11-『やどや』
ルーイとの通話が終わり、おひとりさまに戻った僕は、街の広場までやって来ていた。
色眼鏡に宿の場所を聞いたところ、探すなら役場前の広場に行けと言われたのだ。
さっきまでいた商い通りに並ぶ店は、ほとんどが飲食店か、ここらに住む住人が必要とする日用雑貨を扱う店しかないらしい。地元の商店街戸みたいなもの。
で、宿泊施設や酒場、郵便、銀行なんてものは、土地勘のない異国の住人でも迷わないよう、全て役場の近くに密接して建っているそうだ。
その役場も、この国──【天庵】の国境の近く、もしくは馬車・貨物乗り場や船着き場にあるらしく、不法入国などせず正規ルートで入国していれば、宿屋など自然と目に入る場所にあったのだと小言も付け加えられた。
広場に出ると、一気に行き交う人の数が多くなる。
いかにもな異国の出立ちの人々が、あちらこちらに集まって談笑している姿が見受けられた。集って旅をする人が多いって話だから、あの人達は皆んな旅の仲間なのかな?
聞いていた通り、広場に出るとすぐに宿屋を見つけることができた。
──だが、問題はここからだった。
「……どこにしよう」
さっきまでは全く見つけられなかった宿屋が、右にも左にも……至る所にある。
教えてもらった値段設定を基準に宿を探したくても、料金表が扉に貼ってある訳もなく、自分の直観と建物の見た目だけで判断するしかない。
財布事情として、希望価格は1拍600〜800札。できれば今日だけでも相部屋は無しで、ベッドのある場所で寝たい。
そう思い、近場から順に宿屋を巡ってみる。
綺麗な3階建てのアパートみたいな宿……は、普通に高そうだなぁ。入り口に強面のお兄さんが立ってるから、護衛付きの宿なのかも。
1階が酒場の宿屋かー……、食事は美味しそうだけど、出入りしてるのも厳ついおじ様ばかりでちょっと気が引ける。
あ、案内板ある宿もあるんだ、親切ーこういう宿を探してたんだよー。
なになに──『荷物持ち込み自由。男女共用相部屋一拍450札。屋根あり、食事なし』
男女共用とはいったい……、人数制限も分からないし、普通の相部屋よりハードルが高い。しかも屋根ありってなんだ?わざわざ書く必要があるんだろうか?屋根以外なにもないの?
やばい宿があるって聞いてたけど、ここなのではなかろうか。……危ない臭いがする、やめておこう。
選択肢はたくさんある、懸念材料があるなら避ければいい。わざわざ危険な橋を渡る必要はないんだから。
そう、普通の宿でいいんだ。
広くなくていい、硬いベッドしかない簡素な部屋で、扉に鍵がかけられれば、それだけでいい。
それだけで──などど選り好みしていたが、考えることは誰しも一緒。
良いなと思って入ってみた宿は、もれなく大盛況だった。
カウンター前は人口密度みしみし。順番に並びようやく受け付けに辿り着けても満室でお断りか、空きがあっても4人以上の相部屋しか残っていなかった。
「どうしようかなぁ……」
あちらを立てればこちらが立たず……料金が相部屋が、と悩むだけ悩み宿が決めきれない。
時間だけがとうとうと過ぎ、気付けばもうまもなく日が暮れる頃になってしまっていた。
これ以上遅くなる前に決めなくてはいけない。
ネカフェも無いし、路傍で野宿は相部屋以上にヤバイ。ちょっと勇気がいるけど、今日は相部屋で過ごすか、と思い始めていた僕の視界にとある看板が入ってくる。
ぶさいくなピンク色の猫らしき動物が描かれた木製の看板──扉の上に吊るしてある、その看板を見ると『やどや』と読めた。
(なんでこれだけひらがなに見えるのかな?)
宿屋だという建物を見てみる。
家2件分ほどの広さがある木造2階建て。看板付きの扉の右脇には、ショーケース付きのカウンターがあり、陳列棚には美味しそうなパンが並べられていた。
パン屋にしか見えないが、看板は宿屋……。しかも、今まで見てきた宿屋はあれだけ大盛況だったというのに、他に宿泊客の姿も見えない。
僕の翻訳機能がバグったのかな?
もうひとつ考えられるのは、この建物が広場に面していないからというのも理由としてあるかもしれない。
ここは広場から、さらに通り2本分ほど離れている。宿選びに迷った末たどり着いたのだが、広場と比べると人通りは少ない。
「これは穴場を見つけてしまったんじゃないか?」
パン屋にしか見えないけど、本当に宿屋も兼業しているなら部屋が空いてる可能性も高い。
やっていなければ他を探せばいいし、お値段だけでも確認してみよう。
そう決断し、店の扉を開ける。
「すみません」
軽いベルの音が響く。店内の一階部分はホールになっていた。
丸いテーブルが3台、中央に少し大きめの四角いテーブルが1台。奥には階段があり、階段の横のスペースはまるまる調理場になっている。
調理場とホールを仕切る、台の大きなキッチンカウンターの後には、パンを焼く大きな釜戸が見える。
「はーい」
僕の声に、のんびりとした女性の返事が返ってくる。
調理場の奥から現れたのは、僕よりやや年上の女性。
襟付きのワンピースに前掛け姿。頭に巻いた三角巾の横から出た淡いブロンドベージュの長い三つ編みが、動きに合わせ肩で揺れる。
前掛けで手を拭きながら小走りでホールへやって来た様子から見て、料理を途中で止めて出て来てくれたらしい。
「宿を探してるんですが、やってますか?」
「あらあらあら、嬉しいわぁ。やってますよ、ぜひ家で泊まってってくださいな」
女性が手を合わせ、屈託ない笑顔を浮かべる。
ようやく空き部屋を見つけられた僕も一安心。
「ありがとうございます。……あ、でも、持ち合わせがあんまりなくて、一泊いくらか先にお聞きしても……」
こんなに喜んでもらってるのに良心が痛む。けど、先に聞いとかないとお金が足りなくなってからではもっと失礼になる。
そう思っての質問だったのだが、女性──オーナーさんは何やら考える素振りを見せる。
そのまま待つこと15秒、「えっと……確か……」なんて小声で言っているのが聞こえてきた。
あれ、自分とこのお店では……?
「あ、あの……」
不安になり声をかけると、オーナーさんはふっきれたように顔を上げ、にっこりと微笑む。
「1泊400札です。食事付きで」
……え、聞き間違えじゃないよね?
相場以下の値段を提示してきたオーナーに、こわごわと尋ねる。
「……400ですか?」
「はい。何か駄目でしたか?」
「いえ、駄目とかじゃ……!」
そう言いながらも、あまりに安い値段設定に、つい目線が天井に向いてしまう。
さっき見た【屋根あり】とわざわざ書かれていた安宿でも一泊450札だった。なら、それより安い宿はどうなるのか。
心配にはなったけど、見る限りでは屋根はちゃんとあるし、穴も開いてない。
なら、なぜそんなにも安いんだ?理由が分からなくて逆にコワイ。
そんな失礼なことを考えている僕の横で、視線につられたのかオーナーさんまで天井を見上げて、「あら、あんなところに蜘蛛の巣。まったく気付かなかったわ」なんて呟いている。
……すこし天然入ってるけど、オーナーさん良い人そうだし、悪いようにはならない気がする。
悩んでても始まらない。
どうせ宿には泊らないといけないんだし、ここにしようと決意する。
オーナーさんにそう伝えようとした時だった、
「いらっしゃいませ〜」
という、幼い声が奥から聞こえてくる。
オーナーさんがにこにこしながら「あら」と、反応。
声のした方を見ると、階段を降りてくる女の子の姿があった。
歳の頃は5、6歳ぐらい。手にはハタキ、小さなチャイナ服に、オーナーとお揃いの前掛けを付けている。
僕の前までやって来た女の子、その子の頭を撫でオーナーさんが微笑む。
「娘のレーリンです」
「れーりんデス!」
「こんにちは」
娘さんかー、めちゃくちゃ可愛い。
お母さんと同じ淡いブロンドベージュの髪は、天然なのか毛先がくるんくるん。ショートヘアなのに、無理くり後ろ髪を結んでいて髪飾りからほんのちょっぴり毛束が出ている。毛束よりも髪飾りに付いてるボンボンの方が大きいぐらい。お気に入りなのかな?
「おとまりですか?それとも、ごしゅしゆはくですか?」
ごしゅしゆはく、とはご宿泊のことかな?
丁寧な接客には礼を尽くさねば……その場で膝を折りレーリンちゃんと目線を合わせる。
「はい、両方です」
そう言うと、レーリンちゃんがきらきらと目を輝かせ、お母さんに振り返る。
「おとまりだって!」
「お客さんだね〜!」
嬉しそうな母子の姿に、心がほんわりする。
あ、この空間にずっと居たい。
「もうそろそろ、うちの旦那さんも帰って来ますから、ご飯は一緒の時間でも大丈夫ですか?」
「え、夕食から出してもらえるんですか?」
「ええ!うちはパン屋もやってますから、たくさんパンがあるんですよ」
なるほど、アレンジ料理し放題でメニューにも材料にも事欠かないのか。上手い営業方法だ。
「それは楽しみです!」
「お父さんもね、おりょうり上手なの!」
人見知りしないお嬢さんなのか、僕の足元でレーリンちゃんが自慢気に胸を張る。
「お父さんは料理人なのかな?」
「ううん、かくとうかなの」
格闘家?お父さんプロレスラーかなんかなの?
こんがり肌の焼けたマッチョなナイスガイを想像していると、オーナーさんがふふふと笑う。
「ちょっと違いますね。うちの人は元用傭兵なんです」
「傭兵さんですか!」
それは強そうだ。子供には傭兵の仕事内容まで詳しく話すこともないだろうし、レーリンちゃんが格闘家と勘違いしちゃうのも仕方ない。
「ちょっと足を怪我してしまって今は引退してしまったんですけどね。あ、でも大丈夫ですよ〜、足は怪我しちゃいましたけど腕っぷしは健在なんですから、どんなことがあっても安心です!それに、飲みくらべだって負けたことがないんですから」
レーリンちゃんが、バンザイしたまま飛び跳ねる。
「つよつよなの〜!」
「そっか〜!なら安心だねー」
とても仲のよさそうな家族だ。2人の愛を一心に受けるお父さんは確実に幸せ者だろう。
色眼鏡には、安い所は気を付けろって言われたけど、全然問題なさそう。
むしろ、ここから豚小屋を案内されたら、この世の人を誰も信じられなくなってしまう。
うん、決めた。
「しばらくお世話になります」
こうして、僕の滞在先が決まった。




