74.オフレコ⑩ ~ハルヒトとメロとユウリ~
ハルヒトとメロとともに応接室に残されてしまった。
ロゼリアは恐らく南地区のことをジェイルと話したいらしくて、ジェイルだけを連れて行ってしまった。ハルヒトの世話を買って出たのはユウリなのでこの状況も仕方がない。誤算だったのはハルヒトが少し面倒くさそうな人間だったことだ。
けれど、このロゼリアが嫌がった理由がハルヒトのこの性格だけだとは思えない。ロゼリアは理由は言う気はないと言っていたのであまり考えないようにし、ハルヒトに近付く。
「ハルヒト様。屋敷の中をご案内しますが……お茶とお菓子を食べてからにしますか?」
「ああ、……そうだね。お茶だけは飲んじゃうよ、少し待って」
そう言ってハルヒトはゆっくりと残ったお茶を飲み干していた。
やけに飲んだり食べたりに時間をかけるのが不思議である。そう言えば、話をしている最中にロゼリアがハルヒトの様子を見て、何故かハルヒトが食べてないお菓子をジェイルとユウリに手渡すシーンがあった。あの行動が少し謎で、ハルヒトも少し意外そうな顔をしていたのが印象に残っている。
考えないようにしなきゃと言い聞かせながら、残った食器をメイドが片付けやすいように寄せておく。
それを見ていたメロがそろりと出入り口である扉に近づいて行くのが見えた。
「……じゃあ、おれはこれで」
そそくさとメロが出て行こうとする。が、それを見たハルヒトが目を丸くした。
「え? 行っちゃうの?」
「……や、おれはおれの仕事があるんで」
「へえ。どんな仕事?」
ハルヒトの質問に、メロは面倒くさそうな顔をする。
物怖じせずに色々と聞けるのはいいことだと思うが、メロの今の仕事内容などは流石に言えるわけもない。メロもそう思ったのか困った顔をしてユウリにちらちらと視線を向けてきた。
「それは、なんつうか……アレっスよ、アレ。なんだっけ。しゅ、しゅ」
「守秘義務?」
「そー、それっス。そういうわけなんで、ハルヒトく、さんの暇つぶしに付き合うのはまた今度ってことで……」
「……。別にさん付けじゃなくて、好きに呼んでくれていいんだけどなぁ」
「そうは言っても、ちゃんとしとかないとお嬢が怒るんで……」
ユキヤの時もそうで、案外そういうところを気にする質なのだ。相手が気にしないと言ってもロゼリアの方はちゃんとしろと言うので、メロにしてみたらロゼリアに従っておいた方がいいに決まっている。
ハルヒトはお茶をようやく飲み干して、興味深そうに目を細めた。
「へぇ、そうなんだ。こういう人の目がない場所だったら好きに呼んでもいいんじゃない? オレは気にしないしね」
「んじゃ、考えさせてもらうっス」
メロの返事にハルヒトは少しがっかりしていた。
ロゼリアが警戒している相手だからか、メロも警戒しているように見える。言ってしまえば他所の人間だし、あまり深入りしない方がいいはずだ。ハルヒトは一時的に九龍会に身を寄せているに過ぎないのだから。
とは言え、今この応接室の中でなら色々と聞いてみても良いかもしれない。廊下に出てしまえば、メイドたちの目もあって気軽に世間話などもできなくなる可能性だってある。
「……あの、ハルヒトさんは」
「うん? 何? ああ、そろそろ屋敷の案内にしてもらった方がいい?」
「ぁ、いえ、……どうして急にロゼリア様の恋人になれれば、なんて仰ったのかと思いまして」
メロがこっそりと出ていこうとしていたのに、ユウリの言葉に動きを止めてしまった。気になる話題だったらしい。
ハルヒトは驚いた顔をしてから少し考え込んでしまう。
「うーん……まぁ色々と理由はあるけど、やっぱりちょっと気になるんだよね。オレにああいう風に接してくれる人っていなかったし、単純に珍しかったと言うか」
「えぇ……わけわかんねぇ。昨日の初対面なんて散々だったじゃん。あんな態度取られたら嫌になるんじゃねぇの?」
「メロ、言葉遣い」
「やべ」
うっかりといった様子でメロが零していた。ユウリもメロの意見には全面同意なものの、いかんせん言葉遣いに問題がありすぎる。
メロの無礼な物言いにも関わらず、ハルヒトはおかしそうに笑うのみだった。
「確かにね、メロの言う通りだと思うよ。オレも彼女の噂を最初に聞いた時は冗談じゃないと思った」
やはり噂は知っていたらしい。世情に疎いと言っていたのにロゼリアの悪評を聞いているというのは少々違和感がある。誰かが意図的に耳に入れたのか、はたまた世情に疎い人間にも届くほどにロゼリアの悪評が轟いていたのか──それは現段階では何とも言えない。
メロは出ていくのをやめたようで、扉に背を預けてハルヒトを見つめる。
「冗談じゃないと思ったのに、なんでっスか?」
「最初は、の話だよ。その後でどうやら彼女が変わったらしいという話も聞いて興味が湧いた。何がロゼリアを突き動かしたんだろう、って……昨日も急に嫌だって言い出して驚いたけど……噂に聞いていたような我儘じゃないような気がして、余計に気になっちゃったんだよね」
「……普通引くところじゃないっスか、それ。やっぱ噂通りだったーってなんないんスか?」
メロは訝しげだった。ユウリも同じような心境である。
お世辞にもガロにハルヒトとアリサを紹介された時のロゼリアの反応は褒められたものじゃなかったし、何か理由があるのだとしてもハルヒトやアリサからの印象は最悪だと思っていた。
「ならなかったねぇ。──あの後、ジェイルが追いかけようとしたのもそうだし、あとは君たちの言動かな」
自分たちの? 思わずユウリとメロは顔を見合わせてしまった。
その反応すらおかしいらしく、ハルヒトはくすくすと笑っている。
「噂通りなら君たちはもっと彼女を嫌っているはずだ。なのに、そんな風にはとても見えない。ってことは、やっぱり彼女は良い方に変わってるんじゃない? 理由を知れば歩み寄れるかもしれないし、いい関係を築けるかもしれないと思ったんだよ」
確かにそれはそうだ。ユウリもメロも以前のようにロゼリアのことを疎ましく思っているかと言うと、本当にそんなことはなくなっている。むしろ彼女を心配する気持ちまで出てきてしまっているのだから、確かにロゼリアを含めて周りも変わっているのだろう。そんなことを来たばかりのハルヒトに言い当てられるとは思っても見なかった。
理由は多分わからないままだ。それはしょうがないだろう。
ハルヒトの言葉を聞いたメロがどこか機嫌悪そうな顔をしていた。
「……歩み寄って、いい関係になって、それから? 恋人になれるかもって?」
「そんなところかな」
「恋人恋人って言うけど、好きになるとか、そういう話にはならないんスね。あんた」
吐き捨てるようなメロの言葉にぎょっとして、「メロ」と嗜める声を向ける。が、メロはそれ以上何も言わなかった。ハルヒトはメロの言葉に驚いたのか、目を丸くしている。
「……ああ、そうだね。大切なことが抜けてた。オレが好きになるかもしれないし、ロゼリアに好いてもらえるかもね」
わざとらしいセリフだなと思った。
何となく、これまでの流れでハルヒトが『ロゼリアの恋人』だなんて言い出した理由が薄っすらと見えてきた。
八雲会の内部の噂はユウリも知っている。正妻がハルヒトのことを疎んでいて酷い扱いを受けているという話だ。ユウリもこれまで似たような境遇だったので同情する境遇だった。
何の因果かその環境から抜け出して、九龍会に保護されることになっている。
事情が落ち着けば八雲会に戻されるのだろう。
しかし、ハルヒトは恐らくそれを嫌がっている。
そのためにロゼリアを利用しようとしているのではないだろうか。恋人という立場になって、ロゼリアに頼めばきっと椿邸で引き続き暮らすこともできるに違いない。
そんな風に他人を使おうとするハルヒトの気持ちは理解できる。
しかし、何となく面白くない気分を抱える羽目になった。メロもきっと同じ気持ちになったのだろう。拗ねたような表情をしていた。
「──ハルヒトさん、そろそろ屋敷内をご案内します」
「わかった。よろしく」
ユウリがにこやかに笑いかけると、ハルヒトも同じように笑い返してきた。
昨日ハルヒトのことを注意して見ているとロゼリアに進言したのは我ながら良い提案だったと今更ながら思う。ロゼリアが気にしている以上に、ユウリ自身がハルヒトの真意や背景が気になったからだ。
まずは距離を詰めようと思いながら、屋敷内を案内するのだった。




