75.こっちも忘れずに
「で、ジェイル」
「はい、お嬢様。南地区のことでしょうか?」
話が早くて助かる。
今日の午前中もユキヤに連絡を取るとか言ってたし、進捗が知りたいのよね。ユキヤは基本的にジェイルにしか連絡しないから。
執務室の執務机について、その正面にジェイルがいる。威圧感があるものの段々慣れてきたわ。
「ユキヤと連絡は取れた?」
「はい、短時間ですが話ができました」
「何か言ってた?」
「……はい」
む。歯切れが悪いわね。まさかまずいことがあったとか……?
聞きたくないけど聞かなきゃいけない。
あたしは先を促すようにジェイルを見つめると、ジェイルは一呼吸置いて話を始める。
「以前、お嬢様が商会を購入されたでしょう? あの後、ユキヤが残りの商会のうちアキヲ様の名義やそれらしい名義の商会について調査をしたところ、その結果というか中身が分かってきたという話でした。
……やはり、怪しい金の流れがあるそうです。厄介なのはアキヲ様のところに金が集まっているわけではなく、南地区から金が流出しているようだと……恐らく、その流出先は以前からアキヲ様と繋がりがある組織でしょう。金の流れとともに見知らぬ人間が南地区内を出入りしているようなのです」
金の流出先である組織の人間が南地区に入り込んでいるということよね。そして、恐らくその人間たちは決して南地区の緑化活動やボランティアのために来ているわけじゃない。
勝手な推測だけど、中止をさせた計画を無理やり実行させようとしているんじゃないかしら。
「そいつらが何をしているのかってわかる?」
「南地区には港があり、倉庫街になっているのはご存知ですよね。そこへの出入りが見られるということでした」
「……あら? 倉庫街って数年前から区画整理も兼ねた倉庫の建て替えや修繕をやってなかった? 理由は単純な老朽化っていう話よね」
「はい、仰る通りで……ロゼリア様が代行になる前からその区画整理は開始されています。全てがその対象だとは思えませんので、一画が計画に使用されるのでしょう。以前から計画に組み込まれていたのか、ロゼリア様が代行でいらっしゃったからここぞとばかりに追加したのか……今はまだ調査段階です」
以前から組み込まれているって話の方があたし個人はありがたいのよね。あたしの責任じゃない部分が出てくるから……けど、そうなったらユキヤの方が気に病んじゃうわ。そういう意味では、あたしが代行になったから調子に乗って区画整理事業の中に計画を組み込んでくれていた方が──……いや、どっちもどっちだわ。調査を待ちましょう。
あたしは腕組みをして考え込む。
ゲーム内では確かに人身売買や闇オークションの場所は港の倉庫街だった。そこでの潜入イベントがあって、アリスが動かぬ証拠をゲットして陰陽に報告をして、という流れ。ルートによっては一緒に忍び込むか、アリスの見送りと迎えだけで終わるか、ここもキャラによって違ってたのよね。
倉庫街のどの倉庫、いや、どのあたりだったかしら……流石に住所までは出てこなかったけどもう少しざっくりした場所の情報くらいはテキストで表示されていたはず……。ああ、ダメ。細かい情報が思い出せない……!
「お嬢様、それからもう一つ」
「え? あ、あぁ、何?」
考えすぎていたところをジェイルに引き戻されたので、一旦考えるのをやめた。あとで落ち着いて思い出そう。
ジェイルはちょっと言いづらそうにし、一度小さく深呼吸をしてから口を開いた。
「……これも、恐らく、という話になってしまうのですが……。
以前アキヲ様からの商会買い取りに使った金銭、そのまま外の組織に流れているものと思われます」
あたしは思いっきり溜息をついてしまった。
あれは計画中止のための資金という意味合いもあって、そこまで安い金額ではなかったはず。それをそのまま流すだなんて、あたしの指示に従うつもりは全くないということね。わかってたけど!
ちょっとでも期待したあたしが馬鹿だったわ!
「……やっぱりね。ちょっとは期待してたけど、そうなるわよね……」
「お嬢様。これはあくまで一意見なのですが……」
「ええ、何?」
「これまで集めた情報だけでもアキヲ様主導で不正な金銭の流れがあるのは明らかです。然るべき調査を入れることでアキヲ様を罪に問うことは可能ではないでしょうか?」
「うーん……」
ジェイルの言いたいこともわかるんだけど、ユキヤがその手法を取ってない時点で明らかなのよね。
「ユキヤにもその話はした?」
「ええ、しましたが……お嬢様と同じくいい反応ではありませんでした」
「調査を入れて罪に問おうとしても、アキヲはただ頭を下げるだけになるわ。秘書や経理が勝手にやったとかなんとか、スケープゴートはいくらでも用意できると思う。要はとかげの尻尾切りになっちゃうのよ……だから、確たる証拠を掴んで言い逃れができない状態にして、アキヲ本人にきっちり責任を取らせたいのがユキヤの本音じゃないかしら」
そう言うとジェイルが「ですよね」と言いたげな顔をした。分かってて聞いたのよね、ジェイルは。
中途半端にしてしまうと、また同じような問題が起きる可能性がある。だから、アキヲの逃げ道を塞いで実権を持てないところまで追いやるしかない。
って、これはゲーム内でアリスがロゼリアに対して考えてたことだわ。奇しくも同じことを考えて、似たような行動をしていたのね。変な感じ。
「承知しました。では、金の流れをもっとはっきりさせるのと、……倉庫街が何に使われるか、ですね」
「倉庫街でやりたいのは人身売買と闇オークションじゃない?」
「……ご存知だったのですか?」
あたしは笑って首を振った。ゲーム内の情報としては知ってるわ。
けど、今はそんなことなんて答えられない。
「いかにも、って感じがするでしょう? 何となくよ」
「は、はぁ……」
「何に使われるのかもそうだけど、場所の特定をしたいわよね。虱潰しに探しても良いかもしれないけど、案外あそこの倉庫街は広いわ。場所が特定できるなら調査も一気に進むし……」
本当に何を置いても場所が知りたいのよね。
倉庫街を全部調べ上げるのは人も時間も足らないし、大っぴらに調査もできない。
場所、場所……。「○○の✕✕」って感じで何か場所の情報があったはずなのよ……! あたしが思い出すのが一番手っ取り早いのに、ふわっとした軽い情報だったから全然思い出せない。
あたしは机に肘をついて眉間に皺を寄せてしまった。
とんとんとん、と人差し指で机を叩いてなんとか思い出そうとする。
けど、前世の記憶だからかうまく思い出すことができなかった。
「お嬢様……ユキヤも、もちろん自分も調査をしていますので、もう少しお待ち下さい。良い報告ができるように尽力します」
「──わかったわ。あたしも心当たりがあれば言うから」
「はい、承知しました。……一息つきませんか?」
ジェイルが気遣わしげな視線と声を向けてくる。
昨日はアレだったし、今日のハルヒトもアレだったしで、疲れていると思ったらしい。……まぁ、疲れてないと言えば嘘になるんだけどね。気疲れ、というか……。
「そうね、そうするわ……」
そう言って立ち上がったところでジェイルが内線で厨房に連絡をし始めた。それを見てジェイルに近づいて腕を軽く叩く。
ジェイルはびっくりして受話器を取り落としそうになっていた。
「お茶だけでいいわ。お菓子はさっき少し食べたし……」
「しょ、承知しました」
「あんたも付き合うのよ」
そう言ってからソファに向かい、どさっと腰を下ろす。
ジェイルがどこか嬉しそうに「ありがとうございます」と言っているのを聞きながら、少しだけ目を閉じた。
 




