68.翌日②
「できました」
キキは得意げな顔をして髪の毛から手を離した。
──あら。
毛先に向かってゆるく内巻きになっていてフェミニンな雰囲気がある。というか、全体的にふんわり整えられていて、やわらかい印象だわ。……自分のこの言葉は絶対似合わないんだけど、敢えて言うなら優しげな感じで、ちょっと甘くもある。
毛先に触れてみるとトゥルトゥルな触り心地だった。
鏡に映るあたしの顔は普段と変わらないけど、髪型が違うと随分と印象も変わって見えるわ。普段はとにかくゴージャスにってリクエストだったもの。
で、でも、これ大丈夫? メロに「似合わねー」とか言われない?
鏡の中の自分と、鏡越しに見えるキキの顔を見比べた。そして、恐る恐る口を開く。
「随分印象が違って見えるわね。……へ、変じゃない?」
「お、お気に召しませんか……?」
「そうじゃないの。普段と違いすぎておかしくないかしらって、それだけよ。……こういう雰囲気は似合わないと思ってたもの」
そう言うとキキはキョトンとした。鏡の中のあたしと整えたばかりの髪の毛を見比べてから、目を細めて整えたばかりのあたしの髪の毛をそうっと撫でていく。
「似合わない髪型なんてないと思います。……昔だってどんな髪型もお似合いでしたよ」
不意に告げられた言葉に、鼻の奥がツンとしてしまった。
鏡越しに見つめ合っているとキキが照れた顔をして先に視線を逸らしてしまう。そんなキキの表情を見つめて、誘われるように口を開いてしまった。
「キキはやってみたい髪型とか、あるの?」
「え?」
──しまった。
やりたい髪型があってもあたしが「切ってきなさい」って言ったからやりたくてもできないんだった。いや、今なら「好きにして」って言えるんじゃない? さっき「絶対言う」って誓ったばかりだし、善は急げと言うか……!
キキがすぐ答えなかったから、やっぱり答えづらいのよね。あたしの以前の言動のせいで……。
視線を伏せてゆっくりと口を開く。
「ねぇ、キキ……あんたの髪の毛、」
「え?」
「……。……の、伸ばしても、いいから。もう二度と、あんなことは言わないわ……。好きなようにして。今更だけど」
つっかえながら言ってからキキに視線を戻した。
びっくりした顔をしていて、それが気まずい。絶対言うって決めた直後だったから言えたのは良かったけど、なんだか唐突だったわよね。
キキは少し困った顔をして笑った。
「……あ、りがとう、ございます。少し、考えさせていただきます」
「本当にあんたのしたいことに何か文句をつける気はないから……それだけは、覚えておいてくれると嬉しいわ」
はぁ、過去のやらかしをリカバリーしようと思っても、なかなかうまくいかないわよね。そんなに簡単に相手に許されはしないし、自分自身でケリをつけるのも難しい。
メロとユウリがやけにあたしに協力的だったから本来ならキキみたいに「時間が欲しい」と言われて当然なのよね。決していい返事を期待していいものじゃないし……やっぱり楽観的に考えるべきじゃないわ。
それ以上この話題は出さないことにして、浴室を後にした。
◇ ◇ ◇
浴室を出て寝室に戻る。一応あたし専用の浴室だからハルヒトが居候してもこっちを使うなんてことはないはず。というか、ハルヒトが使うはずの客室にも専用の浴室があるしね。1階に使用人が使える浴室もあって、そこはキキたちが普段から使っている。
少し休憩したところで朝食の準備ができたとキキが呼びに来た。
部屋を出て食堂に向かおうとしたところで、廊下の端にメロの姿が見える。メロはアリサと一緒にいて何かを話しているようだった。……あれ、あたしに言った「アリサの監視」よね。それにしては楽しそうに話をしてるように見えるんだけど……。ちょっと不思議に思って、足を止めてしまった。
会話の最中、メロがあたしに気付いて意味ありげな視線と笑みを向けてくる。
順調、ってことでいいの? あとでちゃんと話を聞かなきゃ……。
一旦メロはそのままにして食堂に向かった。
朝食はなんだかよくわからないけどやけに豪華なフレンチトーストだった。
水田が「どうです!」と言いたげにあたしを見つめている。
「……どうしたの? これ。随分豪華じゃない?」
「はい、昨日のお嬢様のご様子が気になったので……甘いものを食べて心を癒やして頂ければと思いました」
トーストがハート型なんだけど……。
しかもそのハート型のトーストがいくつかあって、その上にフルーツが七色に並んでいる。いちご、オレンジ、パイン、キウイ、ぶどう、ブルーベリーって順番。あ、七色じゃなくて六色だったわ。
食べるのが勿体ない。これは前世で見てたら絶対に写真を撮ってSNSに上げてた。
「ありがとう。手間だったんじゃない?」
「いえ、楽しく作らせて頂きました。どうぞお召し上がりください」
「ええ、いただくわね」
昨日のアレなんてかなり醜態だったと思うのに、水田がこんな風にあたしを気遣ってくれるなんて……。
本当に、なんだか思った以上に周囲が変わっているのかも……? あまり楽観的にはなりたくないけど、今くらいは水田の厚意に浸って、フレンチトーストを楽しんでもいいわよね。
……お風呂に入った時も、今も、なんだかすごく自分を甘やかしてる気がする。
午後にはハルヒトが来るし、どこかのタイミングでアリサとも顔を合わせなきゃいけないんだから、しっかりしなきゃ。
フレンチトーストを堪能した後、墨谷がやってきた。
アリサを連れていたから妙に緊張する。……想定していたタイミングよりも早かった。
「お嬢様」
「墨谷、新人教育ご苦労様」
普通にしてなきゃ、普通に。
アリサにちらりと視線を向けると少し緊張が見えた。ひょっとして、さっき浴室に入ったことを怒られると思ってるのかしら。あれはキキがすぐに叱ってくれたし、事なきを得たから今更あれこれ言う気はないけど……。
墨谷は食事のコーヒーを飲んでいるあたしの傍までやってくる。
「本日から椿邸に入るアリサです。昨日既にご挨拶は済ませていると聞いています」
「ええ、そうね。──ところでユウリは? 朝から姿が見えないけど」
「式見さんに呼ばれて本宅に行っています。午前中いっぱいは本宅にいるそうです」
「ああ、なるほど」
例のアレね。何を教えてもらってるのか知らないけど、秘書の心得(?)的な。……変なことを教わって来なきゃいいけど。
コーヒーカップをソーサーに置いたところで、墨谷がアリサの背を押してあたしの前に立たせる。
アリサは緊張した面持ちのまま、がばっと頭を下げた。
「あ、あの、先ほどは大変失礼いたしました……!」
浴室に勝手に入ってきたことを言ってるのよね? 理由、聞いてみる?
変にはぐらかされても嫌だし、敢えて「いいわよ」って優しくしておくのも手かも。後でメロに聞いてもらうって方法もあるしね。
「驚いたけどいいわ。次から気を付けてくれれば」
「ありがとうございますっ!」
アリサがぱっと笑顔を咲かせる。……流石ヒロイン、笑顔が可愛いのよね。
攻略キャラクターであるメロたちが「第一印象から決めてました」と言い出すのもわかる。こんなセリフは誰も言ってないけど、似たようなニュアンスのセリフはどのルートでも聞いたわ。
ゲームの中ではロゼリアと少し会話をした後で「噂通り我儘で傲慢、しかも短気でヒステリック」って感想を言ってたから、そう思われないように行動したい。
「キキはあたしとの付き合いも長いから……色々と引き継ぎも大変でしょうけど、あんたの働きに期待してるわ」
そう言ってにっこり笑ってみせた。……顔、引き攣ってない? 大丈夫?
墨谷は「まぁロゼリア様ご立派に成長されて」みたいにニコニコしてたけど、アリサはなんだか驚いていた。……これはやっぱりあたしに関しての事前情報が以前の噂のままって思って良さそう。
ただ、アリサの驚きも一瞬のこと。すぐにさっきと同じような笑みを浮かべて、しっかりと頷いた。
「はい! 精一杯がんばります! よろしくお願いします!」
アリサは前向きな返事をして、再度あたしに向かって頭を下げた。
しばらくアリサのことは注意して観察していよう。メロから何か聞けるかもしれないし、アリサだって『陰陽』に報告するための情報集めをするはずよ。そういう意味では、こっちにも観察の時間はある。……妙な報告をされないようにだけ気をつけなきゃ。




