41.散歩①
ユウリのことをどうしようかと考える。
そもそも南地区のことは伯父様に隠れてコソコソやってるし、ジェイルにもその部下にも、あとメロにも口止めしてるものね。いや、ジェイルには伝えていいと言ってるし、どこからか情報が伝わっていてもおかしくはない。
……あー、今回の連絡ってひょっとしてそういう話だったりするのかしら?
あたしのお金とは言え結構な大金を使ったし、アキヲと実質縁切り? みたいなことをした後だし、流石に伯父様から何か連絡があってもおかしくはないわ。
そう考えたら気が重くなってきた。
伯父様、怒ると怖いのよ……。
あたしがこれまでわがまま放題で他人を傷つけても何とも思わない人間で、それでも辛うじて道を踏み外したりしなかったのは伯父様の目があったから。南地区の代行にした関係でちょっと目が離れて、しかもアキヲがいたからどんどん悪い方に向かっていった、という……。
ゲームの中にはなかった情報だけど、あたしにはこれまで『九条ロゼリア』として生きてきた記憶がある。
伯父様はあたしにめちゃくちゃ甘い。確かに甘い。ただ、それはそれとして厳しいところは厳しい。そういう厳しさがあったのに、あたしがわがまま放題の傲慢女になってしまったのは不思議ではあるのよね。
……まぁ、金遣いが荒いところとか、ホスト遊びとか、使用人に辛く当たる部分なんかには目を瞑ってしまっていたからだわ。
そのせいね。こっそりやれば見つからないと思ったのと、アキヲが「うまくやる」と言ったのを信用したから。
はー。そうやって考えるとゲーム内では悪女への道をいい感じに転がり落ちていったのね。
今はそうじゃない、と、思いたい……。
伯父様からの電話が良いものじゃなかったとしても、ここが堪えどころよ……。
部屋でのんびりしていても悶々と嫌なことを考えてしまう。
ああ、こんな調子だと一日ダラダラ過ごすなんて無理かもしれない。
敷地内の散歩でもしよう。そう言えば、この時期なら桔梗が咲いてるはず。外の空気を吸って花を見れば、気分転換くらいにはなるでしょ。
◇ ◇ ◇
「……あっつ……」
今8月だったわ。日差しが強い。
外に出る時に、これまで近付いてすら来なかったメイドが「お嬢様! ひ、日差しが強うございますから、こ、これを……!」と言って日傘を持たせてくれたから助かったわ。「悪いわね、ありがと」と言ったら、ちょっと顔を赤くして脱兎の如く逃げて行っちゃったのよね。まぁ、距離が縮まってると思ってよしとしましょ。
ああ、日差しは強くても、風はいい感じ。
椿邸には椿の生け垣があって、冬になると綺麗に咲くのよね。今は時期じゃないから咲いてないわ。
それ以外にも色んな花が植えられている。四季折々、色んな花が見られるのよね。今は桔梗とか、ちょっと前だと紫陽花だったと思う。
……あたし、花は普通に好きって程度で詳しくないし、そこまで愛でる心までは持ってないわ。椿はお母様が好きだったから大切に思ってるし、特別好きよ。世話はしないけど。
「……花壇を見に行くなんて久々」
普段花を見るために敷地内の散歩なんてしない。だから一体どんな状態なのか覚えてない。
昔はお父様やお母様たちと花が咲く度に見に行ったり、プチピクニックをしたりしたわね。敷地内でピクニックなんて変な話だけど、それくらいできちゃう広さがあるし、お母様もお父様もちょっと庶民派だったから……楽しかった。家族の思い出ね。
……あー、なんか切なくなってきたわ。
ほんと、あたしってどうしてこんなことになっちゃったのかしら……。
鬱々とした気分で歩いたところで花壇が見えてきた。
思った通り、桔梗が咲いている。……綺麗に咲いているわ。庭師や手入れをしてくれてるメイドたちのおかげね。
誰もいないと思ってたのにメロがいた。
花壇の前でしゃがみこんで何かしてる。
「……あんた何してんの?」
「へ? ああ、お嬢? ……いや、なんか野良猫が入り込んだとかで探して追い払ってこいって言われたんスよ」
「へえ? どんな猫なの?」
「いや、おれは見てないんで知らないっスけど……黒猫らしいッっス」
うちは猫を飼ってないものね。伯父様の本邸周りには番犬が何匹かいるから、その子達とバッティングすると危険。……昔、屋根の上から番犬をおちょくってる猫を見たことがあるけど、あれは特殊例よね。
ゆっくりと周囲を見回してみる。猫は見当たらない。暑いから日陰にでもいるのかしら。
「じゃあ、まだ猫は見つけてないのね」
「だぁってさっき出てきたばっかりっスもん」
言いながら、メロは立ち上がってあたしを振り返った。
さぁ、と風が吹く。風が吹くと暑さがちょっと和らぐわね。あたしは髪を押さえてメロを見つめた。
「お嬢、ちょっと聞きたいことがあるんスけど……」
「え? 何……?」
珍しくメロがどこか気まずそうな顔をしている。
何? こいつがこんな顔をして話しかけてくるなんて珍しすぎて身構えちゃうわ。まさか辞めたいとか、あたしに対する文句だったりする? これまで相当連れ回したから、メロにとってはストレスだったかもしれない……。
内心ちょっと緊張してると、メロは気まずそうな顔のまま話し始めた。
「……お嬢さ、」
言いづらそうに地面を軽く蹴ってた。
これはいよいよ──と思ったけど、メロの場合はわざわざこんな風にかしこまって辞めるとか不満とかを言いに来るタイプじゃなかったわ。
ゲームでもアリスに「辞める時は夜中にでもこっそり抜け出す」って言ってたし、実際エンディングの時は「黙って抜けてきちゃった」ってしれっと言ってたものね。伯父様に言わなきゃ行けないところすら黙って抜けて来ちゃんだもん、そういう人間なのよ。
ふわふわ生きてるのよね……。アリスと出会って初めて生きる目的? みたいなものを見つけるわけだし……。
しばらく言いづらそうにしてるメロを眺めて色々思案してしまった。
やがて、メロはあたしから視線を逸らして改めて口を開く。
「そのー……なんでおれが財布から金抜いたり、アクセ盗ってったりしたの見過ごしてたんスか?」
「えっ? なんで、って……」
「いや……ユウリにおれのやったことは窃盗って言われて……」
えぇ、今更……?
そんな言いづらそうに言う話? これまでめちゃくちゃ開き直ってなかった?
気が抜けてため息が漏れる。
「……。窃盗ね、泥棒ね。横領よね」
「うぐっ」
呆れつつはっきり言ったらメロがなんだかダメージを受けてた。
メロの認識は軽いだろうなーとは思ってたわよ。でもあたしが「あんたのやったことは窃盗よ」って言ったところで「大げさっスよ~」って言う未来しか見えなかった。だから敢えて言うこともなかったのに、ユウリがそんなことを言うなんて思っても見なかったわ。
メロが何故か胸元を押さえて前屈みになってるのをみて、小さくため息をついた
「まぁ、見つけた時はムカついたけど……財布から抜くのだって束で入ってる時だけ狙って持ってくのも一枚程度だし、アクセなんかもあたしが飽きてつけなくなって埃被りそうなのばっかり盗ってくじゃない? みみっちいのよね。だから見逃してあげてたの」
「……。でも窃盗なんスよね」
「そうね」
「窃盗って犯罪っスよね」
「? そうね」
今更の話でしょ。一体何が言いたいのよ。
わけがわからなくて、眉を寄せてメロを見つめてしまう。メロは構わず続けた。
「これまで単純に『ちょろまかしてる』くらいの感覚しかなかったんスよ。……あと、前におれよりお嬢の方が悪いじゃんって言ったじゃないっスか。おれ、ずっと自分がお嬢よりマシな人間だと思ってて……」
「……はぁ、あんたねぇ」
こいつ、これまでそんな風に思ってたの……?
なんかショックだわ。
っていうか、こいつわざわざあたしにそういうこと言う……!? 仮にもあたしはメロの主人っていうか雇い主(正しくは雇い主は伯父様)なんだけど!? 流石にイラッとした。
……ま、まぁ、立派な人間じゃないのは確かだし、これまで散々酷いことしてきたから……当然と言えば当然か。
周囲からの評価が底辺どころかマイナスなのはメロに限ったことじゃない。
「だから、ユウリに窃盗って言われてショックだったんスよ。お嬢が言わないから表沙汰にならなかっただけで、会長にバレてたら問答無用で追い出されてた気がするし……何なら警察に突き出されててもおかしくなかったッスよね」
日傘を軽く回しながら話を聞く。
メロが自分の行動を省みてるのが不思議な感じ。ゲーム内でもそんなことなかった。
……当たり前の話とは言え、ログとかルート、あとは登場キャラクターの好感度の確認ができないから何がどうなってるのかさっぱりよ。
「だから、お嬢」
「ええ」
「その……、ごめんなさい」
「……はっ……!?」
突然の謝罪に度肝を抜かれて、日傘を取り落としてしまった。強い日差しが当たって目が眩む。
少し頭を下げているメロがどんな顔をしているのか見えない。
あけましておめでとうございます!