60.不可避の運命?②
突然のハルヒトの登場に頭は真っ白になり、遅れてパニックがやってくる。けれど、それがすぐに表に出ることはなくて、傍目には固まっているようにしか見えなかっただろう。
伯父様やジェイルが心配そうな声を向けてくる。それらは全部耳を素通りしていった。
な、なんで、どうして……?!
まだ9月に入ってない。ハルヒトが継母の虐待に耐えかねて逃げ出してくるのは9月中旬か下旬くらいの話だった。10月1日からゲームスタートで、8月なんてまだそんな気配すらないはずなのに……!
とは言え、今日はもう31日、1ヶ月くらい早まってる……?
一体何がどうなってるの……?
メイドが床に落ちて割れたカップを片付けるためにやってきたけどあたしは身動き一つとれなかった。
それを見たジェイルが立ち上がり、何か声をかけてあたしを立ち上がらせる。メロが何だかよくわからないって顔をしながら立ち上がり、あたしが座っていた椅子を少し横に移動させていた。
情けないことに何も反応できないまま、もう一度椅子に座らされた。
「……ハルヒト。お前、ロゼと面識ってあったか?」
伯父様の問いかけにハルヒトはゆっくりと首を振った。
そりゃそうよ、面識なんてあるはずがない。
あたしはちょこちょこ会同士のパーティーや顔合わせに出たことはあるけど、ハルヒトはほぼ皆無のはず。継母がそういう場に出すのを嫌がったから。他の会の人との面識はなくて、顔もあんまり知られてない、のよね……。
面識がないのに、なんで知ってるんだという伯父様の疑問は最も。けど、あたしはそれに対して弁解する余裕も何もない。全員の「どうしたんだ」という視線を受けたまま、黙りこくっていた。
「まぁ、一旦話を続けるぞ。ハルヒト、座ってくれ」
「失礼します」
涼やかで落ち着いた声。ゲームで聞いた通り。
白いシャツにジーパンというシンプルな服装に──……何故か左腕はギプスで固定されていてアームスリングで腕を肩から吊るしている。ゲームではこんな姿は見たことないし、ストーリーの中でも『ロゼリア』に拾われた時、こんな大怪我をしていたなんて話は見聞きした覚えはない。
「こいつは千代野ハルヒト。八雲会の八千世ミチハルの息子だ」
「……はぁ」
ジェイルがなんとも気の抜けた返事をする。伯父様とハルヒトの顔をと見比べる。
「ミチハル様にご令息がいらっしゃったのは知っていますが、……」
「だろうな。家庭の都合で集まりには顔を出せてねぇし、顔は知らないが名前だけはみんな知ってる状態になってる。その事情も筒抜けだろう。で、今回はその家庭の都合の延長で第八領にいられなくなったから、俺が預かるって話になったんだ」
「……なるほど。第八領を離れても危険なので保護というか、警護が必要ということですね」
「話が早くて助かる。要はコイツは命を狙われてるんだ」
あたしは黙ったまま聞いていた。
ハルヒトの命を狙う人物、というのは、十中八九正妻。正妻にも娘がいるけどまだ小さくて、後継者としては見られてない。八雲会の会長、ミチハルはハルヒトを後継にしたくて──という事情で、ハルヒトは正妻にめちゃくちゃ煙たがられて、嫌われている。あと妾の存在も気に食わないらしい。
事情はわかる。わかるけど……!
なんでこんな展開になってるのかわからない……!
「流石にウチの敷地に入ってくるなんてことはねぇだろうけどな」
「ですが、警戒は必要ということですね」
「ああ。だからジェイル、お前とお前の部隊は基本的に敷地内にいてくれ。まぁ絶対じゃねぇから常に警戒した状態でいてくれって話だ」
「承知しました」
ジェイルはハルヒトの警護に当たるってことよね……。
直接関わるわけじゃないから、まだ大丈夫……? いや、でも椿邸で暫く暮らすってことだから無関係じゃいられない。多分、伯父様的にはあたしとハルヒトが友好的な関係を築くことを望んでいるはずよ。だって、このまま行けばハルヒトは八雲会の次期会長だもの。多分、正妻のことは現会長と周囲がどうにかするに違いない。
「で、ロゼ。……なんかさっきから様子がおかしいが、話を続けるぞ」
「……」
何も言えないまま伯父様を見つめる。伯父様は怪訝そうな顔をしていた。
あたしの今の心境なんて誰にもわからないわ。
混乱しながら何とか状況を飲み込むけど、今にでも吐き出したい……折角美味しかった食事が全部言葉と一緒に出てきちゃいそう……。
う、なんか気分悪くなってきた。
「ハルヒトのことはジェイルに任せるからお前は基本的に何もしなくて良い。……ただ、気にしてやってくれ」
何もしなくて良いなんて言われても同じ屋敷で暮らすんだから無視なんてできるはずがない。
言ってしまえば、現時点ではハルヒトの方が立場が上だわ。現会長が正式に後継者だと明言してるんだもの(なのに、顔が売れてないって話も不思議ではあるんだけど……)。あたしはそういう可能性があるってだけで、伯父様から正式に後継者として名指しされているわけじゃないから、単なる会長の親族。
だから、無視なんてできるはずがない……。
「で、もう一つ」
「……?」
「キキが学校に通うから新しいメイドを雇うって話しただろ? ハルヒトと同じく明日から椿邸に入ることになったから紹介する。式見」
「はい」
さっきみたいに式見が部屋を出て、一人の少女を連れて戻ってきた。
その姿を見た瞬間、あたしは目を見開いてしまった。
ヒュ、と喉から変な音が鳴る。
黒い髪に赤い目。華奢な体躯とどこかミステリアスな雰囲気。
まだメイド服は着てなかったけど、見間違うわけがない。
レドロマのヒロイン。
──白雪アリス。
彼女は式見の横に立つと、あたしに向かって深々とお辞儀をした。
「はじめまして、白木アリサです。早くロゼリア様のお役に立てるように頑張ります」
白木アリサ……いや、この子は白雪アリスよ。この名前は潜入のための偽名。ゲームでもそうだった……。
なんでハルヒトとアリスが同時に出てくるわけ!? しかも二人とも椿邸に留まるってことは、接触は避けられない。
一番避けておきたかった二人がなんで……!!
あたしの心臓がうるさいくらいに速く鳴っていて、とても冷静じゃいられなかった。
現実なの……?
なんでこんな展開になってるの……?
どうしようどうしうよう。この二人を避けるのが一番の目標だったはずなのに……!
「ロゼ。そういうわけだから、二人は──」
「嫌」
咄嗟に低い声が出てしまった。
けど、一度声を出したら止まらない。
室内の全員の驚いた視線があたしに集中する。
「嫌よ、伯父様。今回の仕事も、そこにいるアリサって子も……受け入れられない!」
「……どうした、急に」
「嫌なものは嫌なのッ!!」
バンッ、とテーブルを叩いて立ち上がる。
その二人に関わるとあたしの死ぬ可能性が高まるから、なんて言ったって信じてもらえない。
こんなことを言ってもどうにもならない、とわかっていても言わずにはいられなかった。
「お前、この仕事は断れないって話は理解してただろ? 今更になって嫌だっつうのどういう了見だ?」
「それはッ……!!!」
「理由があんなら言ってくれ」
言えない。言えるわけがない。
言っても絶対に信じてもらえないもの。
『実はこの世界はとあるゲームの中で、あたしは悪役としてそのアリサに殺されるの』とでも言えばいい? 頭がおかしくなったって思われるだけだわ。
何も言えずに、ただ、その場で項垂れた。
「前に話した時も言ったが、断れる話じゃない。俺のメンツもかかってる。口頭だけで話をしたんじゃねぇんだ。……ハルヒトの身の安全をして、第八領が落ち着くまで預かるって書面も交わしてる。反故にはできねぇ。……わかるだろ? ロゼ」
わかる。理解できる。
伯父様はあたしがユキヤにそうしたように八雲会のミチハルと書面を交わして、そこに九条印を使った。だから断れない。あたしもユキヤとの約束は絶対に違えたくないって思ってるから、わかる。
でも、伯父様の話には死の危険が潜んでる。
展開が変わったからって楽観なんかできるわけがない。
伯父様がこうして二人を連れてきたってことは──あたしの知らない『九条ガロルート』の可能性だってあるんじゃないの? あたしはそれを前世の友人である『りょーこ』からちょっとだけ話を聞いただけ。スタート時から結構違ってて、ストーリーの補完みたいな側面があるって話してた。
ハルヒトとアリス、二人の視線が突き刺さる。
──この女は何を言ってるんだ? とでも言いたげな視線。
二人のことを受け入れないあたしは悪役みたいじゃない……。理由らしい理由もなく、ただヒステリックに感情任せに「嫌よ!」なんて、本当にゲームの中の悪女・九条ロゼリアだわ。
前世を思い出しても本質まで変わらないし、変えられないんじゃない……?
このまま、元の場所に落ちて……そして……。
「──さま、……ロゼリアさま」
名前を呼ばれてハッとする。
そこには、さっき挨拶をしたアリス、いいえ、アリサが立っていた。
伯父様の傍からあたしのところまで移動してきたらしい。コーヒーカップが落ちて割れたおかげでできたスペースに立ち、心配そうな顔をしてあたしの顔を見つめている。
どこか神秘的な赤い瞳に魅入られたよう。
呆然と彼女を見つめてしまった。




