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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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48.気持ちの変化③

 ユウリは言えなかったことが言えてスッキリしたと言わんばかりだった。

 対して、あたしには別の不安が生まれてしまって、スッキリどころか逆にモヤモヤしている。だからと言って気軽に聞けることでもないし、正直に答えるとも思えないし……!

 ほんっとうに、ジェイルは伯父様のことがあるって点だけで信用できてるし押さえるポイントもわかってて、ユキヤも南地区のことをクリアすればいいってことはわかってるんだけど、他のメンバーはそうじゃないから難しい……!


 あたしが微妙な表情をしていることに気付いたのか、ユウリが瞬きをした。


「ロゼリア様……?」

「……『よほどのこと』があれば、あんたはこの環境を捨てたいと思ってるのよね」

「ぅええっ?! な、なんでそう、なるんですか?!」


 素っ頓狂な声を上げるユウリ。

 持ったままの説明書を取り落としそうになって、それを慌てて抱きかかえていた。

 ユウリに限らず、メロもジェイルもユキヤもキキも──何かあればあたしを殺す側に回ってしまう。ヒロインであるアリスの存在がそうさせてしまう。今、ユウリがこの環境にいることを良しとしていても、いつどうなるのかわからない……。

 こんなことを聞いてもしょうがないのに──。


「ぼ、僕が伝えたかったのはロゼリア様が僕のことをそんなに気にしなくてもいいということで……! よほどのことって本当によほどですよ? 大災害が起きるとか、自分の生死に関わるとか──」

「運命の人に出会うとかね」

「……は、」


 うっかり零れた言葉にユウリが目を点にする。

 さっきかららしくないことばかりを口にしてしまう。こんなこと言ったってどうしようもないとわかってるのに。

 ユウリはあたしの言葉を受けて少し考え込み、それからゆっくりと口を開いた。


「……。……えぇ、と……運命の人のことはよくわかりません。少なくとも僕は今の状況が続くなら、今の環境を捨てたいと思うことはないです。ロゼリア様に誤解を与えてしまったようですが……よほどのことがあれば捨てたい、というわけではなく、よほどのことがない限りは今の環境にしがみつきたいと感じているくらいなので」


 しがみつきたい……。

 ゲーム内で聞いてたら絶対にユウリの好感度が下がってるわ。

 ユウリはアリスがいたから今の環境を捨てると決心したわけで、つまりはアリスがいない限り捨てたいとまで思うことはないってことよね。……ユウリ自身、運命の人なんてピンと来てない。

 ユウリだけじゃなく、メロもキキも、アリスに出会わなければこの環境を捨てる決意はしないんだわ。きっと。

 ──アリスさえいなければ、って思っちゃう。

 はぁ、ゲームではアリスのこと大好きなのに、こんなことを思う日が来るなんて……。


 悶々と考え込んでいると、ユウリの困惑と焦燥感みたいなものが伝わってきた。困った顔をして、あたしを見たり、周囲を見回したりして、なんだか忙しない。

 小さくため息をついてユウリを見つめ、ちょっと無理をして笑った。


「……あんたの言いたいことはわかったわ。変なこと言って悪かったわね。忘れて頂戴」


 これで終わりというかのようにひらひらと手を振った。

 けれど、ユウリは終わらせるのを拒むような表情を見せる。もういい、というあたしの態度とは裏腹に、ユウリはまだ知りたいことがあるようだった。……ユウリのこういう知識欲? 情報欲? があるところは、ちょっと苦手なのよね。知りたがり、というか。


「あ、の……ロゼリア様。ロゼリア様には……今、何か恐れているものが、あるんでしょうか?」


 あるわよ。と、言いそうになって咄嗟に口を噤んだ。


 死ぬのが怖い。殺されるのが怖い。

 アリスやハルヒトの存在が怖い。

 もっと言えばユウリの存在だって怖くないと言えば嘘になる。

 ジェイルも、メロも、キキも、いつどうなるかわからないから怖くなんて言い切れない。

 けど、あたし一人じゃどうにもならないし、放っておいたり目の届かない場所にいる方が怖いから傍にいて行動を観察しているだけ。


 努めて普通の顔をしてもう一度笑った。

 これまで我儘放題で傲慢にやってきたから弱みなんて見せられない。


「──ないわ」

「……そう、ですか」


 ユウリは僅かに肩を落とした。

 がっかりしているように見える。何にがっかりしているのかまではわからない。

 ……あたしの弱みを握りたかったというがっかりじゃないことを祈るばかりだわ。


「あるって答えた方がよかった?」


 自棄気味になって聞いてみるとユウリが慌ててぶんぶんと首を振った。あたしの機嫌を損ねたと思ったらしい。なんかユウリとちゃんと話をすると駄目だわ、本当に。

 ユウリのためにも、何よりもあたし自身の精神衛生上のためにも、適切な距離が必要。

 ……秘書、大丈夫かしら。成り行きだけど、すごく不安になってきた。


「い、いえ。そんなことはない、です。……差し出がましいことを聞いてしまって申し訳ございません」

「いいわよ。別に。あたしも色々口を滑らせすぎたわ。……ほんと、忘れて頂戴」

「かしこまりま、した」


 釈然としない様子のまま、これ以上何か言うのは悪手だとわかっているユウリは何も言わなかった。

 こういう空気読みすら、たまに癇に障るのも事実なのよね。


 でも、あたしがこんな態度を続けていたら、アリスが現れた時にユウリがころっと行っちゃう。わかっていても培われてきた言動や性格がどうにもならない。

 罪悪感が出てきても、段々とそれがコンプレックスに覆い隠されていくという変な現象。

 これはあたしの問題だから、あたしがどうにかしないと……。

 ユウリが「しがみつきたい」と思うなら、もっと良い意味で「ここにいたい」と思えるように……環境の改善ができるのはあたしだけなんだから、あたしがどうにか……!


「……ロゼリア様。一旦失礼させて頂きます。資料の整理も、ジェイルさんと相談しながら進めさせていただければ、と……」

「ええ、そうして」


 そう言ってユウリは携帯の説明書を抱えたままそそくさと執務室を出て行ってしまった。

 ユウリを見送り、あたしは盛大にため息をつく。


 そして、執務机に両手をついて、そのままずるずると倒れ込んでしまった。上半身だけを机に預けて、床に膝をつくような格好になる。

 机の上に置いてある資料が落ちないようにするくらいの余裕はあったけど(あとでユウリとかに見つかるとうるさそうだから)、気持ち的には書類を腕で押しのけて、そのあたりに撒き散らしたいくらいだった。


 ……今のユウリに対するモヤモヤって、特に高校の頃にユウリの勉強を邪魔してた理由そのままよね。

 瞬間的にはユウリが優秀だって認められても、そんなユウリが傍にいるのは当時のあたしにはストレスだった。自分より優秀な人間が、自分に気を遣った言動をしているのが……とにかく鼻についた。

 嫉妬とか劣等感とか……そんなの感じる必要なんてないのに、どうしてこうもユウリにだけこうなってしまうんだろう。


 どうにかしなきゃ。本当にどうにかしなきゃ……。

 きっとアリスが現れたらユウリはアリスについてしまう。

 そうなったら、あたしは──……。


 ユウリルートでのロゼリア殺害シーンを思い出して身震いし、あたしはのろのろと立ち上がる。何事もなかったかのように深呼吸をしてから、執務机の前に置いてあるソファに腰掛けた。そのままクッションに頭を預けて横になる。

 すぐに妙案が思い浮かぶわけじゃないけど、何かいい方法はないかと考え込んだ。

 少し眠気が襲ってきたところで扉がノックされているのに気付いた。「ロゼリア様」とキキの声が聞こえてくる。


「……何? 入ってきていいわよ」

「はい、失礼します」


 キキがティーポットとティーカップが乗ったトレイを手に入ってきた。お茶なんて頼んでないけど。


「お茶をご用意しました」

「……どうして?」

「おそらく、一息つきたいはずだから、と……」


 少し歯切れの悪いキキの言葉にピンと来た。

 ふ、と口元を歪ませて、ソファに横になったままキキから視線を外す。


「ユウリがそう言ったの?」

「……。はい……」


 キキは気まずそうだった。

 要は「ロゼリアが不機嫌になったから申し訳ないがお茶を持って行って欲しい。自分だともっと不機嫌にさせてしまう」ってことなんでしょ。まぁ、実際今ユウリがお茶を持って入ってきても「いらない!」ってひっくり返しそうなんだけど……。

 根本的な性格がすぐにどうにかなるわけがないのよね……。

 ため息をついてからキキを見上げつつ起き上がる。


「いいわ、そこに置いて」

「はい」


 言いながら立ち上がるあたしをキキが不思議そうな顔をして見ている。こないだメロに買って来させたお菓子をいくつか持ってきてソファに座り直した。

 ユウリの言葉通りにするのはなんとなく落ち着かないけど、とにかく一息つこう。

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