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85.オフレコ⑫ ~ジェイルとガロⅡ~

「仮に、だ」


 ふ。と、吐息を漏らしながら、ガロが言う。

 ジェイルはその先の言葉に耳を傾けた。


「お前がメロたちと同じ立場になりてぇって言うならそれは別に構わねぇ。俺からしても、ロゼの味方が増えるのは嬉しいことだしな」

「では、」

「だが、よく考えろ。ロゼは本当にそれを望んでいるのか?」


 ガロの指摘に黙り込んでしまった。

 確かに短絡的な発想である。ロゼリアの言葉を聞いて、考えた結果だったが短絡的な発想であることも否めない。もっとよく考える必要があると言えばその通りだった。こんな短期間でこの判断が正しいのかどうかは、ジェイルにもわからない。突っ走り過ぎである自覚があった。

 視線に耐えかねるように顔を伏せる。


「ロゼが言ってんのが立場の問題だけじゃねぇのは俺にもわかる。……俺もそうだったからな」


 その言葉に顔を上げ、ガロをじっと見つめる。

 いつだって堂々としているガロにそんな時期があったとは思わなかった。


「先代、つまり俺の親父が九龍会の頭をやってた時にそう感じたんだ。……周りの奴らは俺が親父の息子だから気を遣って良くしてくれるだけで、俺のことを見ててくれる奴はいねぇなって思ったんだよ。まぁ、そういう時期にグレたからな……そん時にできた仲間もいるが……遠回りだと思った。だから、ロゼにはメロたちをつけたんだ。クレアには怒られたがな」


 ガロの話を聞いて「なるほど」と思った。

 確かにロゼリアが周りからチヤホヤされるのは『ガロの姪だから』以外に理由がない。しかもガロが溺愛しているという事実もセットなので、よほどの事情がない限りはロゼリアを蔑ろにしようなんて思う人間はいないだろう。実際、ロゼリアの護衛として傍にいるようになってそういう人間を嫌というほど見てきたのだ。

 だが、ガロの実体験に基づいてメロやユウリ、キキが孤児院から引き取られてきたとは思わなかった。クレアが怒った理由もわかる。昔からロゼリアの溺愛ぶりは変わってないようだ。


「ガロ様にとってその時の仲間がご自分だけの味方、ということなのでしょうか?」

「それもある。もちろん、それだけじゃねぇぞ。元々俺と一緒に仕事をしていた奴が徐々にそうなったってケースもある」

「そうですか」

「だが、立場が変わったからって俺の味方になってくれたって感じたことはねぇな……」


 ひく、と口元が少し動いてしまった。ジェイルの考えが間違いだと突きつけられた気分である。

 何か言おうとしたが、結局何も思い浮かばずに口を閉ざしたままになった。


「逆ならあるがな。俺が頼んで立場を変えてもらった、ってケースが」

「……それは、ガロ様がご自分の味方だと思ったから、ですか?」

「味方っつうか信頼できる相手だと感じたから、だな」


 ロゼリアに「敵だ」と言われたのを思い出し、口の中が苦くなったような気がした。

 あの後、ロゼリアからは「言い過ぎた」と言われたし、「信頼してる」とも言われた。しかし、ロゼリアにとっては『味方』ではないのだ。味方になれるほどの信頼は積み重ねてないことになる。


「お嬢様にとって、自分は心から信頼できる存在ではないというのは……理解しています」

「そうか……お前は、ロゼにとってそういう相手になりたいと思っているのか?」

「──はい、今はそう思っています」


 深く頷くと、ガロは嬉しそうな反面難しそうな顔をした。

 空になったお猪口を置いて、そのまま腕組みをしてしまう。


「ジェイル、お前がそう思ってくれるのは嬉しい。が、簡単な話じゃないのはわかってるか?」

「はい。理解しています」

「さっきも言ったが、ロゼリアの評判はすこぶる悪い。お前が本当にロゼの側に立った時、それをロゼと一緒に受ける羽目になる。要は一蓮托生だ。……あいつが沈む未来しかない泥舟だとしても、傍に居続ける気はあるのか?」


 泥舟──。誰かがそんなことを言っていたなと思い出す。確かメロがそんなことを言っていた。メロは以前、「お嬢と心中なんて嫌だ」と言っていたし、当時は自分もそう思っていたのだ。

 だが、今はどうだろうか。

 仮に沈む未来が見えるなら、ロゼリアを救い出したいと思う。足掻けるなら一緒に足掻きたいと思うのだ。

 決して保身のためだけではなく、ロゼリアにもどうにか沈まずに助かって欲しいと思う気持ちがあった。


 そんな思考を自分の中でまとめながらゆっくりと息を吐き出した。

 真っ直ぐにガロを見つめて口を開く。


「はい。ただ傍に居続けるのではなく、お嬢様が沈まずに済むように……共に悩み、可能なら助けたいと思います」


 ジェイルの言葉にガロが目を丸くする。そこまで言い切るとは思わなかったと言わんばかりだ。

 そして、やれやれとため息をついた。


「お前がそんなことを言い出すなんてなぁ……ありがとよ、ジェイル」

「いえ、お礼を言われるようなことではありません。これは自分の我儘ですから」

「それでも俺は嬉しい。──当のロゼがどう思ってるかは分からねぇがな」


 ガロが目を細めるのを見て、ジェイルは視線を伏せた。ロゼリアがジェイルに対してそこまで求めているとは思えないからだ。

 求められたいという気持ちはさておき、ロゼリアに本当の意味で信頼されるまでには時間がかかるだろう。

 ガロもそう思っているのか、若干渋い顔をしている。


「俺がロゼにそれを言うのも……違うよな?」

「……はい。お気持ちは嬉しいのですが」

「だよなぁ。だとすると、俺は見守ってるから頑張ってくれ、としか言えねぇや」

「いえ、それで十分です」

「ロゼがお前を自分の傍に置きたいって言い出したら、それは喜んで聞く。あいつがお前にそう言えるように、頑張ってくれ。期待してる」


 ガロの言葉を受けて、ジェイルは静かに頭を下げた。

 期待してる──そんな言葉を向けてもらっただけでも十分だ。その期待に応えられるよう進んでいくだけだ。

 この気持ちが何であれ、まずは目指すところに辿り着いてみないと何もわからないからだ。


「ガロ様、ありがとうございました」


 感謝の言葉を告げる。ガロがふっと笑う気配がした。

 ゆっくりと顔を上げたところでガロと目が合い、ガロが「そういえば」と言いたげな表情をする。何かあっただろうかと首を傾げたところで、ガロが悩ましげに眉根を寄せる。


「……ジェイル、お前の主観で構わねぇんだが……お前の目から見て、ロゼは九龍会の会長がやっていけると思うか?」

「……。……正直に申し上げて、現状は何ともお答えしかねます。自分もお嬢様をわかってない部分が多いので……」

「今はまだ微妙なトコか……」

「はい、周囲もお嬢様の適性を判断するには材料が足りていません」


 流石にこれまでの情報だけではできるともできないとも言えなかった。しかし、それはそれとして感じたことを伝えるために更に続ける。


「ただ、良くも悪くも権力と金の使い方に思い切りがいいと感じます。使い所や判断を間違えないよう、お嬢様が判断するのに必要な知識と情報を得られる環境があれば……要は周りの人材ですね。本格的に何かを任せるのであれば、もう少し人材を強化する必要があるのではないでしょうか」

「なるほど。ああ、ユウリはちゃんとやってるか?」

「多少お嬢様との接し方に悩んでいる節はありますが、概ねきちんとやっています」


 ロゼリアにリーダー適性があるとは思わないものの、環境さえ整えばやってやれないことはないとも思っている。

 ジェイルやユキヤから情報を得て、色々判断しているのは好印象だった。そういう意味ではガロがユウリに秘書を命じたのは良かったかも知れない。要はロゼリアに何かを判断するために材料を十分に与えられる、もしくはロゼリア自身が取捨選択できる環境の第一歩がユウリの存在なのだ。あとは経験や基本的な知識だろうか、こればかりはこれから養っていくしかない。

 環境を整えて駄目なら、当然もう終了だ。ガロにはロゼリアのことを諦めてもらうしかない。


「……わかった。参考程度に聞いとく。それよりもロゼには名誉回復してもらわねぇといけねぇからな。今後、多少でも周りの評価が変わるなら期待するって程度だ。駄目な時はすっぱり諦める。流石に俺もそこまでめでたくねぇ。ま、今でも十分めでたいって言われそうだがな。……その辺もまたお前の主観で構わねぇから報告してくれ」

「承知しました」


 そう言って再度頭を下げた。

 自分のことはもちろんだが、ロゼリアの今後はどうなるのだろう。普段の感じからするとロゼリアには以前ほど九龍会の後継者という立場に執着はないようだ。以前はそうあって然るべき、という態度だったというのに。

 少なくとも、ジェイルがロゼリアの『味方』になりたいという気持ちは、決して後継者だからというわけではなかった。

 ロゼリアが正式に後継者にならなくても、今の気持ちは変わらないだろう。


 自分の気持ちはロゼリアに正しく伝わってない気がする。

 いずれ、ロゼリアの本当の意味での『味方』になりたいのだと、不安を和らげられる存在になりたいのだと伝えよう。

 しかし、その先にある想いは秘めておこう。それを告げられる立場ではないのだから。

 そう自分に言い聞かせながら、ガロの部屋を後にした。

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