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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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56.帰りがけ、その後

 ガチャ、と扉を開けた瞬間、メロの「いてっ」という声が聞こえてきた。

 思った通り扉に耳をつけてたわね、こいつ。


「……あんた何してんの?」

「え? いやァ、あはは。何でもないっスよ」


 ジト目を向けるとメロは不自然に視線を逸らした。本当にこいつは……。

 呆れながらユキヤと二人で応接室を出る。ノアが複雑そうな表情をしてユキヤの傍についた。何か言いたげな視線を受けたユキヤは何も言わずに微笑むのみ。当然ユキヤがさっきの話を簡単に漏らすわけではない。側近のノアだって下がらせるんだから、ノアにすら言う気はないでしょ。

 それはあたしも一緒。わざわざ吹聴することでもないし、アキヲのことも今言うことじゃない。


「メロ、悪いことはもうしないんじゃなかったの?」

「それは、まぁ、……」

「あんたのしようとしたことは盗聴って言うのよ」

「うぐっ。でも結果的に聞こえてこなかったんで……」

「そういう問題じゃないのよ。全く……」


 それだけ言ってメロから離れた。ジェイルとユウリがあたしのすぐ前に立つ。

 メロほどあけすけじゃないにしろ、何を話したのか気になるって顔をしていた。けど、言わない。


「待たせたわね。これで終わりよ」


 ジェイルとユウリは静かに頷いた。それからユキヤを振り返ると、あたしの隣までゆっくりと移動をしてくる。


「ロゼリア様、今日は貴重なお時間をありがとうございました」

「こっちこそ呼びつけて悪かったわね。ただの顔合わせがしたいってだけで」

「いいえ、とんでもありません。またいつでもお声がけください」


 ユキヤは嫌な顔ひとつ見せない。負担ではなく、むしろ嬉しかったという風にすら伝わってくる。

 この穏やかな態度というか、相手に気を遣わせないような態度は見習いたいわ。


 このまま帰らせるのも良くないと思って、ユキヤの横に並んで玄関まで向かう。ユキヤはあたしがついてきたことにちょっと驚いてたけど、これくらいはする必要あるでしょって感じ。

 ……まぁ、あたしとユキヤが応接室から出てきたのを知ったメイドたちがあちこちでこっちの様子を伺っているのが若干鬱陶しい。野次馬したいのはわかるけど、もうちょっと控えめにやれないのかしら。こういう視線を向けられるのも初めてだからくすぐったいのよね……。


 そんなメイドたちの視線を躱して玄関に到着。

 が、やっぱり気になってるらしく、こそこそとついてきて本当に遠くから見てる……。

 玄関の前で立ち止まり、ユキヤと向かい合う。


「ロゼリア様、ここまでで大丈夫です」

「そう? じゃあ、またね」


 そう言って見送り体制に入ったところで、ユキヤがあたしの手を取った。

 ん? と思っていると、あろうことかユキヤはあたしの手を持ち上げて手の甲にキスを──するふりをしてそっと下ろしてしまう。多分見る角度によっては本当にキスをしたように見えたはず……。

 遠くから「きゃぁっ」というメイドの黄色い声が聞こえてきたし、何なら背後からジェイル、メロ、ユウリの驚きの気配が伝わってきた。ノアはユキヤの横で目をまんまるにしていた。

 あたしが固まっているとユキヤはちょっといたずらっぽく笑って離れていく。


「失礼しました。またお会いできるのを楽しみしています。──ノア、行きましょう」

「ぇッ、あ、はいっ!!」


 あたしや他の人間が何か言う前にユキヤは椿邸を出て行ってしまった。

 近くにいた使用人やメイドはお行儀よく見送っていたものの、あたしはそうはいかない。

 今の、何?!

 驚いていると、後ろからジェイルがあたしの横をすり抜けていった。


「ロゼリア様、自分は少しユキヤと話してきます」

「……わ、わかったわ」


 動揺を何とか隠して頷き、ジェイルを見送った。

 ……なんかユキヤには驚かされっぱなしだわ。

 とは言え、アキヲを欺くって話だったし、その一環よね。こうやって『ユキヤがあたしに言い寄っている』とわかりやすいシーンを周りに見せることで噂が広がりやすくしているってことよね、今の。手の甲へのキスだって、ただの『ふり』だったもの。

 推しにこんなことをされてドキドキしないかと言うと……まぁ、するんだけど! でも、やっぱり解釈違いだから! なんとも言えずに複雑な気分なのよね……。あたし、壁か観葉植物にでもなって推しを見守りたいタイプだったから……。


 ちょっと疲れたから部屋に戻ろう。

 素知らぬ顔をして振り返ると、メロがニヤニヤしながらあたしを見ていた。


「……メロ、何よその顔」

「いやァ? お嬢ってユキヤく、さんみたいなタイプとは接点なかったし、びっくりしてんじゃないかなって」


 こいつは本当に……。呆れてため息をついた。

 なんかずっとあたしやあたしの周りで起こることを楽しんでるのよね。こっちはそんな場合じゃないっていうのに、気楽で羨ましいわ。

 構いすぎると調子に乗りそうだわ。

 そのまま無視をしようとしたところで、ユウリが横からメロの三つ編みをぐんっと引っ張った。


「いって!?」

「メロ、もう少し静かにしてなよ」

「ちょ、ま……抜ける抜ける……! ブチッていった……!」

「ロゼリア様、申し訳ございません。ジェイルさんみたいにうまくはいきませんが、僕もメロのことはちゃんと見てます」

「ユウリ、おま……!」


 二人のやり取りに思わず笑いそうになってしまった。やはりユウリは付き合いの長さもあってメロに対して容赦がない。メロのことは任せておいて良さそう。

 使用人やメイドたちの視線が鬱陶しいから部屋に戻ろう。

 噂はしてくれて構わないけど、あれこれ探られるのは困るのよね。


「ユウリ、あたしは部屋に戻るわ」

「はい、承知しました」


 メロの三つ編みを掴んだままユウリが返事をする。メロが「離せ」だのなんだの言ってるけど、ユウリは聞いちゃいない。……メロの言動も間に受けるべきじゃないのよね。本当に。

 くるりと玄関に背を向けたところで、墨谷が近付いてきた。


「お嬢様」

「墨谷? 何?」

「ガロ様からお電話がありました。ロゼリア様から折り返しをして欲しいと」

「わかったわ。部屋に戻ったらすぐかけ直す」

「よろしくお願い致します。ああ、頂いた薔薇は花瓶に分けて、部屋までお持ちしますね」

「ええ、それもよろしく」


 しばらくはユキヤから貰った薔薇を見て過ごすことになりそう。

 薔薇はアリスに送ってみて欲しかったわ。……ユキヤがアリスに花を贈るシーン自体はあったけど薔薇じゃなかったのよね。邪魔にならないように、って小さめの花束だった気がする。

 そんなことを考えながら部屋に戻った。

 


◇ ◇



「もしもし、伯父様?」

『ロゼ? どうだ、元気にしてるか?』

「ええ、もちろんよ。伯父様は変わりないかしら」

『もちろんだ』


 部屋に戻って忘れないうちに伯父様に電話をかける。

 時間に余裕があるみたいですぐに繋がった。伯父様の声はいつも通りで安心する。


「そう、よかったわ。今日はどうしたの?」

『こないだ仕事を頼みたいって言っただろ? あれが正式に決まったからお前にちゃんと話したいんだ。5日後にそっちに戻るから、夕食を一緒に取りがてら話させてほしい』

「わかったわ」


 伯父様と夕食は楽しみ!

 だけど、仕事がセットなのよね。いまいち喜びきれない。仕方ないのはわかってる。


『少し椿邸が騒がしくなるかもしれねェが、勘弁してくれよ』

「? ……どうして椿邸が騒がしくなるの?」

『当日直接話をする。それまで待っててくれ』


 まだ言えないらしい。何があるのかくらい教えてくれても良さそうだけど、色々あるのかしら。一体何があるのかわからなくて不安は不安だけど、伯父様のことだし悪いようにはしない、と思いたい……。

 5日後、というともう8月も終わり……もう9月も間近。

 ゲーム開始まであとわずか……とは言え、その前に『ハルヒトを拾う』って言うイベントがあるし、そこから『陰陽』に所属しているアリスがメイドとして潜り込んでくる。それらは9月に入ってからだから、今このタイミングで何かあっても大丈夫だと思うけど……。


 あたしはこれまで色々行動してきて、自分自身のことも短い間だったけど変えたつもり。

 だから、ひょっとしたらゲーム自体開始しないんじゃない? って気持ちもあるにはある。けど、ゲームというか運命みたいなものが存在していたとしたら、あたしは無理やりにでも『ラスボス悪女』にされてしまうんじゃないかって危惧もしている。

 死にたくないし、諦めたくはない。

 けど、抵抗できない運命があるとしたら──……

 本当にどうしたらいいんだろう。


 悶々と考えていると、向こうから伯父様があたしを呼ぶ。


『ロゼ?』

「えっ! あ、な、何でもないわ。ちょっとぼーっとしてただけ」

『そうか……なんか、お前は最近頑張ってるってジェイルから聞いてる。疲れてんじゃねェのか』

「そんなことないわ、大丈夫。伯父様こそ頑張りすぎてない? 大丈夫?」

『お、逆に心配されちまうか。まァ、俺も大丈夫だ。落ち着いたら旅行でも行くか』

「いいわね、楽しみにしてる」


 はぁ、本当に何もかも忘れて旅行とか行きたい。買い物にも行きたい。

 でも今は無理。色々不安すぎて絶対楽しめないもの。

 伯父様との旅行の約束を糧にがんばろう。


『っと、呼ばれちまった。切るぞ』

「ええ、またね。伯父様」

『おう』


 またな。という言葉とともに通話が切れる。

 あたしは携帯をしばらく見つめてから、テーブルに置いてソファに横になった。

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