91.秘密の話①
「……嘘じゃないのよ、今の言葉」
そう言うとアリサは余計に驚いた顔をした。そして、困った様子でもじもじし始めた。照れてる感じではなく、とにかく「困ってる」って感じ。
この反応だけでそれまでのアリサのあたしへの感情、いや、信用度? が何となく伝わってくる。
うーん、やっぱりあたしはアリサからよく思われてないか、色々と疑われている。今「仲良くなりたい」と告げたけど、この疑いがある限りは望みは叶わなさそう……。
わかってたことだけどね……切ない。
「あの、ありがとうございます……ぜ、ぜひ、仲良くさせてくださいっ……!」
アリサは嬉しそうな顔をして言った。
でも、微妙に引き攣ってるわよ……更に切ないわ。そんなことを指摘してアリサの居心地を悪くさせたいわけじゃない。とは言え、もう少し話をしてみたいのよね。
「ええ、よろしくね。アリサ、少し話をしてもいい?」
「え? あ、はい、大丈夫です。喜んで!」
あら、さっきよりも嬉しそう。って、これはあたしから情報が引き出せるかもって嬉しさね。
なんだかさっきからアリサの表情や言動から感情を読むような真似をしちゃってる気がするわ。そのことはアリサに伝わってないはずだし、あたしがアリサの背景を知ってるなんて知る由もないんだからセーフかしらね。
ゲームをやってた時を思い出すわ。
攻略情報をあまり見ずに頑張ってったっけ。ああ、攻略情報が欲しい。表情とかから好感度とか読み図りたい。いや、頑張れば読み取れるっていうか、想像くらいはできる……? アリサの心の声はテキストで表示されてたし……。
「じゃあ、そこに座って頂戴」
「失礼しますっ」
正面に座らせて、アリサをまじまじと見つめる。
姿勢も綺麗だし見ていて不快なところはないのよね。当たり前だけど。
「ここに来る前にハルヒトのところにいたって聞いたわ」
「はい、八雲会で少しだけ……ハルヒト様を一時的に避難させるお手伝いをしていました。その後は流石に八雲会にはいられなくて……」
「大変だったのね」
「いえ、そこまでではなかったです。あと、こちらに来てからは皆さんよくしてくださって……」
少しだけ突っ込んだことを聞いてみようかしら。
どういう反応があるかわからないけど、当たり障りのない会話だけじゃアリサからの信頼は得られない。アリサにとっては敵みたいなものだから、信頼も何もないかもしれないけど……何もしないよりはマシだと思いたい。
「ねぇ、アリサ。こっちに来る前……あたしのことはなんて聞いてた?」
「……え゛っ……!?」
アリサは一瞬何を聞かれたのかわからないって顔をした後で、完全に固まってしまった。
……わかってる。わかってるのよ。
悪評ばっかりだったのは。
聞くまでもないって感じよね。
アリサは目をきょろきょろと動かし、手を重ね合わせて指を動かしていた。言葉を必死で探してるみたい。それを見ていたらおかしくなってきてしまった。
「ふふ。あたしはね、外でなんて言われてるのか知らないわけじゃないのよ」
「あ、はい……」
「だから、あんたはそういう話を聞いていたと思うんだけど、実際こうしてあたしの傍で働いていてどう感じたのかが知りたいのよ。メイドの中にはあたしのことを『優しくなった』って言う子もいるけど……それが本当なのかどうなのか、あたしには確かめようがないから」
要は外から来たアリサがどう感じているのか知りたいってだけ。
仲良くもなりたいし、アリサとの距離感もちゃんと考えたい。けど、そのための情報が不足してると感じるから。
アリサはあたしの言葉を聞いて神妙な顔をして考え込んでしまった。
これはどういう反応……?
ゲームの時だと、攻略対象からの質問に対しては常に真面目に考えていたと思うのよね。仕事を忘れちゃいけないと自分を戒めながらも、目の前の相手には常に真剣だった。
あたしがそういう風に真剣になってもらえる相手とは思ってないけど!
す、少し期待しちゃう……。
「……確かにこちらに実際に来て、働くまでは、ちゃんとやっていけるのか不安でした。ロゼリア様はとても、えっと、厳しい方だと聞いていたので……!」
あ、言葉を選んだ!
我儘とかヒステリックとか色々あったと思うのに、「厳しい」で済ませるなんて……。
「でも、こうして直接わたしの話を聞いてくださったり、絵も部屋に移動させてくれると言ってくださったり……もう本当に噂とは全然違っていて、……安心しました。あ、もちろん、それで手を抜いてるわけではないです……! 緊張しすぎてミスをするようなことはなさそうで……自分のペースで仕事をさせて頂いてます」
「そう、よかったわ」
「キキさんも墨谷さんも、他の方々も……みんなロゼリア様が変わったと言っています。そう、優しくなったとも……」
それまでは言葉を選びながら、まるでゲーム中で攻略対象にするような真摯な態度で話していた。
なのに、「優しくなった」と言ったところで我に返ったように見えた。
右手を胸元に当てて、少し身を乗り出して──あら?
どこかわざとらしい身振りに目を細めてしまう。
「……ロゼリア様はご自身が変わったと思われますか?」
なるほど。今仕事を思い出して、ロゼリアが変わった理由を、そのままあたし本人に聞こうとしてるのね。
ゲームではあたしがアリサの立場だったから、反対側から見て変化がわかるかどうか全く自信がなかったけど、案外見える。見えてしまう。
けど、あたし自身の妙な誤魔化しは恐らく通じない。あたしは誰かを騙すことは得意じゃないしね。
「どうかしらね。さっきも言ったけど、自分じゃちょっとわからないのよ。でも、変わったと思いたいわ」
「……あの、変わりたいと、思った、のでしょうか? あああの失礼なことを聞いているのはわかってるのですが」
「いいのよ、別に。──質問の答えはYesよ。変わりたいと思って、周りが変わったと思ってくれて嬉しいわ」
「それは、何故……?」
アリサの緊張が伝わってくるよう。
ここで理由まで聞き出せたら、アリサの仕事の大半は終わったことになる。
けど、それっぽい理由は結局ないのよね。言い繕って嘘だと見抜かれるのは絶対によくない。絶対に。
「秘密。理由はね、誰にも言わないことにしてるの」
緊張ががっかりに変わったのがわかった。……案外、アリサの感情の動きが読める。
けど、真面目な話、アリサって実は『陰陽』での仕事は向いてないんじゃない? もちろん、あたしがゲームからとは言え情報を事前に知っていて、アリサを警戒してるからっていうのもあるんだけど……本人が『陰陽』に身を置くことを悩むのも当然と言えば当然の気がしてきたわ。人間として素直で可愛いって長所は、諜報員的な仕事では多分不向きよね……。
がっかりしたアリサだったけど、そこで引くことはしなかった。
すぐにあたしのことを不思議そうに見つめてくる。
「言わない、というのは……何かご事情が……?」
「そうね、それもあるわ。けどね、一番の理由は絶対に誰も信じないからよ」
あたしの言葉にアリサが目を見開いた。
こ、ここまで言っても大丈夫かしら。ちょっとドキドキしてきた。
結構誠実な回答だと思うんだけど、まぁ受け取り手次第よね。はぐらかしても墓穴を掘る未来しか見えないんだからしょうがない。
「そんな、絶対だなんて──」
「絶対よ」
ふっと想像してしまった。
あたしが変わった理由、洗いざらい話した場合のことを。
きっとみんな変なものを見る目であたしを見て、ヒソヒソと話すに違いない。
「頭おかしいんじゃないか」、と。
ただの想像なのに手が微かに震えてしまった。アリサに気付かれないようにカップを下ろす。
誰にも言えない秘密を抱え、独りで苦悩する──。
これがゲームやお話の中のヒロインだったら、きっと寄り添ってくれる誰かが現れるに違いないわ。
でもあたしにはそんな誰かはいないし現れない。
何故ならあたしは悪役で、それに相応しいことをやってきたから。
「……ロゼリア様」
アリサがあたしを見つめる。
その視線から逃れるように、あたしはそっと視線を伏せた。




