98.微疲労
ソファに横になったまま少し考える。
ハルヒトやアリサとの距離感をどうしようか悩んでいたけど、他のメンバーとの距離感もおかしくなってるのよね。やけに近いっていうか……以前のように恨まれたり憎まれたりするような距離ではないにしろ、ちょっと仲良くしすぎな気がしてきた。悪いことではないし、何なら良いことなんだけど……前世の記憶を思い出すまでの自分の悪行を思い出すと、特にユウリとは能天気に仲良くなんてしていられない。あとメロやキキとも。
ユウリがどうしたいのかはわからないし、メロにだっていつちゃんと謝れるのかわからない。
けど、やっぱり──デッドエンドを無事に回避できたら、どこかに行けるように準備しておこう。気が抜けてまた前と同じ道を歩むかも知れなくて、あたしはいまいちあたしを信じきれないわ……。
しまった、何か甘いものでもついでに頼んでおけばよかった。
なんかもう本当に疲れた。
ゲームのストーリーとは全然違う展開になっているとは言え、やっぱり油断できないし、違うからこそ余計に神経を使う。あたしのセリフ一つでやばいフラグが立つかも知れないと思ったら……いや、そんな怖いことを考えるのは一旦やめよう。
久々に買い物ができるんだから、ひとまずそっちに集中しよう。
「……さま、ロゼリア様?」
扉の向こうから不思議そうなキキの声と、控えめなノックの音が聞こえてきた。
ばっと起き上がる。気がつけば少しうとうとしていたらしい。
額を押さえながら頭を揺らす。
「キキ? 入っていいわよ」
「あ、はい。失礼します」
ソファの上でだらだらしていたらキキが少し驚いていた。最近はあんまり自堕落なところは見せていなかったものね。まあ本当にどっと疲れたのよ……。
見れば、キキはお茶とゼリーを持っていた。
「それは?」
「え、えぇと、ユウリが甘いものを持って行って欲しいと言ってたので……水田さんが丁度ゼリーを作っていたのであってお持ちしました。水田さんがロゼリア様の感想を聞きたいと言っていました」
ユウリ……!
妙に気が利くところがまたちょっと悔しいというか、なんというか……。ユウリに「ちょっとでも罪悪感があるなら」って言われたけど、ユウリのこういう行動にも罪悪感がちくちくと刺激されるのよね。多分、ユウリにはそんなつもりもないし、ただの善意なのはわかる。
どこまで行っても『いい子』なのよね。そしてそういうのが気に入らない人間に虐められるという悪循環に陥っていた。
「頂くわ」
「はい、こちらに置かせて頂きますね」
「ありがと」
両手を上に突き上げて伸びをする。なんか肩も凝った。
キキがアイスティーとゼリーを置いてくれるのを眺めながら小さくため息をつく。それに気づいたキキが不思議そうにあたしを見つめた。
「お疲れですね」
「まぁ、ちょっとね……ところでキキ」
「はい、何でしょうか?」
姿勢を正してキキに向かい合う。頼まれごとの気配を察したキキがその場に膝をついてあたしを見つめてきた。キキを見つめて口を開く。
「来週デートに行ってる間、アリサのことを注意して見てて欲しいのよ」
「──あ! はい、お任せください」
「できれば、付きっきりでいてもらえると助かるんだけど……どう?」
そう聞いてみると、キキは少し悩んでしまった。
屋敷内の仕事もそれぞれ分担していたり、単独で行うこともあるから難しいのは重々承知している。けど、あたしもメロもない間に単独行動させるのはちょっと気掛かりなのよね。釘を刺したから大丈夫だと思いたい反面、やっぱりアリサ自身がここに来た目的を考えると何かしそうな気がする。
キキは考え込んだ末に、ゆるゆると首を振った。すぐに答えられないみたいだった。
「ちょっと、考えてみます。……ただ、付きっきりは難しいので……あまりロゼリア様のお部屋に近づかないようにすればいい、ということでよろしいでしょうか?」
「まぁそうね。ああ、それなら買い物とかに行かせてもいいわよ」
「あ、それなら何とかなると思います」
「よろしくね」
「はい、かしこまりました」
キキはしっかりと頷いてあたしに一礼した。
逆にアリサを連れて行くっていう手もあったんだけど、正直全く連れて行く理由がないのよね。ジェイルたちを納得させられるとも思わない。
色々と考えながらゼリーを手に取った。ぶどうが丸ごと入ったゼリーでとても美味しそう。食べようとスプーンを手に取ると、キキがじっとあたしのことを見つめていた。何だか食べづらい……。
「キキ? 一口いる?」
「えっ?! い、いえ、あの、す、すみませんっ! そういうつもりでは……!」
キキは顔を赤くしてばたばたと手を振った。ちょっと可愛い。
ちょっとくらいあげるのは全然構わないのにスプーンが一つしかないのよね。流石に共有は嫌よね。あたしのことは以前よりマシ程度に思ってても、同じスプーンを使えるほどではないでしょうし……。
あたしはゼリー、スプーン、キキを順番に見つめた。
そして、ぶどうを一つスプーンですくいあげる。
「キキ、よかったらどう?」
「いえ、あの、……本当に大丈夫です。私はロゼリア様の感想も聞きたいので……」
「わかった。流石に一つしか作ってないってことはないでしょうし、水田に余ってるのを貰って頂戴」
「お気遣いありがとうございます。確かに余ってたので……ちょっとねだってみます」
余ってるのね、良かったわ。これ以上勧めるのも強制みたいになっちゃうしこれくらいにしておこう。
あたしはすくいあげたぶどうを口に運ぶ。すごく瑞々しくて美味しい。これから秋になるし、秋の味覚がバンバン食卓に並ぶんでしょうね。楽しみが増えたわ。
「すごく美味しいわ」
「ありがとうございます。水田さんにも伝えますね」
「ええ、よろしく」
キキにアリサのことも伝えたから、ひとまず安心。
これでキキは「失礼します」と出ていくはずなのに、何故かあたしをじっと見ている。
「何?」
「その、お疲れのようだったので……何かできることがあればと思いまして……」
瞬きを一つ。ま、まぁ、疲れてるところは隠してなかったものね。キキも随分気を遣ってくれるようになったわ。前はそうせざるを得ないところもあったと思うけど、今はそんな感じもない。
嬉しいのは確かなのに、やっぱりそわそわしちゃう。
「……大丈夫よ、ありがとう。でも、しばらく部屋には誰も近づけないでくれる?」
「かしこまりました。……ロゼリア様、あの、ユウリも悪気があるわけではないので……」
フォローするような言葉に思わず笑みが溢れた。ゼリーを食べながら視線を伏せる。
「わかってるわ。あたしの言い方に問題があったのよ」
「そ、そういうつもりじゃ……! その、色々と、ある、ん、ですけど、少なくとも私やユウリはロゼリア様のお力になりたいと思っています!」
「……メロは?」
「メロのことは知りません。ですから、お困りごとがあれば仰ってください」
相変わらず塩対応。堪えきれずにぷっと吹き出してしまった。キキも釣られたように笑う。
そして、「では失礼します」と言ってキキは部屋を出ていった。
ちょっとだけ心が軽くなった。ユウリも確かに役に立とうとしてくれてるのよね。どうにも受け取り方が捻くれちゃうから本当に注意しないと……。で、あたしの言い方もね。
デッドエンド回避のために本当に注意しよう。何がどう転ぶかわからないんだから……!




