80.報告と相談③
アリサが屋敷内をうろうろしている途中でメロたちに出会ったらまずい。
ひょっとしたら、いや、ひょっとしなくても恋が始まる可能性がある。
という話はちょっと現実味があるような気がしてきたわ。キキは日頃から顔を合わせているし、まさかそう言うことになるとは思わないけど……ゲームは一応異性間の恋愛モノだったわけだから……うん。大丈夫、だと思いたい。
それはそれとして……ひとまず、キキからの話はこれでいいかしら。
ゲームの中では『当たり前』だと感じていた行動だったから別に思い出さなかったからキキから話が聞けて良かったわ。……あたしのことを心配してくれるのも嬉しかったし。
「キキ、わざわざ悪かったわね」
「とんでもありません。モヤモヤしていたのでご相談できてよかったです」
そう言ってキキは肩の荷が下りたって感じで笑った。
キキも真面目なのよね。ユウリも真面目で……不真面目なのはメロくらいなもの。
「おれが気付いてやったんじゃん」
「はいはい」
恩着せがましいわね。と思ったら、キキもそう感じたらしくって雑な対応だった。メロはめちゃくちゃ不満そうな顔をしている。一応あたしの不満というか不安を汲み取って動いてくれてるわけだから……後でお礼を言っておこう。一応。
これで話も終わったと思ったのか、キキがゆっくりと立ち上がる。
「ロゼリア様、それでは私は失礼させていただきます」
「ええ、ありがとう。──また何か気になったことがあれば些細なことでもいいから教えて頂戴」
「かしこまりました」
そう答えてあたしに向かって一礼をして、応接室を出ていった。
キキを見送って一息。メロを見ると膝の上に肘を置いて、不満そうな顔のまま口を尖らせていた。本当にこういうところは子供っぽいと言うか何と言うか……感情が分かりやすくていいと言う面はあるのよね。
ちょっとだけ笑いそうになりながらメロをじっと見つめる。
「……お嬢。キキ、酷くないっスか? なーんか悩んでるみたいだったからおれがお嬢と話す機会作ったのにさー」
「あんたの声のかけ方に問題があったんじゃないの?」
「えー? 普段通りっスよ」
「それが良くないんじゃないかって話よ」
メロは「そうかなー?」と言いながらソファの背もたれに思いっきり凭れかかっていた。かなりいいソファだから座り心地がいいのよね。この上で眠ったら気持ちよさそうってくらいに。
そんなメロを眺めながら小さく息をつき、口を開いた。
「メロ」
「なんスか?」
「……キキのこと、呼んでくれて助かったわ。話が聞けてよかった」
ありがとう。と、続けたかったけど、何故か言えなかった。言える相手、言えるタイミングがなかなか揃わなくて、こういう時くらいちゃんと言えなきゃって思うのに、上手く言えない。
歯痒い思いのまま口を閉ざすと、メロが目を丸くしてソファから背を離して前のめりになる。
じい、と見つめられるとそれはそれで気まずくなって、思わず顔を背けてしまった。
「お嬢。おれ、役に立った?」
「……え、ええ。そうね、あたしが知りたかったことが知れたもの。役に立ったわ」
「ちょっとはマシになった?」
「マシって……そう、ね。最近のあんたは……悪くないわ」
その判断をするのがあたしでいいのかって思うけど、メロはどこか真剣だった。
あたしよりもマシな人間だと思ってたって前に言ってたから、メロにとってはそこが一つの基準なのかも知れない。確かに不真面目だしやんちゃをしていた時期があって、ゲーム内でも「ロゼリアに引き摺られて悪人になってしまいたくない」というようなことも言ってた。メロなりの線引きがあって、メロなりに色々考えてるのは描写されていたのよね。そこに結構ぐっときた。……『悪』の基準があたしなのが切ない。
そして、悪くないと言う言葉にメロの表情が和らぐ。
あたしの判断で良いのかしら。言っちゃえばアリサに「メロは悪い人間なんかじゃないよ」って言ってもらえないと、こう、ある意味では救われないんじゃないの? 少なくともあたしじゃないのよね。
「よかったっス、ほんと。ここ最近けっこー気ぃ使ってアリサやその周りのこと見てたんで……無駄じゃなくて」
「そう。よくやったわね。えらいわ」
褒めてみると、メロは更に嬉しそうな顔をする。ついでに調子に乗ったのがわかった。
「頑張ったからお小遣いあげるって展開になんないっスか?」
「ならないわよ」
「ちぇ」
「でも、お金を渡すからまたお菓子を買ってきて頂戴」
「! わかったっス」
ファインプレーではあったから、一応ね。
前と同じように半分はあたしのお菓子代、残りはメロの小遣いってことね。単純にお小遣いだけを渡すのはどうにも腑に落ちないのよね。
今度は前回みたいに全部お菓子に突っ込むなんてことはしないでしょ、流石に。
はッ!
さっき「ここ最近アリサのことを見ていた」って言ったけど……これ、何かしらフラグが立ったりしてないのかしら。あたしが知らないだけで、実際はアリサと話もしてるでしょうし……メロのアリサに対する好感度的なものがぐんぐん上がってる可能性はあるわ。ゲームでも攻略対象と会って話をする度に好感度が上がって、一定値を超えるとイベントが発生して、って感じだもの。
やばい。その辺も探っておきたい……!
あたしの中のあれこれが滲み出ていたのか、メロが不思議そうな顔をして首を傾げた。
「お嬢? どうかした?」
「……メロ、単刀直入に聞くんだけど」
「? なんスか?」
「アリサのこと、どう思う?」
「へっ? いや、お嬢に言われなかったら気付かなかったけど、確かに怪しいなーって思うっスよ?」
だめ。聞き方がふわっとしすぎてたわ。さっきの延長のような話だからそう捉えられてもしょうがない。
ここはもうはっきりと──……。
「そうじゃなくて……恋愛対象として、どう?」
メロが鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして何を言われたかわからないって顔をした。
そして、その顔がぐにゃっと歪む。
「はァあああああああ?」
めちゃくちゃ馬鹿にした声を上げるメロ。
……不愉快だわ。でも我慢我慢。重要な質問なのよ、これは。
けど、そんなあたしの心境とは裏腹にメロは心底面白くないって顔をした。
「意味わかんねー! お嬢があいつのこと気に入らないって言ったのに……何なんスか、その質問」
「気に入らないっていうか……いや、とにかくどうなの?」
「どうもこうもない。お嬢が気に入らないならそれが全てじゃん」
「そうじゃなくて」
「お嬢が気に入らない相手を恋愛対象にすることなんかねーよ」
投げやりかつ面倒くさそうに吐き捨てるのを聞いて、ちょっと、いやかなりイラッとした。
こいつ、たまにこういう口の利き方するけど本当に何なの!?
……。
……あ!!!!
ひょっとして──昔のこと、根に持ってる?
中学の時くらいに、メロやユウリと仲の良い女子に嫌がらせを、した。
要は二人ともあたしの『所有物』扱いで、あたし以外の人間に関心を持つのが許せなかった時期がある。恋愛なんて以ての外だし、プレゼントなんかを貰って来ようものなら奪って踏み潰して捨ててた。仲良くしてる女子がいれば、姑のようにネチネチと虐めた。
無論、そんな風にあたしの干渉を受けた二人は他人、特に女子とは少し距離を置くようになってしまったのよ。
キキに対しても同じ。仲の良い男子がいれば、逆に誘惑してやろうと近づいていった。あたしから近づいて、仲良くなって、キキへの興味が消えたとわかったらすぐに切った。
こんな前科があるのに、恋愛対象になる相手が現れたとしても簡単に教えるはずがない。
根に持ってる? じゃなくて、根に持って当たり前じゃない。
……我ながら本当に最悪だわ。
なんか、……反省しても無意味な気がしてきた。
忘れてるだけで過去のやらかしが多すぎる。多分まだきっと色々忘れてる。




