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1-最高の夏休みを

 夏真っ盛りの8月某日。

 僕は友達と2人で山奥にあるキャンプ場へ向かっていた。


 人生において貴重で重要な、夏休みという名の恩恵を存分に満喫するためだ。

 燦然と輝く太陽がアスファルトをホットプレートへ変えているけど、今日だけはその勤勉さにも感謝を捧げたい。


 キャンプ場へ向かう道中、休憩がてら立ち寄った展望所。見晴らし台から景色を一望しながら僕は歓声を上げる。


「風が気持ちいいし、見晴らし最高!ほんと晴れて良かったよなー!」

「晴れの日を選んで来たんだよ」


 僕の感動に水を差した野郎、もとい友人──秋月(あきづき)正章(せいしょう)は、小学校から付き合いのある幼馴染だ。

 歳は同じで大学2年生。あだ名は、名前の秋と章から取って「あきしょー」。

 恵まれた長身に引き締まった体格、一般的にルックスが良いと言われる部類の容姿。これだけで人生得してくタイプの人間だ。

 実際に小さい頃から近所のおばちゃん達にめちゃくちゃ可愛がられていたし、成長した今でも遠巻きに可愛がられている。

 なんで遠巻きなのかというと、大学入学してから髪を伸ばしたり脱色してグレーに染めたりヤンチャをアピールし始めたからなんだけど……それでもおばちゃん達からの人気が衰えないのは、こいつの外見と外面に惑わされているからだ。

 たぶん「ヤンチャを気取りたい年頃になったのね、時間が経つのは早いわ。うふふ」なんておばちゃん達は思っている。そんな空気を感じる。

 子供の頃から成長を見守っている近所のおばちゃん達にとっては、僕らは幾つになっても可愛い孫のようなものなんだろうね。


 正章とは高校から進路が別々になったんだけれど、疎遠にはならなかった。

 実家同士が近いこともあってか親同士も仲が良く、用事が無くても顔を合わせていたから。休日はほぼどちらかの家で遊んでいた気がする。

 なんなら本人に会わなくても親同士から話が筒抜けだったりするのだから始末が悪い。話好きな母の存在により、その被害の8割は僕だったけれど……この話は割愛しよう。

 大学生になった今でも、正章との関係は変わらず続いている。もはや腐れ縁というやつだ。


 自販機で買ったコーヒーを飲みながら正章が僕にペットボトルを投げてくる。ラベルを見ると、こちらはサイダーだった。僕の分まで買ってくれていたらしい。口は悪いけど、こういう所が憎めない。


「そろそろ行くぞ。まだ登るんだからな」

「らじゃー」


 冷たいボトルを首筋に当てながら、助手席に乗り込む。


 キャンプ場までの移動は正章の車だ。

 正章は高校卒業と同時に車の免許を取り、早々に車まで購入していた。しかも、ワゴン車。勉強そっちのけでバイト三昧の日々を送っても大学生ではとても買えないお車である。

 2年前にスクラッチで100万だか、300万だか当てたと言っていたから、そこから出したのだろうが思い切りがいい。そういうの嫌いじゃないよ!

 ……けど、一生分の運を使い切ったな!と正章を揶揄った数日後、1000円たりとも当たらない僕の横で、また3万円を当てているのを見た時には、この世の理不尽さに心が泣いた。


 そんなわけで、本来なら新幹線に乗るところをワゴン車で長距離ドライブである。お高い車なだけあってかなり乗り心地は良い。

 昨夜よく眠れなかった身としては、うっかり眠ってしまわないよう対策を練る必要がある。そう思って、出発前にエナジードリンクを飲んでいたら、正章に横から搔っ攫われた。「今の状態のお前にドーピングなんてしたら、こっちの身がもたない」なんて子供扱いである。

 むしろ寝ていろとまで言われたけど、絶対に寝ないからな!

 少しテンションが高いぐらいで文句は言わせない。


 そう、今日の日を迎えるまでに、僕はとても頑張ったのだ。



※※※※※※※※※※※※※※



 夏休みをどう過ごすか?

 それは僕たち若人に与えられた、人生の課題と言っても過言ではないだろう。

 疲れた身体を癒しに田舎の実家へ帰ったり──あ、海にも行きたいな。

 長距離恋愛中の彼女の元へ訪ねに行ってみたり──若いっていいね!

 この時期に集中的に勉学に励み、ワンランク上の自分へステップアップする──、それもまたよし。

 どれだけ有意義な時間を過ごせるかは自分の意志に掛かっている。

 僕は今までの経験でそれを悟っていた。


 そうして、今年もやって来ました念願の夏休み。


 僕は──自室の床で漫画雑誌を枕に、見慣れた天井を見上げていた。

 窓は開けたくないけど夏を感じたくて天井に吊るした風鈴──風圧が足りないのか揺れるだけで音は鳴っていない──を、クーラーの風が揺らしている。

 視線を足元へ向けると、寝転んだまま肩肘をついて漫画雑誌を読んでいる正章の姿がある。

 僕が今何をしているかというと、週刊誌の争奪戦にジャンケンで負け、正章が読み終わるのを待っている最中だったりする。

 実に虚無い……。

 何もしていないのに時間だけが過ぎていく。


 僕の家か正章の家で集まって、何をするでもなくダラダラごろごろと暇を潰して、夕食を食べて帰る──なんて、それこそ小学生の時からやっていることだ。

 僕は耐えられなくなって勢いよく体を起こす。


「違う!こんなの僕が望んだ展開じゃあない!」

「何だ、うるさいな。こんなのよくある展開だろ、主人公庇って死んだヒロインなんて珍しくもない」

「ねぇ、それ今週号のネタバレじゃないよね?!」


 一旦、今の話は聞かなかった事にする。


「夏休みという貴重な時間を、こんなグータラ無駄にしててもいいのか?ぜったい、よくない!」

「いいんだよ、今は英気を養う時なんだ」


 漫画から目を離さないまま、正章が僕のベッドの下を指さす。


「俺のことは気にせずに筋トレでもしていたらどうだ?いくらやってもつかない筋肉に嘆くより、ずっと有意義な時間が過ごせる」

「……まるで見てきたように言うじゃないか」

「まるごと見ていた人物からのタレコミだな。おっと、俺はこれ以上は口を割らないぞ?」

「十分だよ!容疑者が1人しか思いつかないからね!」


 お喋り大好きな母を持つと、息子は大変だよ!

 ベッドの下に隠したダンベルの場所まで把握されている事実にのたうち回りたい。うちの息子可愛いのよ♪ってテンションで話すから、悪気が無さ過ぎて止められない。

 僕に筋肉がつき難いのは「母親に似たんじゃねぇの?」なんて正章は言うけれど、そんなの僕は認めない。肉を食ってたらいつの間にかこの体型になっていたなんて羨まし……いや、隠れ筋トレを誤魔化し、僕にやり方を教えない正章の体格をいつか超えてみせる!努力はきっといつか実を結ぶはずだから。

 まあ、そんな心の叫びは置いておいて──、「だりゃー!」なんて声を上げながら正章の読んでいる雑誌を奪い取る。


「おい」

「あきしょーだって、ずっと僕の家と自分の家を往復するだけで夏休み終わっちゃってもいいのか!」

「別に構わないが」

「いやいやいや、嫌なはずだよ。本心では遊びたいって思ってること、友人の僕はちゃんと理解してるよ。ほら、もっと有意義な時間の使い方を考えて!」


 そう言うと、正章はめんどくさそうに眉を歪める。


「あ゛〜……短期集中、この時間を有効活用して勉学に励み、ワンランク上の自分を見せつけてみたらどうだ」

「こそ勉なんて邪道だよ!」


 僕の成績が上がったら、悲しむ友人が多いんだから仕方ない。


「成績中の下の奴がこそ勉したら、それは努力ってんだよ。──そもそも、お前追試終わってんの?」

「……………………あと、少し?かな」


 痛いところを突いた質問に、答える僕の目線は天井を泳ぎまくっていたりする。


「追試にあとも少しもあるか阿保。お前の夏休みはまだ始まってもいねぇの」


 正章は正論で切り捨てられ動けない僕の手から何食わぬ顔で雑誌を取り返すと、またごろりと寝転がり雑誌を読み始める。

 結局、その日は終始外に出かけることもなく日が暮れるまで漫画を読んで過ごすことになった。


 ──こんなんじゃダメだ!僕は奮起した。


 夏休みに入ったはずなのに、夏休みが迎えられない。

 目の前にしながら手に出来ない夏休みを奪い返す為、僕は真剣に頑張った。


 もう一度繰り返す。あえて2度言おう。

 今日の日を迎えるまでに、僕はとても頑張ったのだ。


 まず僕は、正章の部屋に拠点を築いた。

 そして、本人のアドバイスに従い〝短期集中〟で勉学に勤しんだ。

 そう、性格は下の下の正章だが、なんと成績だけは上の上なのだ。こいつを使い潰さない手はない。

 本気になった僕は誰にも止められない。

 丸めた教科書で頭を叩かれても、めげない気持ち。

 「帰れ!」と言われても居座り続けた根性。

 勉強の合間は、お世話になってる正章ママと一緒に皿洗いや買い出しを手伝ってリフレッシュ。


 そしてついに長く険しい戦いは終幕する。

 強制合宿5日目にして僕は見事に追試をクリアしたのだ。


 意気揚々と正章の家まで報告に行くと、僕の勉強道具一式がゴミ袋に詰められ部屋の前に出されていた。

 きっと「もうお前には必要ない物だろう?よく頑張ったな」という、正章なりの労いの表現だと思う──そう思い込んでてやろう。

 そんな細やかな反発をいちいち気にしてはいられない。

 僕の夏休みは、ここからが本番なのだから。


 早速、僕は筆を取った。

 まだ8月を迎えていなかった7月のカレンダーをちぎり取り、裏紙に考え付く限りの計画を書き連ねる。

 1晩をかけ出来上がった『僕の考えた最強の夏休みプラン』を片手に、正章の元を訪ねる──と、何故かすべて却下された。

 唯一、夏祭りの項目だけは「まだマシだな」と行くことを承諾してくれたが、他は全部だ。


 こいつはダメだ、青春を何も分かっちゃいねー。

 ──という事で、人選を変え同じ大学の女っ気の無い男友達を誘い計画を実行した。


 それから1週間ほど経ったある日、正章の方からキャンプに行かないかと誘われたのだ。


 どういう心境の変化かと思ったが、もちろん僕は即答でOKを出したさ。ちょっと食い気味に返答してしまったが、そこは僕の愛嬌だと思おう。 

 こーゆーのを待っていた。これぞ有意義な夏休みの過ごし方って奴じゃないか。

 ウキウキしながらカレンダーを取り出し、プランに「キャンプ」を追加しようとしたら、正章に没収された。夏祭りの項目がまだ残っていたのに……。


 そんな経緯を経て、僕たちはキャンプへ行くことになった。

 キャンプの日程を組む話ついでに、正章が拒否った『僕の考えた最強の夏休みプラン』を、同じ大学の男共5人で実行して来たことを話してやった。

 少しは青春というものを理解しやがれと、多少大袈裟に話してみたが、正章の反応は僕が思っていた反応とは真逆のものだった。

 あの時の正章の顔は、哀れを通り越して同情の様なものまで浮かんでいた。

 子供たちに混じってヒーローショーを見て来たり、メェルヒェンな遊園地に行くも乗り物の待ち時間が長すぎてただ園内を練り歩きながら所持金が足りず1本のチュロスを回し食いしたり、初メイドカフェで巨大オムライスの大食いチャレンジに挑んだり──。

 確かに僕が想像していたよりもむさ苦しさはあったけど、あれはあれで楽しかったんだぞ!


 僕は夏休みの計画に新たな目標を追加したね。この朴念仁に遊びの楽しさってのを教えてやらねばならないって。

 そう決意したけれど、実際にキャンプへ出発したのは、さらに1週間後のこと。キャンプの予約が取れたのがその日だったってのもあるけど、そうでなくても準備にはそれぐらい必要だっただろうなと思う。

 キャンプ素人な僕は、道具を揃えるところから準備する必要があったからだ。


 正章は父親とよくキャンプへ出かけたりしていたが、僕は小学校の時に学校行事で1度だけキャンプに参加したきり。なのでキャンプ道具という物を何ひとつ持っていない。

 最低限の必要な物だけを購入し、あとは正章のお父さん──おじさんの道具を借りることになった。遊園地でアルバイト代が消えていた僕には、元より選択肢なんてなかったのだけれども。

 他に必要な消耗品などは、既に正章が持っている物を使わせてくれるらしい。

 その代わりと言っては何だが、夕飯のカレー作りは任せてくれと言ったら鼻で笑われた。

 あの人を見下し慣れた顔よ……。僕だけじゃなくカレーまで見下しやがって、人参オンリーのシチューにしてやろうか。


 そうして迎えた念願のキャンプ当日。

 僕のテンションが少しくらい高くっても、誰も責めはしないだろう!


 ポーンと機械音が鳴って、カーナビの案内が流れる。


『およそ300m先、左方向です』


 正章はカーナビを見ることもなく、案内とは逆の右へハンドルを切り進む。


「さっきも左って案内出てたよな」


 不思議に思った僕はカーナビ画面に触れ、目的地までのルートを辿ってみるが、距離的にも正章が選んだ右の道の方が目的地には近いように見える。


「左はキャンプ場の裏にでも続いてるのかな?」

「駐車場があるのは右だがな」


 カーナビの画面を辿ると、確かに正章の言う通り右側の入り口付近に広々とした空間──駐車スペースのようなものがあった。チェックインする受付けも駐車場の横にあるらしいから、正規ルートは右のようだ。

 山道がグネグネ曲がってて分かりにくいけれど、左の道の方が目的地までの走行距離的に少しだけ近かったなんてオチなんだろう。


「……案内通りに進んだら、崖だったりして」

「ふっ、それ一昨日やってたホラー特番の話だろ」


 どうやら正章も見ていたらしい。

 投稿された心霊写真から、よくある心霊動画までランク順に紹介する番組だった。僕は家族で番組を見ていたんだけど、その時の様子を思い出して笑う。


「呪われた動く人形のやつ。あれ婆ちゃん家にある人形と同じだったからさ、母さんめっちゃ喜んでた」

「遺伝って嘘つかねーよな」

「エデン?人形の話だよ?」


 そんなこんなと、くだらない話をしながら山道を進む。

 旅路なかなかに順調だった。

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