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57.オフレコ⑦ ~ジェイルとユキヤ~

「ユキヤ!」


 椿邸を出てしばらく歩いたところでジェイルが追いかけてきた。

 そのまま放っておいてくれるか、話を聞きに来るかは五分五分だったが、実際にこうやって追いかけられると何だかんだで驚きが勝る。なんせ、以前までのジェイルからはロゼリアの愚痴しか聞いていなかったからだ。

 ノアが何とも言えない顔をしてジェイルとユキヤを見比べている。


「ジェイル。何かありましたか?」

「……お嬢様と二人で何を話したんだ」

「君がそれを気にするのは意外でした。随分と仕事熱心になったんですね」


 以前は愚痴しかなかったのに、と暗に言う。ジェイルは苦々しげな表情をしてから溜息をついた。


「気になるのは当然だろう。それこそ俺の仕事に関わる」

「君の仕事を邪魔するような話はしていませんよ。ロゼリア様に個人的な感謝を伝えただけなので」

「……本当か?」

「ええ、本当です」


 アキヲの裏の繋がりの話は仕事だが、まだあまり広げたくない話題だった。さっきはロゼリアとの会話の流れの中で伝えてもいい、ロゼリアのモチベーション維持のために話をしてもいいと判断しただけのこと。

 いずれ時が来ればジェイルにも伝える話だし、今伝えなくてもいいと考えている。

 しかし、ジェイルはいまいち納得していない様子だった。


「……今日のことも、せめて俺に一言くらいあってもいいんじゃなかったか」

「君からロゼリア様に報告してしまうでしょう。知らぬ存ぜぬを通してもらえればいいんですが、……君は自分が思うよりもずっとポーカーフェイスができてないので……。自覚してくださいね」


 ジェイルの表情は確かに硬いし、感情表現豊かではない。けれど、ただそれだけであってポーカーフェイスができているかと言うとそうではないのだ。ただ、感情が目立って出にくいだけであり、付き合いが長くなれば雰囲気や視線からいくらでも感情が読み取れる。

 それは、ロゼリアが変わってから顕著だった。

 特にロゼリアに関わることに関しては前のめりすぎるくらいだと最近感じている。

 自覚が薄いのが難点だ。


「最近のジェイルは仕事熱心で、何なら楽しそうなので、そんな君が見れて俺は嬉しいです。以前はそんな感じは少しもありませんでしたからね」

「それは、」

「ただ、少し心配です。何が、とは言いませんが……」


 ジェイルがロゼリアに対してどんな感情を抱いているかは想像でしかない。ただ、これまでのジェイルを知っている身からすれば、こんな短期間でそんなことが──という気持ちがあるので半信半疑だ。

 ユキヤの言葉を聞いたジェイルは少し黙り込んでしまった。

 とは言え、自分ばかりがジェイルに小言を言っているのは良くないと思い直して、小さく咳払いをした。


「まぁ、今日のことに関しては……こんなことを言うと君は怒りそうですが、」

「なんだ?」

「ロゼリア様の驚いた顔が見てみたかった、という私情があったのは否定しません。そこも含めて申し訳ないと思っています」


 ジェイルが目を丸くする。横ではノアも驚いた顔をしてユキヤを見上げていた。


「ですが、本当にそれだけ。ただの興味です」

「……ただの興味に聞こえないんだが」

「ふふ。それは君の感情の問題だと思いますよ」


 にこやかに言ってみせるとジェイルは難しい顔をしていた。ただの仕事熱心ならばいいものを、そこにユキヤとは少し違う私情が入ると厄介である。ジェイルがその手のことに気を取られている姿は見たことがないので、杞憂が本当だったとしたら、ジェイル自身がどう変遷していくのかが気がかりだ。

 だが、それはユキヤにも当て嵌まる。

 ロゼリアが気になっているのは事実であり、ただの『ふり』や仕事の延長とは言え、デートの提案が思いの外嬉しかったのも紛れもない事実だった。いつ、どこへ行くことになるのか──考えるだけで心が沸き立つ。そんな自分を客観視することによって、感情からは一歩引いていた。

 ジェイルと決定的に違うのは自覚の有無だと思っている。

 ユキヤ自身は自覚があるので、「今はそんなことに気を取られている場合ではない」と自制しているつもりだ。その気持ちをどうにかするとしても、決着がついてからではないといけない。


「……それに、俺は自分のことをどうにかしなくていけないので」


 自嘲気味に呟いてみれば、ジェイルが目を細める。

 そして聞きづらそうな様子で口を開いた。


「結局、お前は今の事態をどうしたいんだ?」

「目下の目標は計画の完全中止と、父を思い止まらせることです。……それ以外のことはまだ何も」


 ジェイルが何か言いたげにする。何を言わんとするかは察したが、あまり大っぴらに言うことではないからか、ジェイルは言葉にはしなかった。

 ユキヤの言う二つが達成されるとアキヲは失脚する。

 となれば、当然『南地区代表の息子』であるユキヤの立場もどうなるかわからない。アキヲが自分のやることから完全にユキヤを遠ざけていたことがうまく作用すれば、さほどダメージはないだろう。しかし、世間はそれを許さないはずだ。

 幼い頃はぼんやりと父の後を継ぐのだと考えていたが、今ではそのビジョンが見えない。

 幸い、個人的に仕事はしているので路頭に迷うなどということはないだろうが、悪評がついてしまうのは避けられない。


「そうか……俺に何ができるかわからないが、何かあれば相談してくれ。なんとかする」

「いいんですか? そんなに安請け合いしてしまって」

「安請け合いのつもりはない。当然のことだ」


 友人として。という一言が聞こえたような気がした。

 今更だがそういう存在はありがたいなと思った。ノアが傍にいるにしても、ジェイルとノアは色々と違う。ノアに対してはどちらかというと自分が守ってやらねばという気持ちがあるが、ジェイルに対してはそういう気持ちはほとんどない。勝手に何とかする男である。

 ジェイルの言葉を噛み締めて、何でもない風を装って笑う。


「ありがとうございます。いざという時はお願いしますね」

「ああ、わかった」

「他に何かありますか? ロゼリア様のこと以外で」


 悪戯心込みで聞いてみたが、ジェイルには通じてないらしい。真面目腐った顔をして首を振った。


「いや、もうない。引き留めて悪かった」

「君の変化を見るのは楽しいので問題ありませんよ。……では、また。ノア、待たせてごめんなさい。行きましょう」


 ノアの肩を叩いて歩くように促す。ノアは何か言いたそうにユキヤのことを見つめていたが、結局何も言わずにユキヤの横を歩き出した。

 一度だけジェイルを振り返って手を振って、ようやく九条家の敷地を後にしたのだった。

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