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バーゲンセールという概念がこの世界にあるのか疑問だったけど、探せば意外とあるものだ。
台に置かれた木枠の中に、大安売りと書かれた看板と共に服が詰め込まれている店を発見!
商品の争奪戦とまではいかないまでも、店内はお客さんでごった返していた。安売りって言葉は魅力的だよね。
人混みをすり抜け、下着売り場を目指す。
(あった……!)
下着が詰め込まれている木枠を見つけた。木枠に取り付けられている看板には【3枚200札】の文字。
中華まん4個分で、下着3着は安いと思う。
この国の主流パンツがブリーフ派かトランクス派かは知らないけど、僕はボクサー一択で下着を漁る。
けど、ボクサーは主流じゃないのか、短パン型のパンツはかなり少ない。あってもトランクスみたいに作りが緩いのばかり。
じゃあ1番多いのはどれか──結果が知りたい?
はい。この国の主流はブーメランみたいですね。木枠の中にあるパンツは半分以上がブーメランでした。絶対買わない。
ブーメランを避け、短パン型を探す。
「う〜ん……どれも生地が薄いなぁ」
お安いからだろうか?作りも緩いが、生地も薄い。隙間風で風邪ひいちゃいそう。
もうちょっと値段を上げれば、生地も厚くなるんだろうか……、高いパンツを買うべきか悩む。
手に取った生地どころか面積も少ないブーメランパンツを引き気味に眺めていると、突然背後から声をかけられた。
「あなた、そこ男物よ?」
振り返ると、背の高い女性が僕を見下ろしていた。
僕より少し年上っぽいお姉さん。亜麻色のショートヘアに気の強そうな紫の瞳。武具は身につけてないけど、女騎士のようなかっちりとした服を着ている。
お姉さんが僕の持っているブーメランパンツを見て、「それ買う気なの?」と困惑気味に聞いてくる。
誤解が誤解を生んでいく。
まずは最初の誤解を解くべきか。
「僕、男ですよ」
「え?」
僕の顔を見てお姉さんが目を丸くする。……それはどっちの反応なんだろう。
髪が長いから女性に間違えられたかと思ったんだけど、僕の顔を見てこの反応……。
そんなに女顔なんだろうか?それとも、振り返って顔を見たら男で驚いてるとか?
分からん、これは早急に鏡の入手が必要になってきたぞ。
さっきの雑貨屋で買えばよかったんだと今更思いつくが、既に店を出た後だ。帰りにもう一回寄ってみようかな。
「そ、そうなの、ごめんなさいね。ほら、髪が長かったからてっきり女の子かと……」
「誤解が解けてよかったです。それと、僕って女顔なんですか?」
「え゛っ?……どうなのかしら、鏡見て自分で納得した方がいいんじゃないかしら?」
どっちなんだそれは、やっぱり鏡買って帰ろう。
そう決意していると、お姉さんが僕の横に並び、男者の下着が詰め込まれた木枠を漁り出した。
実はこのお姉さんも男だった可能性も考え、無難な質問をする。
「ここ男物ですよ?」
「知ってるわよ。私のじゃなくて、仕事先の同僚の分を買うだけ」
それもそれでどうなんだろう。
同僚の人が頼んだのか、お姉さんが勝手に買ってるのかで、同僚さんへの印象にだいぶ差があるんだけど。
お姉さんが掴んだブーメランを両手で伸ばしながら、
「どれがいいかしら?」
と、僕に聞いてくる。
あ、これ勝手に買ってるやつだ。
買わないで本人に任せてあげたがいいですよ、と言ってあげるのが正解かも知れないけれど、同僚さんよりお姉さんの方が色々な意味で強そうだから黙ることにした。
「セット売りですし、試しに全種類買ってみるのはどうです?普段履き慣れていない形でも、履いてみたらしっくりくるかも知れませんよ」
「それもそうね」
僕の言葉に納得したお姉さんが、木枠の中から適当に種類別のパンツを掴み出す。
トランクス、ブリーフ、ブーメラン、あ、紐パンもチョイスに入るんだ……。
一通りパンツを握り、3枚選べるからと残った枠にはまたブーメランを選んでいた。
パンツを握りしめた片手を掲げ、お姉さんが僕を振り返る。
「ありがとね、助かったわ」
「お役に立てて幸いでした」
同僚さんにとっては幸か不幸か微妙なとこだけど、お姉さんがら満足そうだからいいか。
お姉さんを見送ってから、僕は大安売りの台から離れ、お高いパンツ売り場に向かった。
お姉さんを見てて気付かされた──、パンツを妥協しちゃ駄目だ。
選んだ下着は1枚750札もした、だけどその日の僕に後悔はなかった。