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42.散歩②

 メロの謝罪はあたしにものすごい衝撃を与えた。


 あたしは誰かに謝罪をしなければいけなかった。

 酷いことをした相手に、迷惑をかけた人たちに、あたしのことを守ってくれた伯父様に。

 けど、謝罪というものがなかなかできずにいる。

 タイミングがわからないのとプライドが邪魔をして「ごめんなさい」というたった六文字を口にできなかった。


 強い日差しの下、あたしはメロのつむじを見つめる。髪の毛の根本は黒で水色の変な染め方をしてるから水色のプリン状態。本当にどういう染め方をしてるのかしらと明後日の方向に思考を飛ばしながら、一体メロになんて声をかけていいか悩んだ。

 と、とりあえず、メロに頭を下げられてる状態も居心地が悪いわ。


「か、顔を上げて頂戴……」


 メロが顔を上げようとしたけど何故か逆に屈み込んだ。何かと思ったらあたしが取り落とした日傘を拾い上げて、あたしの方に傾ける。

 あたしは日陰になったけど、メロは日差しに当たったまま。

 暑さに汗が滲む。


「……あ、あんた、どうしちゃったの……?」


 声が震えた。だってメロが謝るなんて考えもしてなかったから。

 思わず手を伸ばして頬に触れようとする。あたしの手が近づく気配を察したらしく、メロがちょっとだけ身を引いた。気まずそうな様子で顔を背けて、日傘だけをあたしに差し向けてくる。

 触れるのをやめてあたしは手を下ろした。代わりに、日傘の柄を掴んだ。


「どう、って……どーもこーもないっス。……なぁなぁにしとくの、気持ち悪いんスよ。お嬢は、おれがこうやって言い出さなかったら窃盗だの何だのって言わずに済ませるつもりだったんスよね」

「そうね。言っても無駄だと思ったもの」

「……ッスよね。なんつーか、ユウリに言われなかったら気付かなかったし、多分同じノリで色々悪いことしてたんだろうなって……」


 偉いな、メロ。馬鹿だけど。

 財布からお金を抜いたり人のアクセサリー盗っていくのは確かに窃盗っていう犯罪なんだけど、メロの立場からすれば「やられた分をやり返して当然」って気持ちがあったのはある意味しょうがなかったと思う。

 あたしはそういうのを見越して、というか変に締め付けてメロのあたしへの反感が大きくならないようにと思って黙ってたのもあるから。言っても理解しないだろうって思ってた側面もあるけどね。

 こうやってちゃんと反省できるの、本当に偉いと思うわ。

 あたしは自分が死ぬ、殺されるって未来を認識しない限りは、自分の言動を顧みるなんてことしなかったもの。


「……わかったわ、謝罪は受け入れる。もうしないんでしょ? そういうこと」

「しないっスよ。あのまま続けてたら、おれだけ悪い人間になっちゃうし」

「なにそれ。あたしのこと馬鹿にしてる?」


 ジト目になって言うと、メロが顔を上げてキョトンとする。


「えっ? いや、お嬢はおれよりも先に悪いことをしなくなったじゃないっスか。何がきっかけなのか知らないっスけど、……偉いっていうか、すごいっていうか、とにかくお嬢がいい方向に変わってるのにおれだけ悪いままなのは良くないなって思っただけっスよ」


 偉い? すごい? いい方向に変わってる?

 意外な評価だったわ。

 今度はあたしがキョトンとする番だった。

 メロが離さないものだから、二人で日傘を掴んだまま見つめ合う。


 ついつい忘れがちだけど、こいつも顔はいいのよね。滲み出る馬鹿っぽさはどうにもならないとしても愛嬌のある顔立ちをしてて、かっこいいと可愛いの中間くらい。

 前世の記憶を取り戻す前までは顔がよくて、あたしの言うことを聞きそうな男なら何でも良かった。だからジェイルとかユキヤみたいなあたしの思い通りにならなさそうな男は好きじゃなかったのよね。そういう人間に囲まれて満足してた。

 けど、今はなんていうか、顔の良さとかが後回しになっちゃってて、ふとした瞬間に「あ、こいつイケメン」って思い出す程度。だからか、こうやって二人きりとかの場面で急に意識しちゃう。


「日傘、返して」

「や、おれが持つッっス。お嬢は手ぇ離して」

「あんたは野良猫探しがあるんでしょうが」

「どうせもうどっか行っちゃったっスよ。お嬢は散歩? 付き合うっスよ」

「敷地内をフラフラするだけよ」

「野良猫探しで戻るにはちょっと早いんで……」


 桔梗の花を見に来ただけだから実質もう散歩も終了してるのよね。

 というか、ユウリもそうだけど、なんであたしに付き合おうとするのかしら? あたしの傍にはいたくないものと思っていたのに案外そうじゃないの?

 ……いや、ご機嫌伺い? みたいな感じなのかしらね。

 以前までは無駄に自信満々で、メロもユウリもあたしのことを裏切るはずがないと思っていた。

 でも、チャンスがあれば裏切るし、逃げ出そうとするし、何なら殺そうとする。

 だから、こうやって近付かれると警戒しちゃうのよね。

 ジェイルは目的がはっきりしてるからメロたちほど気にしてない。


「好きにして」

「はーい」


 日傘をメロに持たせて、あたしは桔梗の花畑に近付いた。

 紫色の花を見ながらのんびりと歩く。メロはあたしの横について、日傘を差しかけている。


「お嬢、花好きだったっけ?」

「別に。普通かしら。ただの気分転換よ」

「ふーん? ……そうそう、あっちには向日葵があるっスよ」

「え、どっち?」

「右手側」


 あっち、とメロが指差す。どうせ行く宛もないしとそっちに向かってみることにした。

 っていうか、向日葵? そんなのあったかしら。

 不思議に思いながらメロの「あっち」という言葉に従って歩いていくと、確かに向日葵があった。


「……って一本生えてるだけじゃない」


 花壇じゃなくて、庭の小道沿いに一本生えている。夏のいい天気ということもあって綺麗に咲いてる。

 日傘を持つメロを見ると、なんだかおかしそうに笑っていた。


「これ、おれが植えたんスよ」

「は? 植えたって?」

「ショウガクセーに種貰ったんで。この辺に蒔いといたんス」


 ジト目を向けてしまった。一瞬でもコイツに植物を愛する心があると思ったあたしが馬鹿だったわ。


「それは植えたって言わないでしょうが」

「そうかも。でもおれが貰ってきた種が花が咲いたのは確かっスよ」

「水やったり、草むしりしたり……世話はしたの?」

「……いやー……にゃはは」


 誤魔化したわね、なるほど。庭師とかメイドが庭の手入れの恩恵を受けただけね。

 本当に種を捨てただけ。雑草として処分されなかったのが不思議だわ。


「……。ねぇ、メロ」

「何スか?」

「あんたこそ、突然あたしの散歩に付き合うなんてどうしたの? あんた、あたしに呼ばれるの嫌だったでしょ?」


 正直に答えるとは思ってない。

 ただ、ちょっとくらいメロが今何を思っているか知りたいと思った。

 ユウリのことも知りたいし、ジェイルのことも、キキのことも。今あたしのことをどう思っているのか。


「……なんでっスかね? 最近、お嬢と一緒にいるの、別に嫌じゃないんスよ」


 メロはそう言って肩を竦めた。

 嫌じゃない、か。多少安心して良いのかしら。

 いやいや、あんまり信用しすぎるのもまずい気がする。アリスが現れたら、恋に落ちて、あたしを殺そうとするわけだし……。


「理不尽に怒らないし、無茶苦茶な命令しないし、冗談も通じるし、手も出さないし……あ、でも、お嬢が手ぇ出さなかった代わりにジェイルがポンポン頭叩いてくるのどうにかなんないっスか?」

「それはあんたの言動に問題がある証拠でしょ」

「えぇ~……」


 不満そうに声を出すのを見て思わず呆れてしまう。余計な一言を言う、ってことを辞められればジェイルにも叩かれたりしないと思うのに本人にその自覚はないらしい。

 あたしはジェイルがメロの言動を注意してくれるのはありがたいわ。

 しかし、大きな向日葵ね。ただ、この辺に捨てられた(?)だけとは思えないわ。誰かが途中で向日葵だって気付いて世話をしてくれたんじゃないかしら。


「あ、そうだ! お嬢ってさ、ジェイルのことはどう思ってんスか?」

「別に普通よ」

「ジェイル、最近変わったと思わない?」


 言うことをちゃんと聞いてくれるというのは確かに。

 後はこれまでやらなかったこともやってくれるようになったわよね。エスコートとか。


「……そうね。でもそれはあたしがちゃんと仕事してるからでしょ」

「いや、まぁ、そうなんスけど……まぁいいか。──お嬢、おれ、ジェイルが上司になるのは勘弁なんで。そこんところお願いするっス」

「何の話?」


 眉間に皺を寄せて聞いてみるけど、メロは笑うだけでそれ以上何も言わなかった。

 その後、メロが「朝顔もある」と言うので折角なので見に行くことにする。聞けば、その朝顔もメロが小学生に貰って適当に蒔いたという話だった。

 何やってんの、コイツ……。

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