72.ハルヒト①
ノックをして、ユウリの「どうぞ」という声を聞いてから応接室に入った。
ハルヒトはソファに座ってあたしに向かってひらひらと手を振っている。金髪碧眼で王子様って感じで顔は良いし、笑顔も嫌味がなくていい──んだけど、あたしにとってはどうにも……。
ユウリが若干疲れた顔をして笑っているのが気になった。
「お待たせ。ユウリと何か話してたのかしら?」
「うん、君のことを聞いてたんだ」
「……あたしのこと?」
正面のソファに腰掛けながら訝しげな顔をしてしまった。ハルヒトがあたしのことを聞いてどうしようって言うのかしら。確かに椿邸でしばらく暮らすんだから、あたしのことを知りたい気持ちはわかるけど、なんだか変な感じなのよね。
ジェイルとメロはいつも通りあたしが座るソファの後ろに立ち、ユウリもそこに並んだ。
ハルヒトはちらりと三人に視線をやってから、あたしを見た。
「これまでと違うタイプの男と仲良くしてるって聞いたから、実際どうなのかが気になってね」
「どうしてそんなことを気にするの? ……ああ、恋愛ゴシップが好きなのかしら」
寄りにも寄ってユキヤのこと? 何でハルヒトがそんなことを気にするのかさっぱりわからない。
ゴシップ好きなんてことはなかったと思うけど、実は他人の恋愛沙汰に興味があるとか? そういうキャラでもなかったと思うけど……実際にこうして話してみると「あれ?」って思うことが結構あったし、その範疇かしら。
色々と考えを巡らせている間にキキがお茶とお菓子を持ってきた。アリサを連れて手伝わせている。アリサに不審なところは見られなくて、キキに倣って作法通りにお茶とお菓子を並べている。……仕事面では問題なさそうなのよね。
「別にそういうわけじゃないよ。……あ、君、アリサだっけ? 早速こっちで仕事してるんだ? 偉いね」
「はい、まだまだ勉強中の身ですが……」
「こっちでも顔を合わせることになるだろうから、よろしくね」
……こっちでも? また気になる言い回しをするのね。
ハルヒトとアリサ、二人が同じタイミングで来たのってもしかして理由があるのかしら。聞いてみて答えるとは思えないけど、聞いてみる価値はありそう。
アリサはキキと一緒に部屋を出ていった。キキがこの後はつきっきりで教育よね。
ちょっと悩んでからソファの後ろにいるメロを振り返った。
「メロ、ちょっと──」
「えっ? あ、はーい。りょーかいっス」
メロはあたしの呼びかけに目を丸くしたものの、あたしの意図をすぐに察してアリサの後を追って応接室を出て行った。……察しが良くて助かるわ。「何スか?」って聞かれたらどうしようかと思った。
ハルヒトが興味ありげにメロを目で追ってたけど何も言わないでおく。
お茶を手に取り視線を伏せた。
「で、あたしと何か話したいってことだけど……何かしら?」
「何を話したいってわけじゃないんだ。……恥ずかしながら同世代の友人も皆無でさ、仲良くなりたいなぁって思ったんだ。君はオレと同い年って聞いたし」
確かにハルヒトは21歳で、あたしも21歳だから同い年。そしてあたしも同世代の友人なんていないのよね……。
「ロゼは、」
「あ、待って。それ、やめて欲しいのよ」
「え? それって?」
「ロゼって呼ばないで。それは伯父様だけの呼び方よ」
ハルヒトが面食らった顔をする。これだけは譲れないわ。
過去にもあたしのことを気安く「ロゼ」って呼んできた相手がいるけどその度に怒ったもの。
「……そっか、大切な呼び方だったのか。ごめん、嫌な思いをさせてしまって」
す、素直! ちょっと意外だったわ。
ゲームの中ではアリスに対して「いいじゃん」って感じでぐいぐい言ってたから警戒しちゃったけど、あたしとアリスじゃ対応が違って当然よね。ゲームの中にアリスはちょっと顔を赤くして「もう!」って言うくらいで、その反応含めて可愛かったもの。……あたしはそんな反応しないし。
「じゃあ、ロゼリアって呼んでいい? オレのことはハルでもハルヒトでも、好きに呼んでくれていいよ」
「それならいいわよ。あたしはハルヒトって呼ぶわ。……ねぇ、腕は本当にもういいの?」
「心配ありがとう。多少動かしづらいけど大丈夫」
「そう……何か困ったことがあればユウリに言って頂戴。あんたの世話はメイドがやると思うけど、頼みづらいこともあるでしょう?」
親切ぶって言ってみる。個人的にはハルヒトにはユウリのことを頼って欲しいもの。そうすればユウリを通じてあたしに情報が入ってくるから。
ハルヒトはあたしの真意に気付くはずもなく、クッキーに手を伸ばしながら頷いた。
「そっか、助かるよ。──ユウリ、よろしく」
「はい。何かあれば遠慮なくどうぞ」
ハルヒトはにこりと笑って、クッキーを半分に割り、ちょっと観察してからそれを口に運ぶ。
……一口でいけるのにわざわざ──あ。そうだ、ハルヒトって出される飲食物を警戒するんだった。過去に毒物を入れられたのがトラウマで最初の一口はかなり警戒するらしい。ゲームの中では、実家から逃げてきてロゼリアから酷い扱いを受けても食べ物に毒が入っている心配がなくなってよかったって言うくらいなのよね……。
だから、まぁ、こういう態度は最初だけですぐに慣れると思うけど……、色々知ってるせいで少し気まずい。
「……ジェイル、ユウリ。あんたたちも座って」
「「え?」」
「いいから……。あと、これもちょっと量が多いから少し食べて。あたしは昼食から時間が経ってないし」
そう言って二人をあたしの隣に座らせ、ハルヒトが食べてないお菓子を一つずつ手渡した。急なことにジェイルもユウリも「?」となっている。でも、これでハルヒトがちょっとでも食べ物に対して警戒心を解いてくれた方がいいでしょ。
ハルヒトが不思議そうにあたしの行動を見つめていた。
ただお菓子の量が多いだけ、という態度を取りつつ、あたしはお茶を飲む。ハルヒトは残りのクッキーを口に運び、慎重に咀嚼していた。
「……ロゼリア、さっきの続きなんだけど」
「? さっきの続き?」
「続きってほどでもないのかな。君は今特定の男と仲良くしてるらしいけど、実際のところ、そいつとはどうなのかと思って」
ぶっ!
あたしとジェイルはほぼ同時にお茶、お菓子を吹き出しかけた。ユウリだけは「うわぁ」という顔をしてあたしの背中をそっと擦る。
ジェイルはお菓子が気管にでも入ったのか、変な咳をしていた。
「ゆ、ユウリ、お茶を二人分追加させて……」
「は、はい!」
ユウリが慌てて部屋を出ていった。呼び鈴があったはずだけど……。
あたしはあたしで口の周りを吹きながらハルヒトを見た。ハルヒトはあたしの反応がおかしいらしくて、クスクスと笑っていた。何なのよ、こいつ……。
落ち着いてから、ハルヒトを睨んでしまった。
「……何なのよ、急に」
「興味があるだけだよ。聞いていた君の噂とは全然違ったから……本命を絞ったのかと思って」
「だから、何でそんなことに興味があるのよ。あたしとハルヒトは初対面だし、どういう噂を聞いてたのか知らないけど……あんたは一時的にうちに居候するだけでしょ? ……仮に今付き合ってる相手がいても、あんたがいる間に連れ込むような真似はしないわ」
そう言うと横でジェイルがまた咳き込んでいた。早くお茶が来ないかしら。
お互いに不干渉なくらいがいいはずなのに、何でこんなに突っ込んでくるのよ。しかも恋愛沙汰。こんなことに興味あるなんて思ってなかったから、ハルヒトの思考回路が謎だわ……。
ハルヒトは目を細めてあたしをじいっと見つめてくる。
「つまり、ロゼリアは仲良くするにしても、お互いに深入りしない方がいいと思ってるってこと?」
「そうよ。当然でしょ? 仲良くするイコール何でも話す、ってわけじゃないわ。それに仲良くするにしても段階があるでしょ、段階が」
「だんかい……」
ハルヒトが困った顔をして呟く。……でもそうだ、ハルヒトは友達がいないんだった。
前世でも恋愛のことなんて仲良くなってから「ちょっと聞いてもらっていい……?」ってかなり様子を見つつ話をしたものよ。初対面で「彼氏いる?」は──いや、これはあるわね。でもこれは同性同士だから、異性間でここまでオープンにはなれない気がする。
やっぱり「なし」よ。
「うーん、オレには段階というのがよくわからないんだけど……そういう話は今はダメってことでいい?」
「そういうこと」
「そっか、残念だな……」
言葉通り、ハルヒトは残念そうだった。訝しく思いながら、ハルヒトの顔を見つめる。
そんな話をしている間にユウリが戻ってきた。何故かメロがお茶を持ってきている。アリサを見てるって話はどうなったのよと思ってメロを睨むけど、メロはへらっと笑うだけだった。……キキと一緒だから見てる必要がないって判断するわよ……?
メロはその場でユウリにカップを渡し、ジェイルに渡せとばかりに目配せしていた。自分で渡したくないんだ……。
「っていうか、何が残念なのよ」
「オレがロゼリアの恋人になれればって思ってたんだけど、難しそうだからさ」
「「「は?」」」
あたし、ジェイル、メロの声がハモる。ユウリだけは「あちゃー」という顔をしていた。
恋人? あたしが? ハルヒトと?
なんで!??!!?!




