76.一息と言う名の
ソファでのんびりしている傍ら、ジェイルはあたしの正面に腰掛けていた。立ったままだと何か言われると思ったんでしょうね。正解よ。
しばらくするとキキ──と、お茶セット一式を持ったアリサがやってきた。新人教育中なのね。
「失礼します」
「失礼します……!」
キキはいつも通りだけどアリサは緊張しているように見える。
「ロゼリア様、アリサに準備をさせてもよろしいでしょうか?」
「いいわよ。実地が一番だしね」
「ありがとうございます。……アリサ、さっき教えたとおりに」
「はい」
キキは後ろで見ているだけだった。ちら、と視線を向けると、あたしに向かって目礼をする。
必然的にアリサの行動に注目してしまうことになり、それはジェイルも同様だった。あたしが「アリサの存在が不安」と言ったからか、見すぎってくらいに見ている。そのせいでアリサは落ち着かない様子。けど、それで手が震えたり、ティーポットやカップを落としたりしないのは流石というか……。傍から見れば「緊張してるみたいなのによくやってる」って印象ね。
こうやって眺めてみるとやっぱり可愛いのよね……。
メイド服も似合ってるし、初日ながら仕事も真面目にちゃんとやってるっぽいし、ジェイルたちが惚れちゃうのもわかる。惚れても良いし、一緒にどこかに行ってもいいけど、あたしのことは殺さないで欲しい。
アリサがあたしのことを探りに来たのは間違いないから、言動には注意しないといけない。
……まぁ、昨日完全にやらかしたけど。
「お待たせいたしました」
アリサが丁寧にお茶の準備をしてくれた。
あたしとジェイルの分。カップ向きとかも全く問題がない。……まぁうちに来る前に必要なスキルは習得してるって設定だし、メイドの仕事をする分には本当に問題はないのよね。
ソーサーを手に持ってカップを持ち上げる。香りも変な感じはしないし、いきなり毒物を仕込んでくるということはないと思いたい……。
そ、と口をつけて一口。
アリサとキキがやや緊張した面持ちであたしのことを見つめている。あんまり見つめられると落ち着かないんだけど、二人にしてみればあたしの反応が気になるのは当たり前の話なのよね。
「あら、美味しいわね。ありがとう、アリサ。この調子でよろしくね」
そう言って微笑んで見せる。あたしの微笑みにキキとジェイルはぎょっとしていた。対して、アリサは心底ほっとした様子。あたしだって体裁のために微笑みくらい浮かべるわよ。差がありすぎてちょっと笑いそうだわ。
「アリサ、昨日は悪かったわね」
「えっ」
「ちょっと色々あって酷い態度を取ってしまって……」
アリサがトレイを胸に抱いて目を丸くしていた。ジェイルもキキも驚いている。あたしだって(以下略)
しばらく黙っていたアリサはちょっと慌てた様子で小さく首を振る。
「い、いえ、そんな……わたしの方こそ出過ぎた真似をしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「許して欲しいとは言わないわ。けど、アリサが働きやすいように、あんな態度はもう取らないように気をつけるから」
「……は、はい」
何を言われているのかわからないと言わんばかりの表情。ただ、これが演技なのか、素の反応なのかちょっと判別がつかないわね。すぐにそのへんを判断する必要もないし、じっくり観察していこう。
キキがアリサの背中をそっと撫でると、二人は同時に一歩下がった。
「ロゼリア様、それでは失礼いたします。何かございましたらお呼びください」
「失礼しますっ」
そう言ってキキとアリサは執務室を出ていった。
それを見送って一息。アリサに注目しすぎて逆に気疲れしちゃった。もうジェイルしかいないし、少し落ち着こう……。
と、思っているところでジェイルが控えめかつ訝しげに声をかけてきた。
「……お嬢様」
「何よ」
ジェイルもお茶を飲めばいいのになかなか手を付けようとしない。
「いえ、白木のことを気にしていた割には……その、」
「あたしがアリサをイビるとでも思ってたの? 余計なことをせずにちゃんと仕事をしてくれれば……あたしだって警戒しないわ」
そこまで言ってお茶を飲む。キキの淹れたお茶と比べても遜色がないわ。
ジェイルはようやくカップに手を伸ばして、一口飲んでいた。特に美味しいともまずいとも言わず、ただ普通にお茶を飲んでいる。
「つまり、お嬢様は白木が何か余計なことをするんじゃないかと懸念があるわけですね」
「理由は言わないって言ったでしょ」
「申し訳ございません、そうでした。……何かお困り事があれば何でもお申し付けください」
ジェイルはそう言って目を伏せた。
正直、アリサをどう扱うべきか困っている。あまり関わらずに遠ざける方向に動くべきなのか、親切にして懐柔する作戦に出た方がいいのか──。遠ざけすぎるとアリサがあたしに対する疑念を深めるかもしれない。かと言って、親切にしたところで懐柔されるかというと『陰陽』という組織がバックにある関係で難しそう。
遠ざけすぎず、かと言って近づきすぎず……程よい距離感が望ましい。
こう、「九条ロゼリアに不審な点はありませんでした。終わり」ってささっとアリサが立ち去れるような……。
具体的にどうするかはメロからの報告も待とう。今は普通にしていた方が無難だわ。
さっきみたいに言動を観察してみたいしね。
「ジェイル」
「はい、何でしょうか?」
ジェイルはカップを置いて姿勢を正した。別にそこまできっちりしなくてもいいのに。
あたしはお茶を飲みながら続ける。
「あたしが警戒してるからってあんたまで警戒する必要はないのよ」
「しかし、」
「アリサが怖がるでしょ。できる限り普通にしてて頂戴。別に、アリサと仲良くしたっていいんだし……」
「……つまり、白木のことを探れと?」
ぶっ。あと少しになったお茶をちょっと吹き出してしまった。
何でそんな変な深読みするのよ……!
ごほごほと咳き込むとジェイルが慌ててソファから立ち上がり、あたしの傍に跪く。
「お、お嬢様、」
「……べ、別にそんなことは言ってないでしょ。あたしがアリサを警戒しているのはあくまで個人的な理由なの。あんたの目から見て、仕事ぶりや人格に問題がないと判断するなら……それはそれでいいの。あたしの個人的な理由に付き合う理由ないのよ」
「いえ、あります」
思いの外はっきりと言われて言葉につまった。
……。いや、ないわよね? ジェイルにしてみたらアリサがちゃんとキキの後任を務めてくれるなら問題はないはず。
あたしは思わず首を傾げてしまった。
「午前中にも申し上げた通り、俺はお嬢様の力になりたいのです」
「え、ええ」
「ですから、お嬢様が仰る『個人的な理由』というものにも寄り添いたいと思います」
最近『俺』って言う頻度高くない?! なんで!? 気を許してくれてるってこと!?
良いことよね? 多分良いことなのよ……。
少し混乱しながらジェイルを見つめる。ジェイルは視線を逸らさずに、あたしを見つめ返した。
「……わかったわ。けど、やっぱりあんたはあんたの目で、アリサを判断して欲しい。あたしの思い過ごしならそれが一番だもの」
「承知しました。期待に沿えるようにいたします」
そう言ってジェイルが笑った。
笑顔も! 多いのよ! なんかドキッとするからやめてほしいわ。ゲーム内のスチルとか良いシーンを思い出しちゃう……。
内心ドキドキしそうになるのを抑え、それが表に出ないようにそっと視線を外すのだった。
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