79.報告と相談②
「ちゃんとアリサのことを見ているつもりなのですが……たまにふっと姿を消すんです」
「姿を消す……?」
すぐにどういうことか飲み込めずに首を傾げてしまった。メロは心当たりがあるって顔をしている。
キキはあたしに説明するために一呼吸置き、それから軽く両手を持ち上げた。
「こう……業務と業務の合間というか、ちょっとした時間があると何故か姿が見えなくなることがあるんです。すぐに戻ってくるんですが、どうもその少しの間に屋敷の中を見て回っているみたいで……多分、初日にロゼリア様のいらっしゃる浴室に行ったのもそれかと……」
やだ、ちょっとした不審者だわ……。
確かにゲーム内でも仕事と仕事の合間に屋敷内の間取りや時間ごとの人の動きなんかを確認するためにあちこち歩き回ってたっけ。たまにNPCであるメイドに「どこ行ってたの?」と聞かれることもあった。アリサ、もといアリスを操作していた時は必要な動きだと思ってたから気にしたこともなかったわ。客観的に報告されるとこんな不審者っぽかったのね。想定外よ。
アリサはゲームと同じように屋敷内の間取りなどを確認しているに違いない。
そして少なくともキキには「おかしい」と思われてる。……ゲームだったら進行にはかなり問題がありそう。
「なるほどね。それは結構な頻度なの?」
「一日に最低一回は……日によっては複数回あります」
「それで仕事に支障はない?」
「仕事に支障自体はないんです……本当にちょっとした時間の話なので……」
「そうなの……」
キキは小さくため息をついた。
だからこそ報告であり相談なのね。仕事に支障はないけど謎の行動をしている、ということで。
あたしはゲームを知ってるから今いるアリサがどうしてそういう行動をしているのか予想できるし、ゲームのストーリー上の話であれば別に変な行動だとも思わない。
「アリサのそのことは注意というか、聞いてみたりしたの?」
「どこに行ってたの? って聞いたくらいです」
ゲームまんまだわ。この場合はキキがNPCのセリフを言ってしまっている。
「それに対してアリサはなんて?」
「特には何も。すみませんと謝るだけで……ただ、本当にちょっとした時間だったり、少しだけ戻りが遅い気がするというだけなので、言い辛いんです。私以外は気付いてないか、気にならないレベルなので……」
なるほど。前任かつ教育係であるキキしか気付かないレベルなのね。
だからこそ言っても良いような気もするんだけど、それでも悩むレベルってことか……ゲームでも「こっそり気付かれずに調査できた!」ってウキウキしてるシーンもあったし、きっと一日に最低一回キキに見つかるってだけで本来の回数はもっと多いんだわ。
あたしは腕組みをしたまま、指先で腕を叩きながら考え込む。
「あ。墨谷も気付いてないの?」
「はい、気付いてないというか……新人でまだ屋敷自体に慣れきってないからこれくらいは許容範囲か、または個人差だと感じてるのだと思います」
墨谷も気にしないんだったらそれは言い辛いでしょうね。キキも気になるけど自分が気にし過ぎなだけかもって悩んでるみたいだもの。
──そうだ。ゲームでは確か──……。
「ねえ、キキ。アリサの仕事のスピードはどう?」
「え? 普通、というか、丁寧にやっていると思います」
「つまり、ゆっくりめ?」
「えぇと、そう、ですね……遅いということはないです。丁寧に進めているのがわかるというか……」
「ふうん?」
なるほど、なるほど。
アリサは意図的に仕事のスピードをゆっくりめにして調査の時間を確保している。これはゲーム内でも言及されていた。あんまり遅いと手際が悪いと思われるから丁寧にやって少しゆっくり仕事をこなしているように見せてるってことだわ。
ということは、やっぱりキキの目から離れて屋敷内の調査をしている回数は時間はもっと多いはず……。
そんなことをあたしが考えているとキキがスカートの裾をぎゅっと握りしめる。視線を手元に落として悩ましげに溜息をつく様子から、困っているのが伝わってきた。
「ロゼリア様……アリサは仕事面では問題ないと思いますし、多分このまま引き継いでもロゼリア様の身の回りのお世話もできると思います……けど、言葉にするのが難しいレベルで引っかかるんです……。……こんな状態でアリサにバトンタッチをしていいのか、ちゃんとやってくれるのか心配で……まだ一週間ですし、気にすることはないかもしれません。けど、やっぱり……」
──あたしはキキを穴が空くほど見つめてしまった。
こんな風に不安になっているキキを見ることになるとは思わなかったから。
だって、キキにしてみれば別に後任が仕事さえしっかりしてれば良いんじゃない? 行動がちょっと引っかかろうがそのまま引き継いでしまえば、後は本人の責任だもの。キキが仕事に携われなくなっても墨谷もいるから、別にキキだけが何かを言われるわけじゃない。
なのに、キキは自分の後のことを心配している。
どうやらメロもそう感じてるみたいで、ぽかんとした顔でキキを横から見つめていた。そしてあたしが何をどう言おうか悩んでる間にメロがゆっくりと口を開く。
「キキ、それってお嬢のこと心配してる?」
「当たり前でしょ。仕事はしても、あなたみたいに見えないところで変なことしないかって心配なのよ」
「なんだよ。おれみたいに、って」
「そのままの意味よ。何か裏があるんじゃないかって疑ってるの」
「おれに裏なんかねぇっつーの」
「あなたはそうでしょうね」
メロに対してキキはかなりドライ。というかいわゆる塩対応。
ユウリと一緒にいる時もそうだけど、三人は単純に『仲良し』だと思ってたのに、実際は違うんだってわかってきた。同期みたいなものだからセットにされることが多いだけの話だった。もちろん、仲が悪いってわけじゃない。不思議な関係性があるみたい。
ただ、そのやり取りに少し和んでしまったのも事実。
「──キキ」
「あ、はい。なんでしょうか?」
静かに呼ぶとキキはあたしのことを真っ直ぐに見つめてきた。小さい頃を思い出してちょっとだけくすぐったい。
「アリサは執務室やあたし専用の応接室に行ってることってあった?」
「……はい、恐らく。ですが、基本的に立ち入れませんし、普段は鍵がかかっているので廊下から室内までは入ってないはずです」
「そう。なら、今度そういう機会があったら……あたしがアリサの姿を見て不審に思ってたって伝えていてくれない? もしくは、いつ執務室や応接室にいたかわかれば……あたしから『何してたの』って聞いてみるわ。……どっちがいいと思う?」
どっちが良いのかしら。ここはキキの判断を聞いてみたい。
前者で済むなら良いんだけど、後者の方が確実な気もする。けど、あたしがそこまで出張って良いのかって気もする。ちょっと悩ましい。
キキもそれは同じらしくて、少し悩んでしまっていた。
「……どちらかと言えば、申し訳ないのですが……ロゼリア様から、でしょうか? 私が伝えても、私の目を盗んで行動する可能性の方が高い気がするので……」
「そう。じゃ、あたしからアリサに言うわね。──いつこの部屋か応接室に来たか、わかる?」
「昨日、多分執務室か応接室のどちらかに行っていたはずです」
「わかったわ。昨日ね。……他にもあたしの部屋やあたしの傍に行こうとするタイミングがあれば教えてくれる?」
「はい、かしこまりました」
これでアリサがどう出るか……。
釘を刺した上で行動が変わらないのであれば、もう少しこっちとしても動きようがある。アリサの行動の謎を、アリサの口から聞きたいのよね。ただ、『陰陽』という秘密組織的なものに所属している以上、今のところ敵であるあたしに教えてくれるかって言うとかなり怪しい。
けど、『ロゼリアがアリサのことを不審に思ってる』とプレッシャーを与えることで少しは何かが変わるはず。ゲームでは序盤でこんな風に誰かに気付かれるなんてことはなかったもの。
攻略対象に偶然その姿を見られてしまい──というところから、ルートが分岐する。
……あら? 今、メロやユウリ、ジェイル、ハルヒトにその姿を見られたらまずいんじゃ……?
なんだか急に不安になってきたわ。
 




