88.デートの件①
「ご、ごめんなさい、ちょっと……その……忙しくて……」
忘れてた。と、はっきり言いたくなかったんだけど、誤魔化しきることもできなかった。ドキドキしながらユキヤの返答を待つ。これ以上近づきようもないのに、無駄に携帯に耳を押し付けていた。
『っふふ。あぁ、申し訳ございません。忘れていたとはっきり仰って頂いても構いませんよ』
「……わ、悪かったわよ。本当に。あたしから言い出したことなのに……」
笑われたことで妙に居心地が悪くなり、ちょっと拗ねたような声を出してしまった。
それを聞いたユキヤが電話の向こうでまた笑ったのがわかった。
『……ロゼリア様が今どんな顔をされているのか、見ることができずに残念です』
「何でよ」
『きっと俺の知らない顔をしているのだろうと思いまして』
ままままた『俺』って言った! 心の中で前世の自分がはしゃいでる!
くー、ゲームの中でもユキヤの一人称が『俺』になるたびに悶絶してたわ。丁寧語のキャラクターが『俺』って言うのに弱かったのよ、『私』は。
けど、こうやってユキヤが『俺』って一人称を使うってことは……ちょっとは心を許してくれてるのかしら。ゲーム内だとジェイルとアリスくらいなのよね。……今でもジェイルには『俺』で通してるみたいで、あとはノアもきっとそのはず。
はしゃぐ心の内を押さえつけ、こっそり小さく息を吐き出して自分を落ち着ける。
流石にこの気持ちは隠し続けないといけない。九条ロゼリアという人物像とかけ離れすぎている。
「別にそんなの見ても何もないでしょ……」
『俺にとってはありますよ』
「何よ、それ」
『秘密です』
おかしそうに笑うユキヤ。何よ、気になるわね。
まさか、弱みを握ろうと……? いや、この程度のことは弱みにはならないからそれはないわね。
ユキヤが何のことを言っているのか気になるけど、言いそうにないからこれ以上しつこくするのはやめておこう。
「まぁいいわ。……デートの話ね。一応確認するけど、本当にあたしとデートする気? っていうか、してもいいの?」
『ええ、それはもちろん。ぜひ、よろしくお願いします』
念の為に確認をしてみても、ユキヤは機嫌良さそうに頷いた。
ユキヤがあたしに近付くことでアキヲが「なんだかんだでユキヤは自分の言う事を聞いている」と思わせるのが狙い。実際のところ、既に流れている噂のおかげでアキヲは勘違いをしてくれているらしい。
……その噂だけで十分じゃ? とも思う。
ユキヤに変な噂をつけたくないという気持ちがどうしても、ある。
「本当にいいのね?」
『……ロゼリア様こそ、お忙しいのでしたらご無理なさらず。それこそ、嫌なら嫌だとはっきり仰ってくださっていいのですよ』
「嫌ってわけじゃないのよ……あんたに変な噂がつくのが心配なだけで……」
はぁ、と思わず溜息が漏れる。
『ユキヤとロゼリアがデート』だなんてゲームでは絶対ありえないし受け入れ難いんだけど、約束しちゃったから……あの時なんであんなに気軽に提案しちゃったのかしら。後で我に返って「解釈違い!」ってなっちゃったわ。今もよ。
額に手を置きながら言う。ユキヤが黙り込んで、妙な間が生まれる。
その間が気不味くて何も言えずにいると、電話の向こう側で「ぷっ」と吹き出す声が聞こえた。
「何よ、そんなにおかしい?」
『ああ、失礼しました。そんなことは気になさらないでください。以前にも申し上げましたが、光栄なことだと思っています。今回を逃したら二度とないチャンスかも知れませんしね』
「チャンスって……」
そんな大層なもんじゃないでしょうに。
けど、これ以上「本当にいいのか」なんて聞いてもあたしが嫌がっているようにしか伝わらないわ。これくらいにしておこう。ユキヤがいいって言うならもういいわ。
小さく息をついて、天井を見上げる。
「わかったわ。あんたが気にしないんだったら、ちゃんとしましょ。デート」
『ありがとうございます』
「で。目的が目的だし、どうせなら目立つ、というか人目につくところでデートした方が良いのよね?」
『そうですね。とは言え、大っぴらにする必要はないと思います』
「見せるって目的がバレない程度にって感じよね」
と、自分で口に出して言ってみたものの……そんな感じでデートをしてもわざとらしくなる気がした。本当に仲が良いわけでもないから、最中がぎこちなくなりそうなのよね。
どうしたものか……。少し考えてから、ひとまずユキヤの意見を聞いてみようと思い直した。
「ユキヤ。行きたい場所とか……なんていうか、リクエスト? ……そういうの、ある?」
『色々考えてみたのですが、いざ考えると難しいですね。どうせならロゼリア様のお好みに合わせたいですし……』
「ああ、その方が”らしい”ものね」
思わずくすりと笑ってしまう。
以前のあたしはとにかく相手を良いように振り回していた。あたしに従うのが当然って感じで。実際逆らう相手もいなくて、あたしのご機嫌取りをする人間ばかりだったのよね。今になって思い出すと、ゾワゾワしちゃう。
そんな感じだったあたしが急に相手の好みに合わせて行動する──というのもかなり違和感。あたしがユキヤにベタ惚れって設定にするなら良いんだけどね。
『い、いえ! 決してそういうわけではないです』
「そうなの? 演技ができるかどうかはさておき、必要ならあたしがあんたにベタ惚れってことにしても良いわよ」
そう提案してみると、ユキヤが言葉を失ったのがわかった。
悪かったわよ、こんなことを急に言いだして……。
でも、「あたしが変わった」という事実の説得力になるかも知れない。
というかもう『恋の力で変わった』ってことにした方が手っ取り早い気がしてきた。それっぽい理由なんて簡単に思い浮かばないし、これでアリサが納得して『陰陽』に報告してくれれば丸く収まるんじゃない? ユキヤに惚れてる間は悪いことはしないって思われるかもしれないもの。
あ、そう考えると結構いい案に思えてきたわ。──時系列がおかしいことを除けば。
ユキヤの反応を待ってみると、しばらく無言だったユキヤが電話口で慌てだすのが伝わってきた。
『い、いえっ、それは、流石に……そもそも、私が言い寄ってるということにして頂く話でしたし……辻褄が合わなくなりますので、ロゼリア様にそこまでして頂かなくても結構です』
「そう? それ込みで約束のつもりだったけど……」
『あの、本当にそれはお気持ちだけで十分です。……嬉しいんですが、……後が怖くて……』
後? あ、伯父様?!
た、確かにあたしがユキヤにベタ惚れなんて話になったら伯父様からすごい質問攻めにされそう。変わったことの根拠にするにしてもめちゃくちゃ面倒だわ、これ。
いい案だと思っただけに残念。肩ががくと落ちてしまった。
「そうね、伯父様の耳に入ったら結構面倒になりそうだわ」
『え? ガロ様……? ──ああ! 本当に……本当にそうですね……。……それは本当に怖いどころか、恐怖のどん底に落ちそうです……』
あれ? ユキヤが想像してたのって伯父様じゃないの?
言われて気付いたって反応にこっちがびっくりしちゃったわ。違ったみたいだけど、ユキヤもその方向はかなり抵抗があるみたいだから辞めておこう。あたしも伯父様になんて言い訳していいかわかんないもの。……南地区のこととかも話さなきゃいけなくなるから、余計に拗れそうだしね。今、伯父様に対してちょっと疑惑が生まれてるし。
ベタ惚れ案は却下、と。
ということは、普通に不自然にならない程度に二人ででかける、って感じのデート……。
「あ」
ピコンと頭上で電球が光った(気がする)。
遊園地とかだと何となくハードルも高いし映画もピンと来ないし……って考えてたらひらめいたわ。
ユキヤが「どうかしましたか?」と問いかけてきたので、あたしは思わず口の端を持ち上げる。
「ねぇ、ユキヤ。あたしのショッピングに付き合わない?」