43.伯父からの電話
そしてその夜。
部屋のソファで携帯を前に待機していると、伯父様から着信があった。
携帯を手に取り、呼び出し音がニ回目に入る前に通話ボタンを押す。
「もしもし、伯父様?」
『ロゼ? 墨谷が伝言をちゃんと伝えてくれていたみたいだな』
「ええ、ちゃんと聞いたわ」
時間は19時過ぎ。伯父様のことだから早すぎるなんてことはないと思ってたから想像通りね。
伯父様電話の向こう側でおかしそうに笑う。
「? どうかした?」
『いや。ここ最近、評判いいぞお前。墨谷も驚いていた。頑張ってるみたいだな。俺も鼻が高い』
「あ、あはは……別にそういうわけじゃないけど……」
ちょっと気まずくて乾いた笑いを零してしまう。
これまで必要以上に伯父様の鼻を低くしてきたと言うか、あたしの悪名で評判を一緒に下げてたから、こんなんじゃ全然足らないはずなのよ。というか一ヶ月かそこらであたしの評判が改善するわけない。多分評判っていうのは椿邸とか九条家内だけの狭い範囲の話だわ。
あたしの評判と言う名の悪名は第九領内はもちろん、他領にまで響いてるはず……跡継ぎをどうするのか、って話題が常にあるもの。ぜーったい「九領は跡継ぎどうするのかね(笑)」って言われてたに違いないわ。
『ふぅん? じゃあどういうわけなんだ?』
「それはまだ秘密。伯父様、忙しいんじゃないの?」
『まァな。今日ようやく一息つけたんだ……明日にはまた移動するけどな』
「そう、体には気をつけてね? 伯父様、すぐ無理するから心配だわ」
『一丁前なこと言うじゃねェか』
一丁前も何もあたしはもう成人してるのよ。伯父様ってあたしのことをいつまでも小さな子どもだと思ってるフシがあるわ。あたしの我儘を許しちゃうのもそのせいよね。多分。
心の中でため息をつく。
『で、本題だ』
「ええ、なぁに?」
伯父様の声がちょっと低くなる。ちょっと改まった様子だわ。どうしたのかしら?
あたしは携帯を持ち直して伯父様の声を聞き逃すまいとした。
『ロゼ、お前に仕事を頼みたい』
し、しごと? シゴト? ……仕事!?
しっかり持っていたはずの携帯を取り落としそうになり、慌てて携帯を持ち直した。
目を見開いて、口をあんぐりと開けてしまい、伯父様の正気を疑う。
そもそも。
そもそも、よ。
南地区の管理代行だって以前までのあたしが遊んでばっかりなくせに、自分が九龍会の跡継ぎだって疑わずに「そろそろ勉強が必要だと思うの」とか言ったから伯父様が渋りつつ用意したポジションなのよね。
で、結果が今。
ジェイルから「代行の仕事はちゃんとやれてない」って報告は上がってるはずなのよ。というか、そういう報告もジェイルの仕事だもの。
なのに、仕事? ここに来て?
あたしがちょっと変わったから? でもなんで?
何とも答えられずにいると伯父様が続ける。
『まァ、仕事っつっても大したモンじゃない。実際の仕事はジェイルにやらせる。お前は名前だけ貸してくれれば良い』
「??? それは、あたしの仕事とは言わなくない……?」
『お前の名前で仕事を受けて欲しいんだ』
話が見えない。南地区のこともあるから安請け合いもできない、というかしたくない。
「伯父様からあたしに、ってこと?」
『そうだ。だが、俺も実は仕事を受ける側でな……俺が受けた仕事をお前に請け負って欲しいんだ』
「……。それって下請けって言わない? あたしが一次下請、ジェイルが二次下請」
『言いようによっちゃそうだなァ。だが、同じ組織ならそういう言い方はしねェだろ』
「うっ、それもそうね……」
そうだったわ。なんか恥ずかしい。
となると単なる指示系統とかの話になってくるのね。伯父様→あたし→ジェイルって感じ。まぁ、ジェイルは実際のところ伯父様の部下で、あたしの傍にいるのは伯父様の命令。要は伯父様から派遣されてる状態なのよ、ジェイルは。
「伯父様に仕事を依頼したのは誰?」
『それはまだちょっと言えねェんだよ。まだ本決まりじゃねェからな……これから最終確認してくる。まァ、ただそんなに難しい仕事じゃないからな。ロゼに不利益はない。万が一なんかあったら俺が責任は取る』
「そう……」
なんかあたしにメリットしかない話なんだけど……。
うまい話には裏があるっていうじゃない? って、伯父様が敢えてそんなことをする理由もないわよね……。
「でも、伯父様がその仕事をできないの?」
『俺は他にやることがあるんだ。その仕事絡みでな。──フッ』
「えっ。何? どうして笑うの?」
伯父様が笑いを押し殺してるのがわかる。笑う要素あった!?
『前までのお前ならジェイルがやるなら自分は関係ないって顔して二つ返事で受けてただろ? 疑り深くなったなと思ってなァ……いや、慎重になったって言った方がいいのか』
なんにも言い返せない。だって本当にそうだもの。
自分に面倒がなくてメリットしかないならやらない理由はないのよね。
『その調子だと仕事内容も今は教えられないって察してるだろ?』
「それは、……まぁね。でも依頼主も仕事内容もわからないなんて不安だわ。ジェイルがやるにしても。あたしの名前が全面に出るわけでしょう?」
『そうだ。だが、』
「わかってるわ。伯父様がもうその仕事を受けるつもりでいるなら、あとは依頼主次第で……あたしに拒否権はないんじゃない?」
ため息混じりに言うと、感心したように「ほう」と言う声が聞こえてきた。顎でも撫でてそうだわ。
ここであたしが「なんか怪しいから嫌」と言っても、実際に仕事をするのがジェイルならほぼ関係がないのよね。なんかそれもどうかと思うんだけど、……伯父様はあたしの評判をどうにかしたいんじゃないかしら。名前だけっていうのはそういうこと。いや、本当にどうなのそれ……。
『拒否権がない、とまでは言わねェけどな……九条の名前で受ける仕事だ。ロゼ、お前にも理解して欲しい』
「──わかったわ。伯父様からの仕事だもの、変なものじゃないって信じる」
『おう、ありがとよ。話をつけてからそっちに戻るから……そうだな、二週間後くらいだ』
「いいわよ。待ってるわ」
向こう側で入院期間がどうとかって聞こえてきたけど何だったのかしら。まさか伯父様が入院してるとかじゃ……ってそんな話だったらすぐに連絡があるわ。流石に違うわね。
仕事内容がわからないけど、とりあえず伯父様があたしのことを思って用意(?)してくれたんだもの、ちゃんとしなきゃ。
『俺からの話はこれで終わりだ。で、ロゼの方で変わったことはねェか? 夏バテとか大丈夫か?』
「ええ、大丈夫よ。墨谷はもちろん、みんな良くしてくれてるわ」
『そうか、ならよかった。なんか困りごととかねェか?』
「もう。伯父様ったら──……あ、」
と、そこではたりと気付いた。
ユウリのこと、相談してみても良いんじゃない……?
何か仕事をさせたいけど何も思い浮かばないの──ってなんか馬鹿げた質問だけど、実際ユウリの雇い主は伯父様なわけだし? 伯父様の意見を聞くというのもありかも。
『? 何かあるなら言ってみろ』
「えぇ、と……その、ユウリのこと、なんだけど」
『ん? 墨谷からも仕事の頻度を下げて勉強させてるって聞いてるぞ』
墨谷、そんなことも報告してるのね。って当たり前か。
定期的に椿邸の様子やあたしのことを報告するのも仕事だものね。
切り出しづらさを感じつつ、何かヒントでも貰えればと思って口を開いた。
「ええ。勉強はしてもらってるわ。……でもね、ユウリが──」
あたしはユウリが何か役割が欲しいと言っていたこと、勉強だけしているのは気まずいと感じていることを伝えた。その上で、今のあたしは特段困ってないし、特に与えられる仕事もないことも言い添える。
伯父様は静かにあたしの話を聞いてくれた。
……専用のホストクラブが欲しいと言った時も、一応最後まで話は聞いてくれたのよね。あたしの話はくだらなくても聞いてくれるのが伯父様……。はぁ、伯父様孝行できる日はいつ来るのかしら。
伯父様は「なるほどなァ」とどこか納得したような感じで相槌を打つ。少し考えるような間があり、それからすぐに「そうだ」と何かひらめいたような口ぶりになった。
『いや、うん。丁度いいな』
「え、何が? 何かユウリにあげられる仕事なんてある?」
『あるぞ。ユウリは賢いし要領もいいだろうから丁度いいや──お前の秘書になってもらえ』
は? ひしょ? ヒショ??
って秘書!?
「秘書ぉ!?」
頭の中の言葉がそのまま出てしまった。しかもめちゃくちゃ変な声を出してしまった。
あたしの驚きようがおかしかったみたいで、伯父様が「わはは」と向こう側で笑っている。いや、笑い事じゃないっていうか、秘書って……秘書って……!?