05.計画の中止
僅かな時間の後に扉が開き、南地区の代表である湊アキヲが現れる。
ユキヤは一礼して、あたしたちから離れていった。……ユキヤはこの件、関わってないのよね。
「やあやあ、ようこそ! ロゼリア様! 突然で驚きましたが、ご来訪とても嬉しく思います」
「ええ、ちょっと用事があってね。悪いわねぇ、こんな急に時間をもらっちゃって」
「いえいえ、とんでもございません。ロゼリア様のために全ての予定を空けることなど造作もありませんよ。むしろ三日もお待たせしてしまい、申し訳なく思っております」
「いいのよ。あたしのために準備してくれてたんでしょう?」
「それはもちろん……!」
案の定、アキヲは手をもみもみしながらあたしに挨拶をする。
とはいえ、そこまで卑屈な感じもなく、あくまでポーズって感じ。
柔和な印象だけど、目つきはまるで狐みたい。親子だからユキヤと似てるんだけどユキヤから爽やかさを抜いて狡猾さを足したような顔。
「……ところで、ロゼリア様。お付きの方を連れているのは珍しいですね」
「ええ、ちょっと色々あってね」
「ああ、私としたことが申し訳ございません。どうぞ、こちらへ──……」
中はロゼリア、もといあたし好みに整えられていた。ソファはシックな作りでテーブルもソファとお揃いで落ち着いた色合いで、あちこちに薔薇の調度品が溢れている。……名前に因んでの設定かどうか知らないけど、「ロゼリアは薔薇が好き」って設定なのよね。実際好きだし。
「美しい薔薇には棘があるのよ!」と高らかに笑っていたゲーム内のロゼリアを思い出す。アリスに「枯れたら棘しか残らない哀れな女!」って言われてたわね、そういえば。……今思うとすごいセリフだわ。
応接室に入るあたしの後ろを当然って顔をしてジェイルとメロがついてくる。
すると、アキヲは目に見えて動揺した。
「ロ、ロゼリア様……お二人は……?」
「あたしの護衛よ。……悪いけど、同席させなきゃいけないの」
「……!! し、承知しました」
ユキヤ同様に「同席させなきゃいけない」というところにアキヲが勝手に何かを感じ取ったらしい。
まあ、同席させなきゃいけないのはあたしの都合で、他の何かなんて絡んでないけどね。アキヲが勝手に何かを感じ取ってくれるなら好都合。というか、そういう風に仕向けてる。
高価そうなソファにあたしが座る。ジェイルとメロは背後で待機するような恰好をとった。
アキヲが二人のことをしきりに気にしながら居心地悪そうに手をもみもみしている。
メイドがあたしの前に紅茶を置いていったので、あたしは紅茶をいただくことにした。一口飲んでから、アキヲを見つめる。
「……さて、聡いあんたなら色々察してくれたと思うけど……」
「ロゼリア様、そのぅ……何か、トラブルでも……?」
「そんなところ。あたしも楽しみにしてたから残念よ。今ならまだ間に合うから計画は中止にしましょう」
「そ、そんな……! あんなに乗り気だったではありませんか! それに、もうかなり進んで──ハコも、ヒトも……」
あたしが具体的なところを言わないからか、アキヲもあんまり具体的な話をしてこない。今は正直勝手に想像してて欲しい。
とにかく今は「状況が悪いから計画を中止しろ」ってゴリ押すつもり。
「詳しくは悟られてないけど、ロゼリアが目をつけられているから計画を中止にせざるを得ない」という体で行きたいだけ。ジェイルとメロにはまだ伝えてないけど、こうやって巻き込んでから色々と話すつもりでいる。
「そうは言うけど、あたしだって伯父様の不興は買いたくないし変に怪しまれたくないし……危ない橋は渡りたくないのよ。あんただって伯父様の怖さはわかるでしょ?」
「ええ、それはもちろん……ですが、今更中止だなんて……」
「本当に悪いと思っているの。……でも、引き際って大事だわ。欲をかくと身を滅ぼすわよ」
あたしの背後でジェイルとメロの驚いた気配が伝わってくる。
ジェイルは単純に驚いているだろうし、メロは「どの口が言ってんだ?」って感じでしょうね。
目の前にいるアキヲも驚いている。
これまでは「あんたに全部任せるからとにかく計画を進めなさい」って態度だったんだもの。そりゃ驚くわよね。ロゼリアの陰で私利私欲の限りを尽くしてきたのが、突然ダメになるんだから。
「ロ、ロゼリア様……」
「明日大金を手に入れても一週間後死んでちゃ意味ないのよ。あんたもそうでしょう? そういう危機感の話をしてるの。あたしは長生きしたいしね。……まだ納得できない? もっと状況が悪くならないとわからないのかしら……? そうなったらあんた一人で責任を負ってもらうことになるわよ」
ぐ。と奥歯を噛んで、アキヲは黙り込む。
あたしがここで「中止しなさい」って言ってるのをジェイルもメロも聞いてる。それを聞かずにアキヲが「中止はできない」なんて言ったらどうなるか、アキヲだって当然わかっているはずよ。
……あたしの意思が堅いのは伝わったかしら。
「……かし、こまりました。計画は一旦、中止、します」
「よかったわ、わかってくれて。今日の用件はそれだけよ」
「いえ……」
アキヲ、めちゃくちゃ不満そう。
さっきまでの機嫌良さそうな顔が青くなってるし冷や汗は浮いてるし……まぁ、ここまでで結構金も人も使ってるから中止っていきなり言われても困るのはわかるわ。でもこのままにしとくとアキヲも死ぬのよ。まあ、知らないからしょうがないけど。
……とは言え、アキヲの性格からして大人しく中止にするとは思えないわ。
正直、勝手に自滅してくれる分には問題ないけど、あたしも道連れにされちゃたまんないのよ……。そういう意味ではフォローも考えておかないと……。
「じゃあ、あたしはこれで戻るわね。……あんたもこれから色々忙しいでしょうし、何かあれば言って頂戴」
「は……あ、いえ。何かあればご相談、させていただきます……」
「ええ、そうして頂戴。──ジェイル、メロ行くわよ」
「はい」
「はーい」
立ち上がりながら声をかけると、ジェイルの生真面目な返事とメロの適当な返事が返ってくる。ジェイルはともかくとしてメロは「やっと帰れる」って雰囲気がだだ漏れなんだけど、こいつ本当に大丈夫?
まあ、チャラくて適当っぽいのに、心の中でどろどろしたものを抱えてるっていうのがメロのこう、ぐっとくるポイントなのよね。攻略対象としてはいいのに、お付きの人間としてはかなり不安だわ。
ジェイルが先に歩いて(って大した距離じゃないのにね)、応接室の扉を開ける。
ちらりとアキヲを振り返ると、あたしが出ていくっていうのにものすごく渋い顔をして額を押さえていた。
損得を色々考えてるんでしょう。本当にこのまま中止していいのか、はたまたあたしの目を盗んでこっそりと計画を続けてしまうか。
……あたしはこれで手を引いたってことになるけど、これで完全に無関係になるなんて思ってないわ。
これまでアキヲとあたしがこっそり進めてきたんだからこのままあたしの名前を使って計画を進める可能性の方が高い。
そして、そうなった場合にあたしが言い逃れることができるかっていうと、これまた微妙なのよね。アキヲのことだもの、文書偽造でも何でもして『九条ロゼリアが関わっている証拠』を作り出すに違いない。
今回はジェイルとメロを同行させたけど、「九条ロゼリアがその後こっそりと南地区に何度も足を運んだ」って証拠だって簡単に作り出せる。こればっかりはこれまであたしが一人で何度も赴いてたし、割と信憑性のある嘘になってしまう。……身から出た錆ってやつね。
その対策もしておかなくちゃいけないわ。
部屋を出ると、ユキヤが小走りに駆けてきた。く、顔がいい……!
けど、平常心。何食わぬ顔をするのよ、あたし。
「ロ、ロゼリア様!」
「あら、ユキヤ。どうしたのかしら」
「もうお帰りになるのですか?」
「ええ、話は済んだもの」
「ロゼリア様のためにレストランを予約してあるのですが……」
「今日はいいわ。悪いわね、折角予約してくれたのに」
ユキヤが目を丸くする。ロゼリアはこの手の誘いは断らないものね。
まあ、大体レストランに行ってから、ホストクラブに繰り出して深夜まで騒ぐ、みたいな行動がパターン化してたんだけど……流石にもうそんなことをする気はない。
レストランのことを断ったからか、ジェイルからもメロからも「え、行かない?」って感じの驚きが伝ってきた。
ユキヤは困った顔をしてジェイルに視線を向けた。ジェイルは無表情のまま小さく首を振る。
え、何……?
あ! そうだ、この二人は小さい頃から付き合いがあって仲がいいんだった……!
ゲーム内でもロゼリアに見つからないように色々と連絡取り合ってたわね。主にロゼリアのやばい情報をやり取りして、証拠集めをして外堀を埋めるためだったけど!
もう少し話をしたい気持ちもあったけど、ユキヤはあたしのこと好きじゃないっていうか、むしろ嫌いだろうし、付き合わせるのもね。推しの顔を曇らせたくもないし、やらなきゃいけないこともあるし……。
さっさと出よう。
「じゃあ、これで帰るわ」
「お送りしますよ」
「大丈夫よ。──ジェイル、外にいる部下に車を回すように伝えて」
「はい」
あたしがユキヤの横をすり抜けるとユキヤは頭を下げた。
ジェイルが部下に連絡をして車を回させ、メロは呑気そうにあたしについてくる。
来た道とは逆方向に歩き、だだっ広い玄関を抜けたところで、あたしたちが乗ってきた黒塗りの車がやってくるのが見えた。あら早い。
大丈夫とは言ったものの、ユキヤが後ろからついて来ていた。アキヲの姿は見えない。父親の代わりにお見送りってところかしらね。
程なくして車が目の前に止まり、メロが後部座席の扉を開ける。
「お嬢、どーぞ」
「ええ」
「……ロゼリア様、」
車に乗り込んだところで、ユキヤが申し訳無さそうな顔をしてあたしのことを覗き込んだ。
か、顔がいい、声もいい……いや、平常心、平常心。
「何?」
「お見送りが私になってしまって申し訳ございません。父は、あの、ちょっと……」
「いいのよ。……アキヲがあたしを見送りに来れない理由もわかるし。気にしないで頂戴」
「ありがとうございます……あの、お気をつけて」
そう言ってユキヤは深々と頭を下げた。そんなことする必要ないのに!
挨拶が終わったと判断したメロが扉を閉める。ジェイルが助手席に乗り込み、メロが反対側に回ってあたしの隣に乗り込んできた。
何となくあたしは出来心でユキヤに笑顔で手を振ってしまった。
ユキヤが目をまんまるにしている。
……わかってるわよ! 元々のあたしはこんなキャラじゃないもの!
でも前世の記憶が蘇ってからどうにもお、乙女心? みたいなのも蘇ってきてるの! あたしは『九条ロゼリア』なんだからしっかりしなきゃって思うのに、いまいち記憶を思い出す前みたいになりきれないっていうか、これまでのあたしは高飛車すぎたかなって……思うの!
『今のあたし』と『前世の私』が変な風に混ざってる気がする……。
「お嬢様、このまま戻ってもよろしいですか?」
ため息をついたところで助手席からジェイルが尋ねてくる。
あたしはミラー越しにジェイルを見つめて少し考えた。戻ろうとすると時間がかかるのよね。
その前に二人を巻き込んでしまいたいわ。
「どこかカフェか何かに寄って頂戴」
「かしこまりました」
「注文つけて悪いけど出来れば個室があるとこ」
「探しますので少々お待ちください」
「ええ、いいわよ。なければ落ち着いて話ができるところにして」
「はい」
うーん、どうやって話そうかしら。
ジェイルは話せばある程度わかってくれるからいいとして、メロをどうするか……。今まで通り好き勝手にはさせたくないし、かといって完全に巻き込むのも危なっかしいのよね。口が軽いから、どこで情報を漏らすかわかったもんじゃない。
けど、攻略対象である以上、ある程度あたしの目が届くところに置いておきたい。
ゲームがスタートしてアリスに出会って「邪魔なロゼリアを殺そう」ってなってもらっちゃ困るのよ……!
とにかくあたしの安全が確保できるまでは……。
「アップルフリッター」を注文してワクワクしてたら揚餃子(中身がりんご)だった。笑った。美味しかった。