73.ハルヒト②
「ハルヒト様! い、一体、何を……?!」
あたしよりも先に異を唱えたのはジェイルだった。がた、と音を立てて立ち上がり、テーブルに両手をついている。
ユウリが「あちゃー」という顔をしている横で、メロはお茶の乗ったトレイを持ったままものすごく驚いた顔をしていた。
「ロゼリアは美人だし、いいなって思うのは当然じゃない? ……以前よりも優しくなったって評判だしね。他の男が言い寄るくらいに」
ハルヒトは飄々とした態度だった。それを目の当たりにしたジェイルが苛立つのが伝わってくる。
「気軽にそんなことを言われては困ります。お嬢様の立場もありますし、ハルヒト様だって八雲会の後継ではないですか。大体、九龍会にはお嬢様しかいない以上、そんなに簡単な話ではありません!」
「……ジェイル。君、やけに突っかかるね?」
「当たり前です。八雲会と違って九龍会の後継者はまだ正式に決まっていません。血縁で言えばお嬢様しかいないのですから、デリケートな話を引っ掻き回さないで頂きたいのです」
「ふーん、そっか。……世情に疎くてさ、ごめん」
ジェイルがかなりの剣幕だったからか、ハルヒトはそれ以上何も言わなかった。
……まぁ、確かに。ジェイルの言う通りデリケートな話ではあるのよ……。
単純にあたしが恋人を作るくらいなら問題はない(伯父様はいい顔しなかったけど)。相手が他会の後継者だと話がややこしくなってくるのよね。将来的にあたしがそっちに嫁ぐってことになり、じゃあ九龍会は? ってことになる。他の人間が九龍会を継ぐことになってるならそれでいいんでしょうけど、九龍会はまだ後継者未定だから……とにかく微妙なところなのよ。逆にあたしが九龍会を継がないって言い切って他会に嫁ぐという手もあるにはあるけど、今はそんな判断もできない。
慣例的にどこも血縁者が継ぐってことになってる上に大体候補が複数いるから、うちみたいに後継者候補が一人しかいない上に直系じゃないというパターンも珍しいのよね。
とは言え、ハルヒトはそのあたりの事情に疎くても多分仕方がない。そういう情報を正妻が徹底的に遮断してきたはずだし、八雲会の現会長もまだ若いから深く考えてなかったってオチで……とにかく、ハルヒトは不遇なのよ。
この話はあんまりしたくない……。
「……ハルヒト。そういうことだから……」
「わかった。なんか悪いな、色々教えてもらっちゃって……」
「あたしも他会の事情にはそんなに詳しくないわ。だからこそ、あんまり後継が絡む話題は口にしないのよ。……後継者争い真っただ中で険悪なところもあるし……」
ハルヒトが「そっか、そうなんだ」とやけに納得した顔をしていた。というか、あたしも他会の状況なんてそんなに詳しくない。けど、伯父様の近くにいるだけで得られる情報もある。
そういう意味では八雲会は平和かもしれない。とは言え、内情はもっと酷いに違いないわ。
一旦その話題は切ることにして、何か別の話題を探す。
「全然話は変わるけど、夕食とか朝食とか……何か食べたいものはない? 水田にリクエストしておくわ」
「みずた? シェフかな?」
「ええ、そうよ。直接リクエストしてもいいわよ、喜ぶと思う」
追加で用意したお茶を置き終わったメロがあたしの後ろ側まで来ておかしそうに笑う。ソファの背凭れの上に腕を置いて、こっちを見下ろしてきた。
「お嬢、うどんリクエストしてたよね」
「いいのよ、そう言う話は……! っていうかメロあんた──」
「大丈夫っスよ。おれもハルヒトく、さんの話を聞いてみたいし」
こいつは本当に「さん付け」「様付け」をしないわね。ユキヤのことだってあたしに言われて渋々「ユキヤさん」って呼んでるだけで放っておいたら絶対そのうち呼び捨てにする。
あとでちゃんと言っておこうと思っていると、ハルヒトが意外そうにあたしを見つめていた。
「っていうかロゼリアってうどんも食べるんだ」
「食べるわよ、もちろん」
「他に何が好き?」
問われて少し考えてしまった。
よく考えると、これまで「見た目が綺麗なもの」みたいな妙な基準で食べ物を選んでいたけど、今はそう言うのはなくて……案外、好き嫌いって少ないのかもしれない。
けど、敢えて言うなら──。
「クレープかしら……?」
思い出と未練込みね。
前世に食べたようにはクレープを買い食いできないだろうと思うと、余計にクレープが恋しくなるのよね。水田に作ってもらったクレープはすごくリッチなクレープで、あたしの求めるものとは違ったし。
「お嬢様はチョコレートもお好きですよね」
「酒も好きっスよね」
「駄菓子だと、あのグミがお気に入りですよね」
ハルヒトの質問に答えて、しんみりしていると何故かジェイル、メロ、ユウリが口を挟んでくる。
……なんで得意げなのよ、こいつらは。
「ハルヒトは好きなものとかないの?」
「……んー、オレはあんまり好き嫌いが言える立場じゃなかったからさ。何でも美味しく食べれると思うよ」
「そう、なの」
質問を間違えた気がするけど、今のあたしが知らないはずの情報を使ってハルヒトに気を遣うのも変な感じよね。好きなものを聞くのが今の流れなら当然でしょう。
あんまりあたしから聞きたいこともないし、何ならそこまで深入りをしたくない。
……でも折角の機会だし、アリサのこと、聞いてみる?
少し考えてから、ゆっくりと口を開く。
「そう言えば、アリサとは元々知り合いだったの? なんかそんな雰囲気だったわ」
「え」
聞いてみるとハルヒトが少し驚いた顔をした。メロとユウリも普通の顔をしながらハルヒトの答えを待っているのがわかる。
ハルヒトはお菓子を食べながら考え込んでしまう。言っていいものか、と悩んでいるようだった。ってことは、元々何かしら接点があったと受け止めてもよさそうだわ。同じタイミングで二人が現れるのはおかしかったもの。
お茶を飲みながら返事を待っていると、ハルヒトが「まぁいいか」と言わんばかりに笑った。
「家から出るのを手伝ってもらったんだ」
「手伝った……?」
「うん。ちょっとゴタゴタしちゃって、家にいられなくなって……アリサが家を出てガロさんのところに行くのを手伝ってくれたんだ。一ヶ月くらい前かな? 家を出る少し前に会って、家を出るまで手伝ってくれたけど、それからしばらく見なくて……ここで再会って流れだよ。とは言っても、会話もそんなにしてないから、顔見知りってくらいかな」
なんか、全然ゲームと違ってきてるんだけど……もしかして『九条ガロルート』になってる? それとも、前提が色々と覆ってしまってストーリー自体が変わった? どちらなのか、あたしには判別がつかない。だから、最悪の展開を想定して動くしかない……。
ハルヒトの説明を聞いて色々考えてしまった。
そんな風にアリサに会っているなら、なんというか、もう恋に落ちていてもおかしくないんじゃない?
とは言え、二人の間にそんな雰囲気は全くない。隠してるだけって可能性もあるけど、本人が言う通り「顔見知り」というくらいの距離感がしっくりくる。
「どうしてアリサとのことを聞くの? 何か気になることでもあった?」
「あたし付きのメイドになるんだから、どんな子なのか知りたいと思ったのよ。まだちゃんと話せてないから……」
「へぇ、そっか。うまくやれるといいね」
「ええ、そうしたいわ」
そこまで言って、あたしはお茶を飲み干した。
そろそろ話題も尽きちゃうのよね。あたしからハルヒトに聞きたいことっていうと結構突っ込んだ話になっちゃうから、今はまだタイミングが早いと思う。
一旦これまでにしておこう。横にいるユウリに話しかける。
「ユウリ、ハルヒトに屋敷を案内してくれる? ……あたしはちょっとジェイルと話がしたいから」
「は、はい。承知しました」
それだけ言って立ち上がり、反対隣にいるジェイルを見る。ジェイルは静かに頷いた。
ハルヒトは大きな溜息とともにソファに沈み込み、どこか子供っぽい表情をして口を尖らせる。う、ちょっとかわいいじゃない……!
「もう終わりかぁ、つまんないなぁ……。ねぇ、ロゼリア。オレはやることもないし、外にもあまり出ないように言われてるから……暇な時は構ってよ」
「時間があればね。何ならここにいる三人を暇つぶしに使って」
「「「えっ」」」
えっ。じゃないのよ。
揃いも揃って何で同じ反応なの? あたしはあんまり関わりたくないし、ハルヒトは同世代の友達がいないって言うんだからあんたたちは友達候補としても十分でしょうが。友達になるには立場的な問題があるかもしれないけど、ここにいるうちはいいはずよ。
「オレはロゼリアがいいんだけど」
「時間があればね。じゃあ今日はこれで。──ジェイル、一緒に来て」
そう言ってジェイルを連れ立って応接室を後にする。
メロとユウリが何とも言えない顔をしてた。
 




