50.閑話①
結局、ユウリのことは保留。
……とりあえず、あたしとユウリの相性が実は悪そうってことがわかっただけでも良しとするわ。良くないけどね!
よく考えてみれば、ユウリはアリスにとっての攻略キャラクターであって、あたしとの相性は悪くて当たり前なのよね……。というか、多分ゲーム的には『九条ロゼリア』と攻略キャラクターの相性がいいなんてことは普通に考えたら『ない』。
ないものをどうにかしようとしてるんだからうまくいかないことがあっても当然だわ。ジェイルのポイントがわかりやすくて、たまたま功を奏しただけって感じ。
とは言え、今どうなってるのか分からないにしても、最初よりは好感度的なものがマシになってると思いたい。
実際のゲームじゃないから好感度なんて確認のしようがない。
なんてことを考えながら、ジェイルがユキヤが来る日程について連絡があるそうなので執務室に通す。
「ユキヤですが、来週こちらに来るそうです」
「そう。……って、場所はここ?」
「はい」
ジェイルもあたしが言わんとすることを察したように微妙な表情だった。
こんな顔をするってことはユキヤには確認は取ってるのよね……。
「アキヲに知られないようにしたいんだったら外で会った方がいいと思うんだけど……」
「自分もユキヤにはそう言ったのですが……椿邸に来たいそうです」
「理由は?」
「当日話す、と」
何か考えがあるっぽいのはわかった。ユキヤのことも信用している。
けど、やっぱりいいの? って思っちゃうのよね。アキヲに見つからないようにしたいなら、こう、西地区か東地区かどこかで落ち合った方が良いような気がする。実際、ユキヤも西地区の友人に会うって口実を作るって言ってたし……。
あたしはいまいち納得できずに腕組みをして考え込んでしまった。座ったままだと何となく落ち着かなかったので、適当に執務室を歩きながら。
「……お嬢様」
呼び止められて足を止める。ジェイルを振り返ると視線が合う。
ジェイルはすぐにその視線を外しながら口を開いた。
最近、表情豊かになってきたわね。前までは仏頂面で、鉄面皮かってくらいに表情の変化が乏しかったのに。その分目を見てれば何を考えてるのかはわかることもあったけどね。
「ご不安なら、自分がユキヤに場所の変更を打診しますが、」
「いいわ。何か考えがあって事前に言えないだけなんでしょ」
南地区に関わることだからユキヤの考えを尊重したいし、その点に関してはユキヤのことは信じてる。
そう思って笑いながらひらひらと手を振ると、ジェイルが何とも言えない表情をした。思わず手を止めてジェイルの顔をまじまじと見つめる。
「何よ、その顔」
「いえ。……お嬢様はユキヤのことを随分信用されてるのですね」
「? それはそうよ。でも、それはあんたもでしょ?」
何を言ってるのかしらって感じで返すと、何故かジェイルが言葉に詰まった。
むしろ、ジェイルの方がユキヤへの信用度? 信頼度? みたいなものは高いんじゃないかしら。なんせ幼い頃からの付き合いで、ジェイルは普段他人のことは名字で呼ぶのにユキヤは名前呼びだし、ユキヤだって普通は名字にさん付けで呼ぶのに呼び捨てだし、これが信頼や親密さの現れじゃなくてなんだというのか。
……はぁ。本当に、あたしにもそういう存在が欲しい。
そんな相手どころか友達もいないんだもの。辛くても悲しくても泣きつける相手がいない……。
ジェイルが返事をしないのを不思議に思っていると、ジェイルは歯にものが挟まったみたいな顔をしていた。何よその顔。
「それは……そう、ですが、」
「でしょう? それに、あたしの場合は約束もあるもの。信じてもらうためにはまず信じなきゃ、って感じかしら」
「……そう、ですね」
「あと、前にも言ったけどあんたのこともちゃんと信じてるわよ」
伯父様が絡むこと、南地区が正常化に向けての話に限定だけどね! そういうものを切り離された時、どう考えてもジェイルにとってあたしってどうでもいい存在なのよね。
あたしの言葉にジェイルが驚いたように目を見開き、それからどこか照れくさそうに笑った。
え、笑った!? こいつ、あたしに笑顔なんて見せるんだ……?
「そうでした。俺もお嬢様に信じていただいているのでした」
「え、ええ。そうよ。……だから、あんたがどうしても不安なら、ユキヤに個人的に話をしてもいいわ」
そう言うとジェイルは少し考え込んでしまった。
そういう感覚含めてジェイルのことを信用してるんだしね。ジェイルがまずいって思うなら、多分伯父様もまずいんじゃないかって思うはず。
っていうか今「俺」って言ったわよね。ちょくちょく一人称が崩れてるのが気になる……。気を許されてる、って考えても良いのかしら……。
「……多分言わないでしょうが、もう一度理由を聞いてみます。その上で、どうするかの判断をお任せいただけますか?」
「いいわよ、それで」
「承知しました。それかもう一つ別件でご相談です」
ユキヤとの日程の話は一旦ジェイルに任せるとして。
別件? 何かしら?
あたしは椅子に戻って座り直しながら先を促すように首を傾げた。
「真瀬のことです」
ぴく、と口の端が引きつった。
切り離せないのはわかっていてもちょっと身構えちゃうわ。けど、あんまり変な反応をするとジェイルに不審がられるし、普通にしてなきゃ。普通に。
「ユウリのことね。何?」
「はい。墨谷さんからの言付けになりますが……秘書という立場になるからには、服装などをきちんとさせた方がいいと。お嬢様から特にご希望がないようなら、墨谷さんが近日中に服を見に外に連れ出したいとのことでした」
確かにユウリって仕事着っていうかスーツ的なものは持ってなかったかもしれない。全く持ってないというわけではなくて、日常的に着るような感じでは持ってない。普段もかしこまった格好はしてないし。
っていうか、ご希望って……? いいや、聞いちゃえ。
「希望って?」
「自分が着ているのは九龍会の制服のようなものですが、真瀬は立場が微妙なので、勝手には用意が出来ません。……ただ、お嬢様のご希望であれば同じものを用意することは可能です。そうでなければスーツですね。ただ、スーツでもお嬢様のお好みがあれば事前に聞きたい、と……」
言われて、ジェイルの服装をまじまじと見つめた。
確かにジェイルやその部下は同じ服装なのよね。くくりとしてはスーツっぽいものの、どちらかというと軍服っぽい。生地は黒くて、細身のシルエットで、首元が少し詰まってて……。ちょっとチャイナっぽくもある。シンプルなデザインなんだけど袖のところに龍の刺繍があるのが一番わかりやすい特徴かも。あ、あと腕章も。
うーん? これ、ユウリに似合う? 似合わなくもないと思うけど、ジェイルが着てるのを見慣れたせいで、ユウリが着た姿を想像してみてもしっくり来ない。
「スーツの好みねぇ……」
「例えば色であるとか」
「赤ね」
「それはちょっと」
ふっと笑う。冗談だというのはジェイルにも伝わっていたようでジェイルも軽い雰囲気だった。流石に赤いスーツを着た男を連れ歩く趣味はないわ。ユウリには絶対似合わないだろうし。
好きな色は赤。これは譲れないわ。あとははっきりした色かしら。青とか? でもスーツなら無難に黒か、もしくはグレーあたりよね。仕事なんだし。
「墨谷にはユウリの希望を聞いて好きにして、って言っておいてくれる?」
「承知しました」
「何なら屋敷に仕立て屋や外商を呼んでもいいわよ。どうせだから出掛けて色々見たいっていうならそっちでもいいし。……まぁ、とにかく墨谷に任せるわ」
関わった方がいいのかしら。たかが服装、されど服装。
墨谷が変な服装を選ぶなんて思えないから任せても問題ないでしょ。墨谷のことも信用してるわよ~というアピール的な……。 ま、今なら困ったら相談してくると思って……。
「墨谷さんに伝えておきます」
「よろしくね。……。……はぁ、あたしも買い物に行きたいわ」
言いながら机に突っ伏してしまった。
何が欲しい、ってわけじゃないけどふらふらと見て回りたい。服とか靴とかバッグとか。とは言え、今ある分で満足はしてるからとにかくウィンドウショッピングをして気分転換したいというだけなのよね。わざわざ呼びつける気分じゃないから。
「外出されるならお供します」
「あんたはあたしの買い物に興味なんてないでしょ」
「否定はしませんが、お嬢様おひとりで外出は控えて頂きたいので……」
「前にも言ったけどあんたはっきり言いすぎよ」
全くもう、と呆れてみせると、ジェイルがおかしそうに笑った。
ジェイルとはこれくらいのやり取りは何でもなくなってる。いい傾向、よね? 元々ジェイルは何でもはっきり言う質だったけど、以前は面倒くさそうな感じだったのが今はそんなこともなくなってるもの。少なくともマイナスだった好感度がゼロくらいにはなった、んだと思いたい……! 確かめようがないし、単純にジェイルの中で「前よりまし」ってなっただけで、実際好感度的なものの変化はないかもしれないけど!
「とにかく、外出の際はお声がけください」
「はいはい、わかったわよ」
「どこへでもお供しますので」
不意に真っ直ぐに見つめられて、ちょっとドキッとした。
あたしから目を合わせると逸らすくせに、ジェイルがこっちを見る時は真っ直ぐなのよね。なんだかくすぐったいわ。
どこへでも、か。
でもあんたは地獄までは一緒に来てくれないでしょ、って捻くれたことを言いそうになってしまった。
こういうところが駄目すぎるのよね、あたし。
 




