49.相談
キキがお茶の準備をするのを横目に眺め、あたしはソファに横になってお菓子を食べる。
お気に入りのカラフルなグミ、さくさくした一口サイズチョコ、一口サイズのパイ。手軽に摘めるものばかり。
実は最近ちょくちょくお菓子消費してるのよね……太りそう……。
「ロゼリア様、お茶の準備が出来ました」
「ありがと。いただくわ」
起き上がってティーカップに手を伸ばす。すっきりとした落ち着いた香りが鼻腔をくすぐった。
……しまった。紅茶とグミの相性が微妙に悪い。
あたしは思わず顔を顰めて口を押さえてしまった。それを見たキキがぎょっとする。
「ロ、ロゼリア様?! お口に合いませんでしたか?! す、すぐに代わりを──!」
「違うわ。グミと紅茶の味が変なマリアージュしただけ。紅茶はいつも通り美味しいわよ」
キキがほっとした後で、口元を押さえて肩を震わせている。え、何?
一体どうしたのかと思ってキキを凝視すると、キキはゆっくりと深呼吸をしてからいつも通りの顔をしてあたしを見つめ返した。
「申し訳ございません。……あの、マリアージュという単語がツボってしまっただけです」
「あ、そう。どうしたのかと思ったわ」
「失礼しました」
「いいのよ、それくらい。気にしないで」
紅茶なら一口パイの方がいいわね。グミは一旦脇に置いて、パイを手に取った。
食べようとして──、キキがあたしのことをじっと見つめているのが気になってしまう。何かしら。
「キキ? もう下がっていいわよ」
「えっ。あ、……あの、その、ユウリが、何かしたのでしょうか? っす、すみません、気になってしまって……!」
以前までだったらそそくさと出て行ったのに、何かあったのかと聞いてくることに驚きを隠せない。今までは触らぬ神に祟りなしって感じで、機嫌の悪さを察知すると誰もがあたしの周りから去って行ったのに。
パイを口に運んでサクサクとした食感を楽しむ。
どうしようかと少し思案してから、あたしは自分の隣をぽんぽんと叩いた。座って、という意味。
キキはちょっと驚いてたけど、おずおずと近付いてきて背筋を伸ばしたままあたしの方を向いて浅く腰かけた。
「……ユウリは別に何もしてないわ。あたしが短気なだけよ。……ねぇ、キキ」
「はい、なんでしょう」
「キキの目から見て、ユウリってどんな感じ? どんな性格?」
「えっ」
あたしの問いかけにキキは目を丸くした。
まぁ、こんな質問びっくりするわよね……。
キキは驚きつつも考え込んだ。一応考えてくれるみたい。
「そう、ですね……。……真面目で人当たりもよくて、悪い人間でないのは確かなんですが……世間ずれしていると思ってます」
「世間ずれ?」
「孤児院に来るまでのことはよく知らないんですけど、自分自身を軽く見ている気がします。その割に、他人のことはちょっと深刻になることがあったり、たまにチグハグだなって思うことがあります……」
ふむ、なるほど。確かにさっき話をした時はそんな感じだったわ。
自分のことは何でもないみたいな顔をして話す癖に、どうにもあたしのことばかりを気に掛けるというか……それでイライラしちゃったのかも。
キキの前にあたしが食べてるお菓子を差し出す。
「好きなの食べて」
「えっ。あ、」
「別に無理しなくてもいいけど」
「いえ、折角なので頂きます」
キキは緩く首を振ってからチョコに手を伸ばして、一つを口に放り込む。ちょっとだけ頬が緩んだのを見ることができた。
よかった、無理やり食べさせたという感じではなかったみたい。
チョコを一つ食べ終えてから、キキは更に考え込んだ。
「……メロはそのあたりを上手く躱してます。こう、ユウリがちょっとシリアスになりかけると、『今はそんなことまで話してない』『そんな深刻な話じゃない』などとばっさり言ってしまうので。……ユウリもメロのそういう性格を把握して、メロにはあまり真剣に取り合わなくなってますし……」
「メロが……ねぇ」
意外な発見。メロくらい気楽に接した方がいいってこと?
ただ、今のあたしの現状だとあんまりお気楽にはなりきれないのが……。
紅茶を飲みつつ考えを巡らせていると、キキがチョコとあたしとを見比べていた。思わず笑みが浮かぶ。
「いいわよ、好きなだけ食べて。……普通のお菓子だけど」
「あ、ありがとうございます。あの、私これが好きなんです……」
「そうだっけ? じゃあ、全部食べていいわよ」
そう言ってチョコの箱をすすすっとキキの前まで滑らせた。本当に普通のお菓子だからキキでも買えるはずなのに、こうして欲しがるってことはよほど好きなのね。
けど、キキは申し訳なさそうな顔をしてぎゅっとスカートを握りしめていた。
「……~~! だ、大丈夫です」
「どうして? 好きなんでしょ? 遠慮しなくていいわよ。あたしはこっちがあればいいから」
紅茶にはパイの方が合う感じ。チョコも悪くないけどね。
一口パイの入った箱を自分の方に引き寄せて笑って見せれば、キキが戸惑いながら「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」と言ってチョコに手を伸ばしていた。
美味しそうに食べる様子を見て癒される。
前はユウリで試して癒されたけど、キキが何か美味しそうに食べてる様子も可愛くていいわ。妹みたい。
あたしはあたしで一口パイを口に放り込んだ。そしてまた考え込んでしまう。
ほう、と溜息をついて、自分の膝に視線を落とした。
「……ユウリと話してると調子が狂うのよね」
「ロゼリア様が、ですか?」
「ええ、秘書にするって言ったけど……うまくやれるのか不安なのよ」
キキ、言葉にはしなかったけど「そんなこと気にするんだ」って顔に書いてあるわ。失礼しちゃうけど、まぁ、そういう反応が普通よね。
わかってる。わかってるわ。これまでの傍若無人さからしたらそうなるもの。
意外そうな視線が向けられて、ちょっとだけ居心地悪い。
「……ロゼリア様。あの、ユウリは今、立場が変わってやる気になっているので……大丈夫だと思います」
「? 大丈夫ってどういうこと?」
ユウリがやる気になっていることとどういう関係があるの?
不思議に思っているとキキは困り顔のまま笑った。
「ロゼリア様がそこまで気にされなくてもユウリの方がうまくやるのでは、と……」
「そうかしら? でも別にユウリが悪いわけじゃないと思うのよね」
「えっと、何とも申し上げにくいのですが……その、ロゼリア様が気にかけてくださっているということが伝わってくるだけで十分というか、なんというか……」
そういうものなの?
いまいちピンと来なくて悩んでしまう。あたしからも歩み寄り的な何かをした方がいいんじゃない? とは言え、あたしが下手に気を使ったりすると逆効果になりそうな気がしてならない。裏目に出る、というか……。
伯父様みたいに「よくやってるなァ!(肩ぽん」って言うだけで何か効果があればいいんだけどね。あれは信頼感というか年季が違うからあたしが真似をしてもあんまり効果なさそう。
「あんまり変なことしない方が良いってことかしら?」
「変というか、……」
「いいわ、はっきり言って頂戴。怒ったりしないから……!」
キキを見つめて言う。言われたキキは不安そうだった。
確かに前世の記憶を思い出す前なら「怒らないから言ってみなさい」って言って怒らなかったことはなかったけど!
本当だから、という気持ちを込めて見つめるとキキがこわごわと続けた。
「そ、そう、です……! ロゼリア様から何かしない方がいい、と思い、ます……」
意を決した、みたいな感じの言い方だった。
余計なことをするなってことよね。ちょっと不安だけど、様子見ってことで……。どうせいい案も思いつかないし、変に気を遣って逆効果になりかねないし。
「ありがとう、キキ。参考になったわ」
「い、いえ、とんでもないです」
「これ、全部食べていいわよ。何なら部屋に持って行ってもいいし」
そう言ってチョコの残りを指さした。キキは素直に「ありがとうございます」と言ってチョコの箱を手に持った。
「そろそろ失礼します」
「悪かったわね、引き止めて」
「いえ、ありがとうございました」
立ち上がって礼をするキキ。あたしはそれを見送る。
最初のようにソファに横になり、「ふー」と息を吐き出す。
何もしない、か。逆に落ち着かないんだけど、ユウリにばかり構うわけにもいかない……。ちょっと悩ましいけど、秘書っていうからにはあたしのフォローをするわけだし……ユウリの方に任せるしかないのかしら。
ユウリのことで悩むなんて思いもしなかったわ。
 




