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71.客人

 ハルヒトは昼食を取ってしばらくしたタイミングでジェイルと共に椿邸にやってきた。

 あんな醜態の後だから顔を合わせるのが憂鬱で仕方ないんだけど一応椿邸の主人みたいな立場だし、ちゃんと迎えないわけにもいかない。しかも他領の人間だし、正式に後継者扱いされてるし……あたしとの関係がちょっと微妙なのよね。態度にもこれまで以上に気をつけなきゃ。


 玄関ホールでユウリと共にハルヒトを出迎える。メロはいなくてもいいと伝えたけどやることもないからと言ってあたしの傍にいた。まぁ、『お客様』だから歓迎という形で出迎えざるを得ない。

 なので、仕事のある人間を除いて玄関ホールに集まるような形になった。


 ハルヒトは昨日と同じく薄い青色のシャツにジーパンというシンプルな格好をしていた。

 昨日と違うのは左腕にギプスもアームスリングもつけてないところ。……午前中は病院だって聞いたけど、検査とギプスを外すためだったりしたのかしら。詳しくは聞いてないからわからないわね。


「ようこそ、椿邸へ。歓迎するわ。……昨日は変なところを見せてごめんなさい」


 表情を作ってそう言い、右手を差し出した。……顔、引き攣ってなきゃいいけど。

 本当なら昨日ちゃんと挨拶をして握手の一つでもしておくべきだったのよね。

 気にしてないわけがないと思うけど、ここは使用人たちの目もあるから穏便に済ませて欲しい……!

 ハルヒトはあたしの態度に少し目を丸くしてから、にこやかに笑って右手を握り返してきた。


「歓迎ありがとう。しばらくお世話になります。……昨日はギプスをつけていたけど、めでたく今日外すことができたんだ。自分のことは自分でできるから、あまり面倒はかけないようにするよ」


 やっぱりギプスは今日外れたのね。怪我の理由がさっぱりわからないけど、まぁあたしが聞くことじゃないだろうし……というかあんまり深入りしたくもないし、個人情報はあんまり聞かないようにしよう。

 ハルヒトがなかなか手を離してくれなくて不審に思っていたら、不意に握った手を引っ張られた。バランスを崩してハルヒトに近付いてしまう。


「オレのこと、気に入らないみたいだけどよろしく」


 耳元で囁かれる形になって、口元がひくつくのがわかった。

 ……根に持ってるわね、こいつ。

 ま、まぁ、あんな態度を取られたら嫌な気分になるのもしょうがないわよね。自業自得だと自分に言い聞かせて、表情を維持した。


 ぱ、とハルヒトが手を離したタイミングで身を引く。

 すると、まるで測ったようにジェイルがあたしとハルヒトの間に割って入ってきた。


「ハルヒト様、お疲れでしょうからお部屋にご案内します」

「え? 疲れてないよ。それより必要以上に人に会わない生活が続いてたからオレはロゼと話がしたいな。どうせなら仲良くしたいし」


 ……は? 今、こいつあたしのこと「ロゼ」って呼んだ?

 その呼び方を許してるのは伯父様しかいないんだけど!?

 あたしは不満を顔に出さないようにしてたけど、ジェイルは面食らったような顔をしていた。

 すぐに文句を言いたい、けど周りの目が鬱陶しい。こんなところで変な言い合いはしたくないし、今は大人しく要望を聞いた方がいいのかも。断るのも変だし。


「まぁいいわよ。ねぇ、応接室にお茶とお茶菓子を持ってきてくれる?」


 かしこまりました。と、近くにいたメイドが厨房に下がっていく。

 どうせだから「ロゼって気安く呼ばないで」って釘を差したい。

 振り返ると、ハルヒトが不思議そうに首を傾げていた。どういう反応よ。


「ロゼの部屋はダメ?」

「は?」

「応接室なんてかしこまった場所じゃなくていいんだけど」


 キョトンとした顔で言うハルヒト。

 ……どうしよう、ちょっとキレそう。笑顔が崩れそう。

 あたしの顔を見たユウリがぎょっとして、慌ててハルヒトの傍に寄っていった。


「ハ、ハルヒトさん、ロゼリア様は他人を自分の部屋に入れるのはお好きじゃなくて……それは、あの、ちょっとご遠慮して頂けると……」

「ああ、そうなんだ。急にごめんね。仲良くなったら入れてくれる?」

「そこはロゼリア様次第なのでなんとも……と、とりあえず、応接室にご案内しますね」


 そう言ってユウリがハルヒトを誘導しようとする。が、ハルヒトはあたしを見つめてにこりと笑った。


「ロゼに案内してもらいたいところだけど、今はユウリで我慢するよ」


 何も言わずに笑うだけにしておいた。

 ユウリとメロがあたしの機嫌の悪さを察して少しだけ青い顔をしている。これまでならこの状態でキレ散らかしてたんだから二人が心配というか不安になるのもわかる。けど、ここは耐えなきゃ……昨日散々不機嫌になってやらかしたんだから、今日もそうなるわけにはいかない。


 ユウリが焦りを表に出さないようにしてハルヒトに向かって「こちらです」と応接室に案内する。

 ハルヒトは「後でね」と笑って、ユウリに連れられて移動していった。

 それを見送り、ゆっくりと深呼吸をする。


 ──千代野ハルヒト。

 レドロマの王子様的な看板キャラ。隣の第八領を治める八雲会会長の長男で後継者、なんだけど妾の子だから正妻に煙たがられて虐待紛いの扱いを受けている。父親が後継者に指名したおかげで酷い目に遭っているのに当の父親が無関心なせいで正妻からの虐待が悪化するばかり、更に使用人たちも正妻に逆らえず家ではほとんど孤立している状態らしい。ハルヒトを気遣う使用人もいるけど、すぐ正妻に辞めさせられるからどうにもならず……。

 というのはゲームにもあった情報。

 そしてそういう辛い背景にも関わらず明るく飄々とした性格。

 ゲーム開始時はそういう詳細な背景がわからないし、キャラクターの紹介を読んでも「辛い過去がある」くらいの説明しかないから、進めていくにつれてのゲーム開始時の明るさとのギャップが凄かったのよね。

 ただ、それはゲームだから萌えただけで……。

 あたしとの相性は壊滅的に悪そう……。


「……お嬢、大丈夫?」

「何が?」


 メロが恐る恐るあたしの顔を覗き込んできた。ジェイルもあたしの様子を気にしている。

 あたしは笑って答えるとメロはそれ以上何も言ってこなかった。


「いや、……なんでもないっス」

「お嬢様はハルヒト様の性格を知っていたのですか……?」

「バカおまえ空気読めよ……!」


 ジェイルがこそっと聞いてきて、メロがジェイルの脇腹を肘で突っついていた。

 どうやらジェイルはあたしがハルヒトを預かるのを嫌がる理由がその性格にあると感じたらしい。とは言え、ハルヒトは正妻からのあれこれで他領の人間と会う機会はなくて、あたしだって当然実際に会うのは初めて。ゲームの知識があるだけよ。

 あたしは小さくため息をついてジェイルを見た。


「知るわけがないわ、会ったこともないんだもの。……あんなに馴れ馴れしい人間だとは思わなかったけど」

「そう、ですか。変なことを聞いてしまい申し訳ございません」

「いいわよ、別に。……気になるのは当然でしょうし……」


 話をしたいと言うハルヒトに「いいわよ」と言ったのはあたし。

 この状況で放置なんてできるはずもないからさっさと行かなきゃ。お客様だしね。

 踵を返したところで、メイドたちがちょっと興味ありそうな感じであたしを見つめているのに気付いた。一瞬、その視線の意味がわからなかったけど、……あれだわ。ユキヤの時と同じような期待をされてるんだわ。ハルヒトの距離も近かったしね。

 やれやれと肩を落とし、メイドたちの視線を気にしないようにして歩き出した。


「気が進まないけど応接室に行くわ。あんたたちも来て」

「はい」

「はーい」


 ユウリ、大丈夫かしら。

 ジェイルとメロを引き連れて、改めて応接室に向かった。

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