59.不可避の運命?①
そして伯父様が帰ってくる日。
朝から椿邸の中はちょっとバタついていた。伯父様が「少し騒がしくなる」って言ってたのはこういうこと? 何をそうバタバタしてるのかわからないんだけど、どうやら客室を整えてるっぽいのよね。
……もしかして伯父様がしばらく泊まるとか?
それなら夜通しお酒を飲みながら色々話をしてもいいかも。なんて、ちょっと浮かれてしまった。最近伯父様はずっと外回りで帰ってこなかったんだもの。寂しかったのは当たり前よ。
夕食の時間になるとあたしは本宅に呼ばれた。
伯父様不在の間でも遠隔で伯父様に指示は出ていたから絶えず人の出入りはあったのよね。要は本来伯父様がこなすべき事務仕事なんかを代わりの人間がやってたり、来客対応をしてたりしてたっぽい。
ジェイル、メロ、ユウリの三人も一緒。
こいつらは別に要らなくない? と思ったけど、ジェイルは仕事の話があるから連れてこいって言われて、ユウリも伯父様の秘書である式見と顔を合わせさせたいとかで……メロは別にいいかなと思ったんだけど「ついでだから連れてこい」ですって。なんかメロって伯父様にちょっと気に入られてるのよね、どうしてかしら。
「……ねぇ。お嬢」
「何よ」
「おれらのご飯も用意されてる? いつもみたいに傍で立って待ってるだけってオチじゃないっスよね?」
「人数分用意してるって言ってたでしょ。ちゃんと聞いてなさいよ」
呆れながら返事をすると、ジェイルとユウリもジト目でメロを見ていた。メロには効いてなさそう。
ジェイルたちと一緒に食事をするなんてこともないからちょっと不思議な感じなのよね。まぁ、あたしと伯父様だけ楽しく食事をしてジェイルたちはただ見てるだけっていうのは落ち着かない。
これまで割とそういうシーンはあったし、部下は傍で立ってるだけっていうのは別に不思議じゃないはずなのよ。
本宅の中だし、何かを警戒する必要もないし、伯父様のことだから「どうせ呼ぶんだから美味いものを食わせてやろう」って気持ちでしょうけど。
食堂に着くと、既に伯父様がいた。
神経質そうなオールバックスーツ眼鏡──秘書の式見と何か話している。式見はあたしを見るなり、眼鏡をくいっと押し上げて軽く頭を下げた。……苦手なのよね、式見。見た目通り神経質で、言葉もちょっときついし。
あたしはそんな内心は表に出さず「久しぶり」とだけ言って、伯父様に近付いた。
「伯父様、おかえりなさい!」
「おお、ロゼ。また綺麗になったなぁ」
「んもう、それしかないの?」
伯父様って会うたびに「綺麗になった」って言うのよね。照れくさいけど、やっぱり嬉しい。
あたしが伯父様に飛びつくと、伯父様は嬉しそうにあたしを抱きしめ返してくれた。離れていた分を取り戻すみたいにぎゅーっと抱きつくと、伯父様がおかしそうに笑う。
「ったく、いつまで経っても甘えん坊だなぁ?」
「伯父様があたしを放っておくからよ。今くらい甘えたっていいんでしょ?」
「おう、いいぞ。……こないだはちゃんと時間を取ってやれなくて悪かったな」
「いいのよ。お願いは聞いてもらえたし」
伯父様の胸から顔を上げて笑う。
前回は確かに短かったけどお願いが効いてもらえたから良かったと思ってる。いつもの「あれ買って」「これ買って」っていう我儘じゃなかったしね。
「あれで良かったのか? 何か欲しい物とかあれば遠慮せずに言えよ」
「ふふ、ありがとう。伯父様。でも今は大丈夫よ」
それどころじゃないからね……。今何か買ってもらったら、そっちでストレス発散して現実逃避しちゃいそう。買い物も同じ理由で我慢してる。買い物して散財するのがストレス発散なんて健全じゃない。
伯父様の目に、今のあたしは不思議に映るらしい。
以前みたいに我儘も言わないし、ヒステリックに声を上げたりしないものね。
「ジェイルたちも久々だな、元気にしてたか?」
「は、問題なく過ごしています。ガロ様もお変わりないようで……」
「おれは元気っスよ」
「ご無沙汰しています。おかげさまで元気に過ごしております」
個性が出る返しね。メロの勝手さが際立つ。
またジェイルとユウリにジト目を向けられてたけど、伯父様は楽しそうに笑うばかり。
「そうかそうか。お前らからも近況を聞いてみたいと思ってたんだ。──まァ、積もる話は食べながらのんびりしようじゃねぇか」
「ええ、そうしましょ」
席次は決まっているらしく、使用人たちがそれぞれ席に案内をしてくれた。
あたしの正面に伯父様、あたしの隣にはジェイル、メロ、ユウリがそれぞれ座ることになった。式見は今回は一緒に食事をするわけではなく、伯父様の後ろに立つ。
……伯父様の横の席、誰かが座るようにセッティングされてる。誰か混ざるのかしら?
けれど、その席について誰かが説明をしてくれるわけでもなかった。
席につくとお重が運ばれてくる。伯父様がコース料理あんまり好きじゃなくて、好きな順で好きに食べたいってタイプだから数種類一気に出されるのが常なのよね。あたしはコース料理も好きだし、丼ものみたいに一椀で済むタイプも好きで……特に食に対して拘りはない。前までは「見た目が綺麗で派手!」に何故か拘ってたけど、憑き物が落ちたみたいに普通の食事を楽しめている。
あたしとジェイルはこの様子に慣れてるけど、メロとユウリはこういうタイプの食事は初めてよね……。メロは普通に「うまそー」って言って気にした様子もないけど、ユウリがちょっと青い顔してる。多分マナーが分からないとか何から食べるのが正解なんだろうって不安になってる顔だわ。
「ユウリ、好きに食べていいのよ。食べる順番とかもないわ」
「おっと、そうか。ユウリは俺の食事に付き合うのは初めてだったなァ。悪ィ」
「会長、おれもっス」
すかさずメロが笑って割り込むと伯父様が愉快そうに笑った。
「お前は別にマナーとか気にねェだろうが」
「だって教えてもらってないっスからね。知らないことはどーしようもないっつーか」
「ったく、調子がいいなお前は。ユウリとは大違いだ」
同じだったら大問題よ……。
伯父様に軽口を叩くメロをジェイルが睨んでいる。気持ちはわかるけど、ジェイルも気兼ねせずに話せばいいのに。好きすぎて気軽におしゃべりできない、みたいな雰囲気でちょっと気持ち悪い。
「後で仕事の話もあるから酒はまた今度な。いくつか見繕って椿邸に既に運んでおいたから、またそのうち飲んでくれや」
「わ。伯父様ありがとう。いただくわ!」
「……椿邸に送ったんだからな。お前だけで飲むなよ」
「もう! 人を酒飲みみたいに言わないで。ちょっと嗜む程度よ」
伯父様のツッコミに笑いながら反撃する。
……ホストクラブで泥酔した過去もあるけど、別に酒飲みというわけではない、はず。ちょっと強い方だとは思うけど。
お酒無しはちょっと寂しいけど後の楽しみってことで。
その後も3つに仕切られたお重が運ばれてくる。本当にお好きにどうぞ、って感じで並べられていった。
あたしとジェイルは「これが多分先付け」と思われるものから食べて、何となくだけどコース料理に近いだろう順番に食べていった。メロは本当に好きなものから食べていき、ユウリは未知のものと好きなものを交互に食べている。食べ方も性格が出るわよね。
合間合間に伯父様がジェイルたちに近況を聞いて、それに答えて……話に花が咲いた。
「ユウリも見違えたなぁ。そのスーツ、よく似合ってるぞ」
「恐縮です。墨谷さんに見て頂きました」
「そうかそうか、墨谷も息子がいるみたいで楽しいだろう。……ん? それはロゼの好みには合わせてないのか?」
「あたしは口出ししてないわよ」
「あ、裏地はロゼリア様のお好きな赤にしました」
「いいじゃねぇか」
ぶ。と、あたしは丁度飲んでいた水を吹きそうになった。
別に今そんなこと言わなくてもよくない?!
思わずユウリの方を見て睨むとユウリは何も言わずに笑うだけだった。何なのよ……!
あたしの反応にジェイルとメロもちょっと笑っていた。本当に何なの……!
そんな感じでそれぞれ近況を話しているうちにデザートが運ばれてきて、食事も終わり、最後にコーヒーが出てきた。
伯父様と二人きりで食事ってわけにはいかなくて独り占めできなかったのがちょっと不満ではあるけど、たまにはこんなこともあるわよね。……いずれしっかり時間を作ってもらおう。
「さて、と。……色々聞けてよかった。前より雰囲気が良くなってて何よりだ」
コーヒーを飲んでから伯父様が言う。
ソーサーにカップを置いてから、あたしたちを順に眺めていく。
「で、だ。俺にとっちゃこれが本題なんだが……ロゼに事前に話をしていた仕事のことを話したい」
伯父様は両肘をテーブルにつき、口元前で手を組む。
改まった様子を目の当たりにして緊張が走る。
こんな風に改まって仕事を頼まれるなんて初めてのことだから、妙にそわそわしてしまった。ジェイルはもちろん、メロもユウリも他人事じゃないと感じているようで、伯父様に集中している。
「肝心の仕事の内容だが、まァ、大したことじゃねぇんだ。──しばらくの間、ある人物を預かって、保護して欲しい。椿邸に居候が増えるくらいの認識でいいが、客として扱うように気をつけてくれ」
何だか伯父様の言い方がちぐはぐだわ。
大した話じゃないとか居候とかって言いつつ、客人として扱えなんて言うから、その『ある人物』とやらへの一定の配慮が窺える。取引先の偉い人とか、なんかそんな雰囲気だわ。伯父様にとって無視できない、もしくはある程度丁重に扱いたい相手って雰囲気。
あたしは伯父様の交友関係にそこまで詳しくないから相手が全く想像つかない。……以前、パーティーやら顔合わせに連れて行ってもらったけど、あたしは覚える気がなかったからね。
……そういう気まずさを誤魔化すために、コーヒーに口を付けた。
「ガロ様、その方は──……」
「今から紹介してやる。式見、来てもらってくれ」
「は、承知しました」
ずうっと傍で待機していた式見の出番がようやくあってよかったわ。式見は食堂から出ていき、『ある人物』とやらを連れて戻ってきた。
金髪碧眼。
誰がどう見ても美形で、王子様のような外見。
その姿には見覚えがある。
──レドロマの広告、PV、ディザービジュアルで常にヒロインの横を陣取っていた人物。
その姿を見て、それが誰か分かった瞬間、あたしの手からコーヒーカップが滑り落ちた。
床に落ち、パリンと音を立てて割れるコーヒーカップ。
全員の視線があたしに集中した。
けど、頭は真っ白で、周りの視線を気にする余裕はない。
そんな中で金髪碧眼の相手と目が合い、背筋が寒くなった。
な、なんで、どうしてあんたが今ここにいるのよ……!
──千代野ハルヒト!!




