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08. オフレコ① ~ジェイルとメロⅠ~

「なァ」


 南地区から戻り、ロゼリアが自室に戻ったのを見届ける。戻ろうとするジェイルに、メロが珍しく自分から声をかけてきた。

 ジェイルはほんの少しだけ嫌そうな顔をしてから振り返り、メロに視線を向ける。


「なんだ」

「お嬢、どうしたんだと思う? 急にまじめっぽくなって……なんか気持ち悪くない?」

「口を慎め。……九龍会の後継としての自覚をされたんだろう」

「こんな急にぃ? 実はマジでやばいことになって慌ててるだけだったりして」


 周囲には誰もいない。だからか、メロは軽口を叩いていた。

 九条ガロが住んでいる大邸宅がある敷地内に、ロゼリア専用の邸宅を与えられている。元々ガロの妹、ロゼリアにとっての母親であるクレアが使っていた邸宅だった。周囲を椿が囲んでいることから『椿邸』と呼ばれている。この椿はクレアの趣味だ。当然、ロゼリアは母親が好きだった椿を大切にしている。だからといって自分で世話をするわけではないのだが。

 今は椿の時期ではないので緑の垣根が広がっているだけである。

 そんな椿邸を出たところでメロはジェイルを引き止めていた。


「大体後継ってさ。……誰もあんな女に会長の代わりが務まるなんて思ってないだろ」

「だから口を慎め。今はそうかも知れないが、未来はわからないだろう。お嬢様もまだ若い」


 当たり前だが、ロゼリアの評判は散々だ。

 我儘、高慢、横柄、気分屋、ヒステリックなどなど、いいところを探すのが難しいくらいに。

 それでもロゼリアが好き勝手にできているのはガロの存在があるからこそだ。彼がロゼリアのことを大切にしていなければ、きっと色々違っていただろうけれど、たった一人の妹であるクレアの子供であることから溺愛されている現状だ。クレアとその夫はロゼリアを残し事故死、ガロの妻であるエリーゼも同じ事故で命を落としている。

 当時両親を失ってショックを受けたロゼリアに同情を寄せるものも少なくなかったが、今となっては彼女に同情を寄せる人間など皆無だ。


 椿邸から少し離れたところでメロが足を止める。ジェイルもぴたりと足を止めた。


「……まー、おまえは会長の命令があるからお嬢の言うこと聞くしかないんだろうけど、おれはやだな。泥舟に乗ったまま沈みたくない。お嬢と心中なんて絶対やだ」


 メロのストレートな言葉にジェイルは顔を顰めてため息をつく。何か言わんとしてに口を開くが、それでもそれ以上言えないとばかりに首を振った。

 答えないだけで、ジェイルもロゼリアと一緒に沈むのは嫌だと思っている。

 ジェイルから見たってロゼリアは見えてる地雷か、沈むのがわかっている泥舟だ。


「お前はお前の好きにすればいいだろう。……俺は、もう少しお嬢様の様子を見て判断する」

「南地区の管理代行を任されてからもう二年経つじゃん。様子を見るって時期は過ぎてんじゃない?」

「それでも変化が見られるなら多少は待つさ」

「多少ってどのくらい?」

「……さあ?」

「なんだそれ」


 メロががくっと肩を落とす。それから何か思い出したように目を細めた。


「まあ……ただの『ふり』かもしれないし?」

「……ふり?」

「お嬢、一応頭は回るし悪知恵も働く。──まぁ、かなり昔の話なんだけど……お嬢とユウリ、あとキキの四人で遊んでた時にお嬢がうっかり会長が大切にしてる高い壺割ったの。会長に見つかった時、お嬢がなんて言ったと思う?」

「……なんて言ったんだ?」


 ──お願い、伯父様! メロを怒らないで!


「ガキながら耳を疑ったし、ユウリもキキも目ぇひん剥いてたよ」


 メロが当時のことを思い出して苦笑し、なんとも言えない顔をしていた。

 ジェイルは少し考え込み、意外そうな視線をメロに向ける。


「……というか、真瀬と小山内(おさない)とは、昔から一緒なのか?」

 

 小山内というのはロゼリア付きのメイドであるキキの名字だ。フルネームは小山内キキ。

 ズレた返答をしてしまったジェイルにメロは乾いた笑いを零した。


「そこぉ? まぁ、おれとユウリとキキはほぼ同時期に来たから、少なくともおまえよりはお嬢と付き合い長いよ。元々はお嬢の遊び相手として連れてこられたんだもん」

「……俺がお嬢様の護衛につくようになったのはここ数年の話だからな……三年くらい経つか……」

「それはいいとして……昔はお嬢もちょっと我儘で悪知恵が働く程度の普通の子だった。……未来はわかんねーっておまえは言うけど、今より悪くなることだってあるってわかってる?」

「当然理解している。普通の子供だったお嬢様がああなっているから、お前はお嬢様が信用できないんだろう?」

「そゆこと。……昔みたいに、おれが悪いってことにされちゃたまんないって」


 あれより悪くなることがあるのだろうかとジェイルは少し考えた。

 悪くなるとしたらそれこそ会長であるガロにすら反発をすることしか思いつかない。けれど、いっそそうなってくれた方がジェイルとしては容赦なく切り捨てられているというものだ。

 決して、そんな展開を望むわけではない。


「……さっきも言ったがお前はお前の好きにすればいい。俺は俺で好きにする」

「お嬢に責任押し付けられないようにね」

「わかっている。しかし、今のお嬢様の変化は……俺にとっては歓迎すべき変化だからな……花嵜、お前はこれまで通りのお嬢様でいた方がある意味で好き勝手できてよかったんだろうが」

「言うことさえ聞いてりゃちょっと悪いことしても目ぇ瞑ってくれたしね。小遣いも弾んでくれたし」


 ロゼリアはメロの手癖が悪いことを知っていながら見過ごしていたと言っていた。メロの手癖の悪さなどはロゼリアの地雷を踏むほどではなかったらしい。

 だが、状況は一変してしまい、メロにとってはやり辛くなった。

 はあ、とメロは疲労感を滲ませてため息をつく。


「ジェイルの言う『多少』に期限がついてんだったらおれもそこまで我慢しよーって思うんだけどなぁ……」

「お前……」


 メロが損得勘定をしているのが見えたのでジェイルは呆れてしまった。あんな風に釘を刺されては下手な行動もできないのに、いつロゼリアから離れるのかを考えているのだろう。

 ジェイルには『ガロの命令』という大義名分があるのでそれに従うまでだった。


「ある日突然おれが逃げたら上手く誤魔化しといて」

「断る」

「ケチ」


 「ちぇ」とメロが悪態をついた。

 ジェイルはこれ以上は付き合っていられないとばかりに歩き出す。

 メロの部屋は椿邸の中にあり、基本的に四六時中ロゼリアの傍にいることになっている。そのため、ジェイルがもう何も話す気がないとわかるや否や、邸宅の中に戻ってしまった。

 そんな姿を肩越しに見てから、小さくため息をつく。


(……お嬢様がガロ様の期待を裏切らないように祈るばかりだな)


 今日のロゼリアの言動が本心であればいいが──。

 メロの言う過去の話も気になる。『ふり』じゃないことを祈るばかりだった。

カキフライ食べたい。

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