07.ちょっと一息
九龍会が治めている? 管理している? のは日本で言う県みたいな感じで、第九領と呼ばれている。東西南北と中央に分かれ、それぞれの地区に『代表』と言う市長のような立場の人がいて管理を行っているという形式。日本と比べると国としての規模は小さい。
南地区はそんな第九領の中でもかなり穏やかで開放的な雰囲気だった。……あたしのせいでじわじわ治安が悪くなっているらしいんだけど、今あたしがフラフラしている商店街はそんな感じではないわね。
休みでも何でもないから人はまばら。
とりあえず、目的もなくふらふらと歩き、露天商が広げている売り物を見ていった。
「お嬢様、何かお目当てのものがあれば探してきますが……」
「別にないわ。気分転換したいだけだもの」
「そうですか……」
ジェイルはまた不思議そうな様子を見せた。この間からジェイルのこんな顔ばっかり見てる気がする。
確かにこれまでのあたしは自分の足で歩くってことをほとんどしなくて、店員が自らあたしの元に商品を持ってくるような場所にしか行かなかったわ。もしくは自宅まで御用聞きに来させるか。好みのイケメン御用聞きには「なんか買ってあげるから適当に持ってきて」とか、『前世の私』には考えられないことを言ってた。
あたし、お金は持ってるのよね。本当に。唸るほどに。
自分で稼いだお金じゃなくて、全部伯父様からのお小遣い。足りないって言えばいくらでもくれちゃうのよ、本当に伯父様はあたしに甘い……。それでも厳しい部分はあるけど、モノを買う程度のことでは何も言ってこない。
「あんたは何か欲しい物とかないの?」
「いえ、特には」
「あっそ。何かあれば買ってきていいわよ」
「お側を離れるわけにはいきませんので」
「……ふーん」
当たり前と言えば当たり前か。
さっきも言ってたみたいに、ここであたしを一人にする訳にはいかないってことなのね。アキヲとのことがあって危険で、何かあったら伯父様に叱られるから。
っていうか、メロがいない。あいつどこ行ったのよ。
あいつもあたしのことを一人にできないみたいなこと言ってたくせに……!
立ち止まって周囲を見回すと、狭い路地から水色の頭がひょこっと出てきて、あたしに近付いてきた。
「あ、お嬢! いたー、よかったー」
「どこ行ってたのよ、あんた」
「いやァ、ちょっと色々きつかったんでおれも気分転換してたら見失っちゃって……あ、そうそう、お嬢見て見て」
「何?」
「ほら、アンティークの腕時計。格安で売ってたんで買っちゃったっス。けっこーいいでしょ?」
そう言ってメロは腕時計を見せびらかしてきた。子供か。
まぁ確かにレトロだけど、悪くない……いや、かなりいい。よくこんな掘り出し物を見つけてきたわね。
そう言えば、メロってこういうレトロなものやアンティーク系の雑貨が好きだったわね。あたしからくすねたお金でちょっと高めのアンティークなんかを買ってるはずだわ。
あとは、自分で選んだアンティークのブローチとかのアクセサリーをアリスにプレゼントしてたのを覚えてる。
「へぇ、センスいいじゃない」
素直に褒めるとメロが目を丸くした。ついでにジェイルも驚いてる。
失礼な奴らね。
「……お嬢に褒められるとか、明日は嵐でも来るんスかね?」
「ジェイル、行くわよ」
「はい」
この言い草……。
付き合ってられないとばかりにあたしはメロに背を向ける。ジェイルは大人しくあたしの少し後ろを歩いてついてきた。
「ちょ、お嬢! 置いてかないで!」
その後をメロがついてきた。犬なのか猫なのか……。
ジェイルもメロも今はあたしの言うことを聞いてくれてるけど、アリスが現れたらどうなるかわからない。今はあたしに逆らえないだけ。
……そう、そうなのよね。
今、あたしの周りにいる人たちは『九条ガロ』という存在があるから、あたしの周りにいるだけ。あたし自身を好いてくれているわけじゃないし、自分で選んであたしの傍にいるわけじゃない。
ジェイルはともかくメロは人懐こいしヨイショが上手いから勘違いしそうになる。
人望がないのはしょうがないとわかってはいても自覚すると案外ダメージ食らうわね、これ。
「あ」
あたしはぴたりと足を止める。
ジェイルもメロもあたしに合わせて足を止めた。あたしの見ている方を同時に見つめる。
「クレープ……!」
すぐ傍にはファンシーな見た目のクレープ屋があった。スイーツ系とおかず系のクレープが売られている。
こないだ食べたクレープが豪華すぎて、いまいち不完全燃焼だったのもあってふらふらと惹かれてしまった。一緒に食べてくれる友達はいないけど、あたしの食べたいクレープはこれだわ。
カウンターの前に立つと、バイトらしき少女がちょっと挙動不審になる。
「い、いらっしゃいませ……」
挙動不審っていうか、怯えてる? あたしってそんなに怖いの?
何だかショックだわ。かと言って「怖くないわよ」なんて言う義理も何もないのよね。
あたしはジェイルとメロを振り返った。
「ジェイル、メロ。あたしはクレープ買うけど、あんたたちもどう? 奢るわよ」
「「え」」
何よその反応。腹が立つわね。
何だかイラッとしたから、答えを待たずに注文することにした。
普段なら絶対に財布は持ち歩かないし、ジェイルや傍にいる使用人が何も言わずに支払うところなんだけど……女子高生だった時の記憶のせいで、なんか無一文なのが不安で……持ってきちゃったのよね。キキにお金も細かく両替してもらったわ。めちゃくちゃ変な顔をされたけど、小銭だってないと不安なのよ。財布の中は一番高額な紙幣ばっかりだったし……。
「チョコバナナと、いちごクリームと、キャラメルカスタード」
「か、かしこまりました。すぐお作ります!」
ジェイルもメロも甘いものは普通に好きだったはず。ゲーム内のイベントでジェイルはいちご、メロはカスタードを選んでたわ。クレープじゃなくて普通のケーキだったけどハズレではないでしょ。
クレープの生地が焼けるいい匂いが漂ってくる。
そうそう、これこれ。
前世で死ぬ前に食べ損ねたクレープのリベンジよ。
ゆっぴーたちと一緒じゃないのが寂しい。けど、しょうがない。
「お待たせしました!」
「どうもね。──ジェイル、メロ。受け取って」
あたしは自分の分であるチョコバナナを受け取ってから、ジェイルはいちごクリーム、メロはキャラメルカスタードを受け取るように言う。
二人はひたすら不思議そうな顔のままでそれぞれクレープを受け取っていた。
……もうちょっとマシな反応できないのかしら。
「えぇ、と、……ありがとう、ございます」
「あ、ありがとっス、お嬢。……いただきまーす」
別にクレープを食べるのは初めてじゃないでしょうに。
何でそう原始人が初めてクレープを見たって感じの反応なのよ。失礼な奴らね。
確かにあたしはこれまで二人に何かを奢ったことなんてなかったし、自分の財布扱いしてきたけど!
……って考えると、ジェイルとメロの反応もしょうがない気がしてきたわ。
何だかしょうがないって思うことばっかり……。
一緒にクレープを食べてくれる友達もいないし、今のあたし。
寂しいし切ない。
切ない気持ちのままクレープを食べ、車に戻り、中央区の自宅に戻ったのだった。
唐揚げ美味しい。