46.気持ちの変化①
──そうだ、携帯。
と気付き、あたしは執務机の中を探した。そしてユウリを呼ぶ。
秘書ってことは普段の連絡手段が必要になるわ。ジェイルに貸したのが一台、もう一台まだあったはず……なんだけど、どこに置いたのかしら? ジェイルの時は結構早く見つかったのに、もう一台が見つからない。
おかしいわね、机の中に放り込んでおいたはず……。いや、違うかもしれない。あれ? どこにやったの?
早く探さないとユウリが来ちゃう……!
と、思ってたら扉がノックされた。あー、タイムアップ!
待てなんて言っても無意味だから、部屋に入るように言う。
「ロゼリア様、お呼びでしょうか?」
不思議そうに部屋に入ってきたユウリを見て、あたしは額を押さえてしまった。引き出しの中からあれこれ引っ張り出したせいで執務机の周辺が雑多になっちゃってる。机の上にも資料の他に一体何の書類だかわからないものが積み重なっていた。
こないだちょっと整理したのに全然だったわ。思いの外不要なものというか、意味不明なものが多い。書類はもちろんのこと、なんかとにかく色々ある。面倒がって全部執務室の引き出しか両サイドにある書棚に押し込んでていたツケが回ってきちゃったみたい。
「……あの、ロゼリア様……ど、どうかされたんですか?」
「あんたに渡そうと思って携帯を探してたのよ……。けど、どこにしまったか忘れちゃって……」
「けいたい……えぇと、ガロ様から渡されたものですよね? 白くて少し小さめの……」
「え? そんなのだったかしら?」
最早色も形も覚えてないのよ。だって、伯父様に買ってもらったけどそれまで自分が持っていたやつと機能はほとんど一緒で面白みがなかったから、数日触っただけでどこかにしまい込んじゃって……そして今に至る。
ちなみに今あたしが愛用しているのはワインレッドのもの。ジェイルにあげたのは黒。
「はい。僕の記憶が正しければ……」
「まぁ新しく買ってもいいんだけどね」
「い、いや、流石にそれは。というか、携帯なんて……!」
ユウリが両手を胸の前に出して、ゆるゆると首を振る。
この世界では携帯もまだ高級品だから持つのがはばかられるのはわかるけど、ユウリには持っておいて貰わないと困るのよね。
「何かあった時の連絡手段よ。ジェイルにも渡してるしね」
「ジェイルさんと僕じゃ立場が……」
「もうっ! あたしが必要だって言ってるの!」
「!! ……す、すみません……」
びくっとユウリが肩を震わせる。そしてしゅんとしてしまった。
──しまった。思わず声が大きくなっちゃったわ……だってユウリが嫌がるから、っていや、こんなのはあたしの勝手な都合だわ。慣れない機械を持たされる身になってみれば、当然持ちたくないわよね。あんまり普及してないし。
あたしはコホンとわざとらしく咳払いをしてからユウリに近づいた。
ユウリが萎縮しちゃってるのがわかる。
しまった、本当にしまった……。悪いことをしてしまった……。
「──ユウリ」
「は、はい」
「怒鳴って悪かったわ。でも、やっぱり必要だと思うのよ。秘書ってそういうものだと思うし……式見もよく携帯で伯父様と連絡取り合ってたしね」
努めて優しく言うと、ユウリがあたしを見て目を丸くしていた。
変な目で見ないでよ! あたしだって自分らしくなくてちょっと痒くなってきてるんだから……でも、自分の性格矯正だと思って耐えないと……。
少しの間、ユウリと見つめ合う。
視線を逸したい衝動と戦っていると、ユウリが照れたようにはにかんだ。
「ロゼリア様、ありがとうございます。その、機械には強くないんですが……早く慣れるようにします」
「ええ。そうして頂戴。……携帯探すから待ってて」
ようやくユウリから視線を逸し、執務机と書棚を振り返る。
「あ、それなら僕が──……」
後ろからユウリの声が聞こえてきて、ユウリはそのまま書棚に向かった。何をするのかと思いきや、書棚の端っこに収まっている目立たないケースを取り出す。
そして、それをあたしの前に差し出した。
「え? これは?」
「携帯はこの中にあるはずです」
「……。なんであんたが知ってるの?」
このケースに携帯? そもそもこんなケースあったかしら?
不思議に思いながらケースとユウリとを見比べる。ユウリはちょっと困った顔をしながらケースに視線を落とした。
「えぇと、……以前ロゼリア様が僕に片付けを命じた時にこの中に入れておいたんです」
「……それ、多分あたし聞いてたわよね」
あたしの問いかけにユウリが気まずそうな顔をした。
ユウリが勝手に何かをするわけがない。後が怖いのを知ってるから。多分、片付けをした後でユウリがあたしに何かしら報告をしたはずなのよ。ここに入れておきましたとか、ここに○○がありますとか……。
妙な沈黙の後、ユウリが言いづらそうに口を開いた。
「……えっと、はい。聞いていたというか、ご報告はさせて頂き、ました……」
つまり、あたしはそれを聞き流していた、と。
ユウリって散々な扱いを受けていた割に根が真面目だから言われたことはきっちりやるし、報連相もちゃんとやるし、地頭はいいし……正直、以前まではそういうところがまさに鼻についてたのよね。言っちゃえばあたしが見劣りするから。
だから、あたしはとにかくユウリを下に置きたかった。
そのために勉強ができないように邪魔もしたし、あれこれと嫌がらせもした。
それらを思い出して肩を落とす。さっきとは別の意味でユウリを見ていられなくなった。
自分の矮小さが浮き彫りになるみたいで……なんというか、本当にユウリってここに来るべきじゃなかったのよね……いや、ゲームのことを考えればアリスに出会えるわけだし、一概にそうとは言えないか……。
ユウリに対する申し訳無さがぐるぐると巡る。
そしてそれは言葉になった。
「……。……。……ごめん」
「ぅえっ?! い、いや、そんな──……」
自分でもびっくりするくらいに「ごめん」という言葉があっさりと出てきた。
ユウリがものすごくびっくりしてるわ。そりゃそうよね、あたしはこれまで「ごめんなさい」という言葉を口にしてこなかった。言ったとしても「悪いわね」とかそんな程度で、素直に謝るということができない。
この間、メロがあたしに謝ったから? 触発されたのかもしれない。
……メロは「おれだけ悪い人間になっちゃうし」なんて言ってたけど、あたしだって前世を思い出したから更生? できてるだけで、根は悪い人間なのよ。どっちにしたっていい人間ではないのは確かだわ。
ユウリの戸惑いが伝わってくる。メロに謝られた時のあたしみたい。
「ロ、ロゼリア様、別に謝られるようなことじゃないです」
「そうは言ってもね。……自分の持ち物くらい把握してないのはまずいじゃない」
さっきの「ごめん」に含まれていたのは携帯のことだけじゃない。けど、ユウリにそれが伝わることはない。流石にこれまでのことを一緒に謝られるなんて思わないでしょ。……本当に、これまでのこともいつかちゃんと謝らなきゃ……。まだ改まって謝れる気がしないけど。
……? あら?
案外、ちゃんと反省ができつつ、ある……? の、かしら……?
自分の変化に驚いた。
「ええと、大丈夫です。本当に。──ほら、これから僕はロゼリア様の秘書ですから。ロゼリア様が忘れてしまっても、僕がその分覚えておけばいいんです。ですから、本当に気にしないで下さい」
そう言ってユウリが笑う。ようやく顔を見れた。
……はぁ、いい子よね。本当に。
あたしは何とも言えずに曖昧に笑うしか出来なかった。




